第6話 普通そんなに簡単に残り物で飯とか作れない

 莉奈の親が帰ってこない。

 正確に言えば、何時に帰ってくるかわからない。

 運が良ければ朝までに帰ってこられるかもしれないし、こられないかもしれない。

 交通機関の都合であれば、帰宅時間など読める物ではないだろう。


「おかあさん達帰ってこないから、今日、泊まってって……?」


 急な事で莉奈もどうしていいのかわからないのか、いきなり凄い事を言いだしたものだ。


「え、泊まる? え、いや、うん」


 自分でもどうしていいかわからず否定とも肯定ともとれない返事をしてしまった。

 いやいや、まず自分が落ち着こう。

 俺たちは小学生同士だ。

 別に小学生同士が同じ家に泊まった所で大して問題はない。

 特に相手が幼なじみで、何度か同じ部屋で寝たりしていた関係なのだから、今更だ。

 彼女にしてみればそれほど重大な決意という程でもないはずだ。多分。


「そこまでの関係でありながら告白も何もなかったんですか」

「ガキの頃なんてそんなもんだって。意識してなきゃ雑魚寝してもなんとも思わないって」

「当時もそうだったのですか」

「この頃はね……」


 なので、あまり意識しすぎてもよろしくない。

 多分、当時にこの状況になっていれば、普通に何も考えずに了承していたと思う。

 あまり変な態度をしてしまうと彼女も意識してしまってよくないかもしれない。


「良かった……! 急に一人でいてって言われても、怖いよね?」

「そ、そうだよな。最近は物騒だとか言うしなあ」

「近くのコンビニで強盗事件とかあったんでしょ?」

「ペプシじゃ当てにならないしなあ」

「そだね」


 元気よくボールを追いかける黒猫のペプシの姿を見ながら、ようやく莉奈に笑顔が戻った。

 それからは不安そうな顔をすることもなく、ゲームをもう一度遊べるようになる程には回復したようだ。

 ちなみに二度目のプレイでも俺は勝てなかった。

 四年近い人生のハンデがありながら勝てないのでは、俺は一生勝てないのかもしれない。


「おなか、すいたね……」

「そうだなあ。もう八時近いんだな」

「ごはん、どうしようか……」


 そういえば、莉奈は料理が苦手なのだった。

 苦手というか、授業以外では料理をほとんどした事がないはずだ。

 俺の記憶では、今日は莉奈が料理を作って手に深い怪我をしてしまうという事件が発生している。

 指に後遺症はなかったものの、それ以来台所に立つ事すら怖くて出来なくなっていた。


「外出るわけにもいかないからな、俺が作るよ」

「え? いいの?」

「冷蔵庫の中の物使わせてもらうけど」

「それは全然オッケーだけど、大丈夫?」

「人が食えるものにはなると思う」


 冷蔵庫の中を見てみると、無駄な食材があんまり残ってない。

 使いかけの白菜とかタマネギとか人参とか、どれも単体で使うには微妙な量が残されていて、トマトだけは大きなものが一つ残っていた。

 あとは豚バラ肉が未開封で一パック。割引シールが貼ってあって消費期限が今日。

 とりあえず安いから買ったけど使い道がなかったんだろうか。


「これだけあればすぐ作れるから、ちょっと待ってて」

「うん! 楽しみ!」


 最初に米を研いでからぬるま湯に浸して、十分くらい待ってから炊飯器のスイッチを入れる。

 豚肉や野菜を適当に切り、肉に塩こしょうを振ったりしておく。

 フライパンで切った肉や野菜を適当に炒めて、中華スープの素やオイスターソースなどを使って味を付ければ野菜炒めのできあがり。

 ここの家は出汁を煮干しで取るのでそこは従い、頭と腸を取って軽く煮る。

 味噌汁の具がなかったのでトマトを切って鍋に入れて、あとで味噌を入れる。

 この隙に目玉焼きを作って、野菜炒めの皿の上に乗せる。

 副菜を思いつかなかったので、単品のボリュームを上げてごまかすことにしたのだ。


 炊飯器が炊き上がった事を示すメロディーをかき鳴らす頃には他の準備も全て終了していた。


「テーブル片付けてくれー」

「はこぶの手伝うよー」


 テーブルの上には、炊きたてのご飯と野菜炒めの目玉焼き乗せ、トマトの味噌汁が並んだ。

 並ぶというには品数は少ないけど、冷蔵庫に残っていたものだけで作ったので、その辺はご容赦頂きたい。

 小学生がいきなり作った料理と考えればこんなもんで十分だろう。


「すごーい! 目玉焼き乗ってる! なんか豪華!」

「副菜作る余裕なかったからこんなもんで悪いけど」

「ううん、凄いよ! お店みたい! おいしそうだね!」

「味噌汁はおばさんに習った作り方だから、多分いつもの味に近いと思う」

「いただきます!」


 よほど腹が減っていたのか、凄い勢いで食べ始めた。

 両親が帰ってこないと知ったときの不安そうな表情も、全てなかったかのような笑顔だ。


「おいしいね! 凄いね、じょうずだね!」

「う、うん、まあ黙って食え」

「トマトのおみそ汁っておいしいんだね! 今度おかあさんにも教えてあげる!」


 この調子で終始褒めながら食われると、嬉しいけど照れる。

 とても美味しそうに食べてくれるので作った甲斐はあったし、怪我をさせずに済んだこともよかったと思う。


 そういえば、この時の記憶を高一の莉奈は持っていたという事になるのか。

 つまり、俺自身が過去を改変してしまっている?


「なあ、これ大丈夫なのか? 告白する以外で過去の改変してしまってるが」

「元々改変するために過去に戻っていますから、特に問題はありません」

「そういうものなのか」

「最終的には柊一さんが死亡することで全てが収束するというのは説明した通りです」

「ある意味何やっても問題ないのか」

「柊一さんの出来る範囲でなら、特に大きな問題にはならないと判断しています」


 一介の高校生が出来る事なんてたかがしれているという事か。

 やりたいことも普通の女の子に告白したいというだけだから、そもそも大きな事件も起きそうにない。


「ん? 顔になにか付いてる?」

「何もないよ。これ食うか?」

「やったあ! ありがとー!」


 目玉焼きを半分莉奈の皿に乗せてやる。

 嬉しそうに飯を食う莉奈を見ていると、それだけで気分が安らぐ。

 こんな時間をいつまでも過ごせたら、確かに幸せなんだろうと思う。


「まあ十八で死んでしまうんですけど」

「世の中には言わなくてもいい事があるって知るといいんじゃないかな」

「しかし現実を忘れない事も大事かと思います」

「こんな現実離れした状況で言われてもなあ」


 ***


「ごちそうさまでした! おいしかった!」

「はいはい、おそまつさまでした」

「お皿は洗うよ!」

「二人でやれば早いな」


 広いシンクとはいえ二人で並ぶとほとんど隙間がなくなってしまう。

 時折ひじや肩が当たるけれど、いちいち謝ったり動作を止めたりしないのが小学生クオリティ。

 一生懸命気にしない振りをしながら、とにかく洗い物を終わらせる事に専念する。


「来年から、中学生だね」

「あ、ああ、そうだな」

「また同じクラスになれるといいね!」

「ああ、なれるぜ」

「え、そうなの?」

「あ、いや、その、そんな気がするよ。俺の勘は当たるんだ」

「そっかー! 楽しみだなあ!」


 別なことに気を取られてうっかり普通に答えてしまった。

 莉奈とは中学二年まで同じクラスになる。

 実際に経験しているのだから間違いないはずだ。


 洗い物を終えると、またソファに二人で座りながらテレビのスイッチを付けて、だらだらと過ごしていた。

 特に宿題もなかったらしいし。

 テレビを観ながら他愛もない話をして盛り上がる。

 麦茶とスナック菓子とテレビやゲームがあればそれで十分楽しめる。

 莉奈と一緒ならそれだけでいい。


「あ、お風呂のスイッチ入れてくるね!」

「ああ、頼むわ」


 気がつけば普段なら寝ているような時間まで起きていた。

 週末なのでセーフということにしよう。

 莉奈の出て行った部屋で、ソファに上がってきたペプシの喉を撫でながら帰りを待つ。

 風呂に入ってからはどうしようかと考えながら、急に瞼が重くなっていくのを感じていた。

 もっと遊べとでも言うかのようにペプシが顔を近づけてくる。

 視界が真っ黒な何かに覆われながら、意識がふんわりと遠のいていった。

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