文学少女1x(プラスエックス)
終末禁忌金庫
第1話
「こんっボケコラァぁあ!!」
夜遅く、バッティングセンターに響き渡る少女の怒号。
まんまる眼鏡に、後ろで結んだ短めの髪、そして白いブラウスに包まれたか細い体——落ち着いた雰囲気の、文学少女然とした少女。雄叫びを上げながら、てんでなっちゃいないスイングを繰り返していた彼女は、投球の残りカウントがゼロになったのを見計らって、切れた息を整えながら、僕の方に向き直るなり、
「あなた、打ち方教えてくれない?」
とある夏の夜。包帯でぐるぐる巻きの右手を間抜けにぶら下げた僕は、クールな見た目のホットな少女に出会った。
それから三十分、彼女は打席に立ち続けた。相変わらず掛け声は酷いものの、アドバイスの甲斐あって、フォームは様になってきていた。
「なあ」
「どりゃあ!」
僕には一瞥もくれず、親の仇のようにマシンを睨みつけ、ボールを叩き割る勢いでフルスイングしながら彼女は応える。
「いつまでやるつもりなんだ」
「そりゃスカッとするまでに決まってるで……しょ!」
大きく空を切るバット。揺れるポニーテール。
「そもそも、なんでこんなこと」
突然バットを下ろし黙り込む。勢いよくそばを通過してゆくボール。しかし視線は未だマシンを睨み付ける。
「……落選したの」
「落選?」
「だーかーらー! ダメだった……のっ!」
ストライク。
「それだけじゃない、書いてるとすっごく苦しい、しっ!」
今度は辛うじてチップ。後方へ流れる白球。煌めく汗。
「できたらできたで、バカにされて、ひどいこと言われて、いっぱい傷つく……しっ!」
ついにボールを捉える。が、努力を嘲笑うかのように、彼女の足へと襲い掛かる。
「いつつ……」
屈みこんで右足をさする。軟式とはいえ、今の自打球はかなり痛かったはずだ。
「まだ続けるつもりか?」
「当たり前じゃん!」
そう言って勢いよく立ち上がったものの、その表情は苦痛に歪んでいた。
「審査員の……アホ―!」
そのスイングに、先ほどまでのキレはなく、最初に見たときの初心者丸出しのものに戻っていた。
「野球の……ボケ―!」
それも仕方ない。彼女の手はもう傷だらけで、まともなスイングなど望むべくもない。
「なんで――」
「なんでって!? そんなの……」
今一度、バットを構えなおす。全身はリラックス、足を肩幅に。
「好きだからに……決まってんだろぉがこのおたんこなすぅぅう!」
捻った腰を一息に回転させ、高く掲げたバットを勢いよく振り抜く。間違いなく、今日一番のスイング。
「あれ?」
しかし、甲高い打球音が響くことはなく、勢いよく飛んで行ったのも白球ではなく――それは、先ほどまで少女の手にあった金属バット。
「逃げるわよ」
彼女はいつの間にか打席から出て、僕の手を掴んでいた。握られた手から伝わる温度。鼻腔をくすぐる少女の香り。
「え、ちょっ、なんで僕まで」
「いいから!」
手を引かれ、走り出す。バッティングセンターを出てしばらくの間、生ぬるい潮風の中を、僕らは走り続けた。
文学少女1x(プラスエックス) 終末禁忌金庫 @d_sow
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