3-1 

 ガルバ村よりもさらに山奥にある小村エルドール。

 この村には、不老不死の魔女がいるらしい。

 村人が教えてくれた、村の外れにある小さな一軒家。そこに、患者である女性は住んでいるようだ。

「どなたかいらっしゃいませんか?」

 木戸を軽くたたき返事を待つ。

 しばらくすると、とたとたという板張りの床が鳴る音とともに、扉が開いた。

 くりっとした丸い目の愛らしい少女が顔をのぞかせる。

「どちら様ですか?」

「医術士のリラ・メディカです。イバラさんという女性はいらっしゃいますか?」

「リラ・メディカ…!」

 リラの名を聞いた途端、少女の瞳がきらりと不思議な光を宿した。

 固まったまま動かない少女に、流石に不安を覚える。

「あの…?」

「はっ…!イバラ様なら奥に…」

 我に返った少女は頬を赤く染めながら、扉の向こうを指さした。

 少女の視線を辿るように奥を見ると、日当たりのいい窓際で読書に没頭する女性の姿が見える。

 リラの視線に気づいたのか、籐の椅子が軋む音を連れて顔を上げた。

「鎮魂草の匂いがする。墓場からお客人かい?」

「…医術士のリラ・メディカです」

「死神がようやく迎えに来てくれたかと思えば、なんだ、ただの医術士か」

 手招きされるがまま中に入れば、物騒な言葉と共に迎えられた。

 失望したように呟かれた言葉に、リラの眉間にしわが寄る。

「ユノ・メディカの紹介で来ました。ここに患者がいると」

 仏頂面から放たれた生真面目な台詞に、さっきまでの不機嫌はどこへやら。イバラはこらえきれない笑いを漏らした。

「くくっ…冗談だよ、冗談。私がイバラだ。いらっしゃい、ユノから話は聞いてるよ」

 一通り思うままに笑い尽くしたイバラにリラが少々冷ややかな視線を向ける。

 それすらも華麗に受け流し、イバラは先ほどからずっと気になっていたことを問うた。

「ところで、誰か死んだのかい?」

「ひとつ前の村の患者さんが。臭いますか?」

「そうだな、死の匂いがする。私の好きな匂いだ」

 目ざとくリラの纏う死臭を嗅ぎ付けた半面、その表情はどこか穏やかだ。

 こうして見てみると、イバラは想像していたよりも若々しい。リラと同じ純血の魔女の系譜を示す、月光をはじく銀の髪。透き通るような白い肌。しわ一つない顔は生気に満ち溢れている。

 良くて三十代半ばくらいにしか見えないこの女性が、本当に不老不死の魔女なのだろうか。

「くっくっ…、私が本当に不老不死なのか疑っているようだね。こっちへおいで、話をしよう」

「失礼します」

 示されるがまま、イバラに向かい合う形で設えられた椅子に腰を下ろす。

 それを逐一観察していたイバラは、不気味な薄ら笑いを浮かべたまま表情を変えない。

「中身はそうでもないみたいだが、確かに見た目はよく似ている。ユノに目元がそっくりだ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。自分じゃ気づかないかもだけどね、お前たちはよく似ている」

 一見若々しい見た目に反して、その言葉には年月を重ねた者にしかない深い響きが含まれている。

 イバラはそっとリラの頬に触れ、冷たい声で問うた。

「お前は私を殺す死神になれるのかい?」

「死神?」

「ああそうさ。ユノは約束してくれたよ」

 イバラの視線がリラを捉えて離さない。手足が末端から凍っていくような感覚に、リラは恐怖を覚えた。

「…兄から、“実験”の途中経過を見てこいと指示を受けています。本題に入らせていただいても?」

 あえて質問には答えず、リラは目的を告げた。

 その姿にイバラの目が驚きに丸まる。

「ふむ、逃げるのかい。まあいい、それはそれで一つの答えだ」

 どこかつまらなさそうにそう呟いて、頬に触れていた手が離れた。

 背もたれに身を預ければ、籐の椅子が鈍い音を立てる。

「“実験”について…いや、私についてユノからどこまで聞いている?」

医療記録カルテに書かれている程度の事を」

「それじゃあ、ほとんど知らないんだね。まあ、ユノが教えなかったということは、それなりに考えがあっての事だろうけど」

「…随分、兄と親交が深いご様子で」

 ユノユノと、さっきから兄の話ばかり。

 ユノとイバラの関係。二人の世界からなんとなく疎外されているような気分になり、リラはどこか居心地が悪かった。

「おや、嫉妬かい?その様子だと、兄さんとは仲直りできたようだね」

「…よくご存じですね」

「ユノが聞いてもいないのに喋っていくからよ」

 含みのある笑みを浮かべるイバラに、リラは苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。

 まさか、イバラがあのことまで知っているとは思わなかった。

 兄の口の軽さを今日ほど恨んだことはないだろう。

「あの件については、事後報告になったのは申し訳ないとおもってます。でも、話し合いにすら応じず仕事に行った兄様にも非はあると思います」

 リラははっきりと言いきる。それほどまでにあの件についてリラは怒っているのだ。

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