僕らは....9
落ち着こうと残りの紅茶を飲んでいると、二人の客が入って来た。
一人は二十代後半くらいの男性で、もう一人男性は制服を着ていたので、おそらく学生だろう。
ふとあたりを見ると、満席に近いくらいの客で店は溢れていた。
その多くが、やはり紅茶を好む女性客が多く、俺のような男が来るのは、彼女に連れ添ってきた彼氏くらいなものだった。
だが、今さっき入って来た二人の客はどちらも男性客のように見えた。
「神崎君、少し遅くなって申し訳ないね。神崎君の言っていたこの店の場所がわからなくて……」
「いえ、大丈夫です。自分も今来たところですから」
(神崎君……?)
俺は自分のことを呼ばれているのかと思い、男性のほうを振り向こうとしたが、どうやら神崎君とは俺ではなく、男性の隣にいる学生のことのようだった。
それにしても、神崎紅にしろ、俺にしろ、神崎という名字は多いんだな……。
……ん? 神崎君って言ってたよな。神崎紅も学生で、もしかして……いや、まさか、な。
神崎君と呼ばれていた学生と二十代後半の男性は、俺の席のすぐ隣の席へと座った。
俺は神崎君と呼ばれていた学生が少し気になったので、二人の会話をこっそり聞くことにした。
それに二人のどちらの声も、一度は聞いたことがあるような声だった。
「神崎君。それで、小説の進み具合はどうかな? そういえば、今度は別のジャンルに挑戦してみたいと言っていたけど、どんなの? 普段はミステリーやファンタジーだから、次は路線を変えて、恋愛とか?」
「……はい、恋愛小説を書くつもりでいます。……僕の考えていることがわかるんですね」
「君とは中学からの付き合いだからね。それに中学から、学校のほうでも……生徒会のほうは、どう?」
「生徒会のほうは、いつもと変わりません。副会長以外は僕のことを怖がって、生徒会室以外で書類をしています」
「君は相変わらずだね、神崎君。生徒会長としても、作家としても優秀で、君は一体どこを目指しているんだい?」
「久遠先生。自分は優秀ではありません。自分より優秀な人を僕は知っています。その人を越えるため、自分は上を目指しているんです」
「ははは……そうだったね。君は、その人のことが好きなのかな? その人との今までのことを小説として書くつもりだったりするのかい? ……期待、しているよ。ペンネームにも、ちゃんと意味があるんだろう? じゃあ、ちゃんとその人に文章ではなく、言葉で伝えなきゃね。また小説が書けたらメールで知らせて。じゃあ、また学校でね……紅蓮君」
「……好きです、とても。小説の件、わかりました。それでは、また学校で」
「……」
二人の会話に、俺は一言も言葉を発することは出来なかった。
(神崎紅が……紅蓮……)
こんなに当てはまる人が他に居なかった。神崎紅の公表されている情報には学生とだけ書かれていた。しかし、今の会話はどう考えても、神崎紅が紅蓮である他なかった。
二十代後半の久遠先生と呼ばれていた人は紛れもなく、俺や紅蓮が通っている高校の臨時講師だった。
普段はあまり学校に来ないから姿を見ることは少ないが、それでも俺たちのクラスを担当している教師だ。俺が顔を見間違えるはずがない。
神崎紅のことを最後には紅蓮君と呼んでいた。
あの話し方や、声は……紅蓮しかいない。生徒会長で、副会長以外は自分のことを怖がって、違う部屋で作業をしている。
生徒から怖がられる生徒会長なんて、他の学校に居るはずがない。居たとしても、数少ないだろう。
今の会話を聞いて、紅蓮じゃないと考える方がありえない。
俺の憧れていた作家、神崎紅が、俺の親友で……いや、俺の好きな人、如月紅蓮だったなんて……。
それに、紅蓮には心を寄せている相手がいるということ。
夏休み最終日、俺は紅蓮の一番知ってはいけない秘密を知った……。
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