第3話 二周目の人生だからって劇的な変化はない

 心残りはあるかと言われて思いついたのは莉奈への告白だった。

 彼女に想いを伝えることが出来れば、あとはどうでもいいかもしれない。

 もちろん答えが僕にとって嬉しいものであればなお良いのだけど。


「一度行った時期には二度行けません」

「そういうのは最初に言おうな? 下手すりゃ取り返し付かなくなるでしょ?」

「まさか一度でやり遂げずに逃げ出すとは思っておりませんでしたので」


 女神が実に冷静に僕の心を抉る言葉を投げてきた。

 女神という呼び方をすると、どことなく何でも許してくれそうな優しいお姉さん的な存在を連想してしまうのだけれど、こっちの女神はそういうのとは真逆の存在だ。

 冷酷で冷静で冷淡。


「いや、逃げたというか、そういう解釈もまあ、出来なくもない……?」

「それ以外の解釈があるのであれば教えて頂ければ」


 冷静に、他の感情がないからこそ出てくる、この言葉の攻撃力。


「戦略的撤退、みたいな? 捲土重来を誓う、的な?」

「立て直すための体制が確保されていない状況でしたので戦略的とは言いがたいと思われます」

「うん、そこは言葉のあやという奴で」

「それでは他の時期を選んで頂ければ再度挑戦が出来ますが」

「今のうん、は単純な言葉の肯定を意味したわけじゃないんだけど、また話進めちゃうんだね、そういう人だね」


 どう突っ込んでもそこから感情的なリアクションがない。

 のれんに腕押し、糠に釘。

 自分で言っておいてなんだけどのれんをくぐる事は滅多にないし糠床も現物を見たことはない。

 これも新しい表現を考えていくべきではないか。

 例えば……。

 いや、そんな現実逃避をしている場合じゃなかった。

 とにかく他に何かなかったか思い出さなくてはならない。


「高校の時なら、一年の時の部活は結構一緒にいたかもしれない」

「部活動。授業が終了した後に行われる自主的な団体活動ですね」

「なに、ネットで検索でもしてきたの? うんまあ大体合ってるけど」

「言葉の認識が違っていると意思の疎通に齟齬が発生する事がわかりましたので、先に確認をと思いました」

「そうだね、もうちょっと早く認識してくれると良かったよね」


 それでも、ちょっとは気にしているらしい事はわかった。

 思っていたよりは無感情ではないのかもしれない。

 そうは言っても、話している様は全く感情が読み取れない無表情さなのだけど。


 高校一年の頃は、俺と莉奈は同じ部活で活動していた。

 文芸部だ。

 似合わないとはよく言われたが、本を読むのが好きだったし、別に高校で運動部に入りたいとも思わなかったし。

 もちろん、莉奈が文芸部に入るという情報を得ていたから、というのもある。

 というか理由の九割はそれだ。


 彼女は子供の頃からお話を考えるのが好きだった。

 昔から色んな創作話を聞かせてもらう事が多く、そのどれもが面白く、いくつかは今でも内容を覚えているほどだ。

 部活では秋の文化祭で文集を出す、というのがほぼ唯一の活動だったのだけど、彼女の作品は毎年とても高い評価を受けていたのをよく覚えている。

 俺自身も彼女の作品が大好きで、特に一年の時のものは何度も読んで覚えている。

 俺は、読む方がメインなので、作品の執筆はとても苦手だった。


「文集作るときによく二人で遅くなったりしてたよなあ……」

「その中で特に告白に適した日があれば」

「いや、うん、もうちょっとこう、思い出に浸る時間というか、余裕というかね?」


 この人に「すっごーい」とか「それでそれで?」とか話を膨らませるような話術を期待しているわけじゃないけれど。

 一切の無駄を省いたようなこの態度。

 いっそ清々しいと言えない事もない。


「若干性急でしたか」

「今に限らず常に性急だけどね。今更だけどね」


 思い返してみれば、文集作成は最後に俺と莉奈の二人が書き上がらず、連日遅くまで作業をしていた。

 二人が書き上げた日は、文化祭の二週間くらい前。

 部室に二人だけが残って作業をしていて、考えようによっては良い雰囲気だったかもしれない。


「文集作成の最終日に行ってみたい」

「具体的な日付はわかりますか」

「二年前の、九月の最後の日曜日って何日だ? 文化祭がその日だった」

「二十五日です」

「そこから二週間前の木曜日だから……」

「十五日です」

「じゃあ、その夕方で」


 さっきと違ってタイムリープされる事も、そこで何をすべきかもわかっている。

 あの時ほど動揺はしないと思う。多分。

 今度こそいい具合に告白して、心残りを全てなくそう。


「それでは、移動します」


 ……そういえば、うまくいったらいったで、それでハイ万歳、転生しましょってなるもんだろうか。

 そこから新しい心残りが生まれたりしないだろうか。

 などとちょっと考えていたら例によってちょっとしためまいが生じ、目を開けた時には見慣れた学校の部室にいた。

 学校の裏校舎の二階、地学室が俺たち文芸部の部室だった。

 適当に机を動かして執筆のためのスペースを作り、それぞれが適当に活動するのが普段の姿だ。

 今は、先輩達は帰ってしまっているようで、俺と莉奈だけが机に向かって鉛筆を走らせていた。


「二〇一六年、九月十五日の午後五時です」


 女神が頭の中で移動した日時を教えてくれた。

 夕方という事でこの時間を指定したのだろうが、ちょうど先輩達が残らず帰った後の時間だ。

 部室には二人きり。

 真剣な面持ちで原稿用紙を埋めていく莉奈は、俺の変化にも特に気付く様子はない。


「んー……しゅうちゃん、終わりそう?」

「あ、ああ。俺は多分終わるかな」

「そっかあ……。うーん」

「明日が締め切りだもんな。今日中に終わらせようぜ」


 自分の手元の原稿用紙は、半分ほどが埋められていた。

 ノルマは原稿用紙五枚以上なので、まだ千八百字くらい書く必要があった。

 夏休みが終わってから書き始めて二週間でこれだけしか書いていなかったらしい。

 当時は結局この時間内に終わらせられず、帰って徹夜で書き上げて提出している。


 今はもう、一度書いた文章を思い出しながら書けば良いのでサクサクと用紙のマスが埋められていく。さらに後日考えた修正案も適用させながら書けるので、当時物よりも若干クオリティが上がっているはずだ。

 部活を三年間やっていて、こんなにもサクサクと原稿用紙を埋めたことがなかったので、ついつい上機嫌になって鼻歌まで歌ってしまった。


「調子良さそうだね、しゅうちゃん」

「わ、悪い。うるさかったか」

「ううん。大丈夫」

「お前の方は、なんか調子悪そうだな」


 普段なら、莉奈の方が鼻歌交じりにサクサクと書いていくタイプなのだが、今日に限っては頭を抱えながら筆が一向に進まない。

 そういえば、当時は二人とも同じように筆が進まず、〆切日の前日になっても終わらなかったのが俺たち二人だけという状況になっていたのだった。

 俺は一度書いた物を書き直すだけなのでやたら進行が早いが、莉奈はそういう訳にはいかない。


「うんー、なかなかいい表現が思いつかないんだよねえ」


 俺は莉奈の作品を読んでいるのだった。

 読んでいるどころか、一年の時の作品はこの数年の莉奈作品の中でもベストワンに輝く出来だったので、何度も繰り返し読んでかなりの部分を覚えている。

 どこで詰まっているのかはわからないが、内容を覚えている部分なら、アドバイスが出来るかもしれない。


「どういう部分なんだ?」

「未完成だから読まれるのちょっと恥ずかしいな……」

「意見を言い合うと良いアイデアが出るかもしれないぜ」

「そ、そうかな」

「いや、知らんけど」

「もおー!」


 ポカポカと肩を叩かれた。

 もちろん痛くもなんともない。

 莉奈がツッコミをするときによくやる仕草だった。

 ああ、何もかもみな懐かしい。


「あ、あれ? 痛かった? ごめんね?」

「いや、全然。なんでもない」


 急に色々な事を思い出してちょっと泣きそうになってしまった。

 こんな風に無邪気に話したりすることも、もう出来ないんだよなあ。

 告白に成功したとしても、その後の楽しい生活は送れないわけで。


 この辺のことを考え出すときりがないので切り替えよう。

 楽しかった文化祭準備をもう一度体験出来ると思えばこれも悪くはないかもしれない。


「で、結局どの辺で詰まってるんだ?」

「んー、ここの所の表現をね、どうしようかなって……ずっと悩んでる」

「どれどれ」

「ここー」


 莉奈が椅子を動かして隣に席を寄せてきた。

 そのまま俺の目の前に原稿用紙を置いて、該当箇所を指さしている。

 近い。

 少し揺れればぶつかるくらいに肩が近い。

 奥に手を伸ばすことで頭の位置が追随して、視界の大半が莉奈の頭で埋まる。

 立ち上るなんだか良い香り。

 昔は何とも思わなかったこの香り。

 これを懐かしく思う日が来るとは思わなかった。


「……どう?」


 この状態で顔をこっちに向けたらお顔が大きいですよね!

 いや莉奈の顔がでかいんじゃなくて視界に占める莉奈の割合がすごい高いですよね!

 あと角度の都合で若干上目遣いになるのも凄くこう、凄いですね!

 語彙力がどんどん失われていくほどの甘美な喜びがそこにあった。


「ここにいるキャラがどう思ってるのか、どういう風に表現したらいいのかなって」


 俺は今この嬉しすぎる状況をどう表現しようかなって思ってる。


「これは、ちょっと言葉に出来ないかな」

「うう、ダメかなあ……」

「あああ、いやそっちじゃなくてね。こっちの話でね」


 あわてて該当箇所を読み返す。

 幸いにして、俺が一番好きだと思っていた場所だった。

 ここなら一字一句同じ言葉で暗唱出来るだろう。


「ああ、これなら……」

「随分近くまで寄れるんですね、お二人」

「随分なタイミングで話しかけてきたねアナタも!」

「いえ、やはりとても仲が良いのだなと思いまして」


 忘れていたけど女神がいた。

 もの凄く良い所で思い出したように声をかけてくるのはどういうつもりなんか知らないが若干の悪意を感じる。


「これからすげえいい所だから、ちょっと黙ってて」

「そうですか。失礼しました。今度こそ成功を祈っております」


 神がなにに祈るというのか。

 素朴な疑問はさておき、さっさと文集を終わらせて、今度こそ告白しよう。

 莉奈から原稿用紙を引き寄せ、行き詰まってた部分に鉛筆を走らせた。

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