目指せっ! 大いなる理想っ!

「……戦死者は二十七人……負傷者は千二十九人でした……。しかしあれだけの規模の戦闘としては、こちらの被害は軽微と言わざるを得ません」


 ミシェイラからの報告を聞いても、俺自身は納得する事が出来なかった。

 あれだけ頭をフル回転させて、少なくともこちらに被害が出ない様に心がけていたにも拘らずこの数字だったからだ。


「ユート……。人は死ぬ。戦争なら尚更……な。それでも今回はお前の作戦でこれだけの被害で済んだと言えるんだ。余り気を落とす事は無いと思うぞ」


 トモエが珍しく……と言うか、この場の空気を読んでだろう、俺に対して優しい言葉を掛けてくれた。


 彼女に言われるまでも無く、俺だってそんな事は分かっている。

 でも平和と呼べる世界からやって来た俺にとって、この結果は中々受け入れ難いものがあるんだ。

 特に俺の指示で結果として人が死んだ……ともなればな……。





 ミシェイラ達が戦う南の戦場へと駆けつけた俺は、王弟軍へとしたように即時停戦を勧告した。

 でも、元々利害だけで繋がっている様な連合に、王弟軍の敗北など関係なかったのかもしれない。

 それに、多く雇っていた傭兵団が戦闘を止めようとはしなかったんだ。

 結局神龍アミナの攻撃で敵軍の大半が壊滅し、傭兵達が離散するまで戦闘は行われた。

 その時間はそう長くはなかったけど、神龍アミナの攻撃をかいくぐって本隊と剣を交えた部隊もあり、結局こちら側にも被害が出たんだった。


『早速お前達の役に立てて良かったよ。また何かあったら呼んでくれよな』


 静まり返った戦場で、神龍アミナはそう言うと大空へと羽ばたいてねぐらへと帰っていった。

 色々あったけど、この戦闘で間違いなくこの国の守護龍と言う存在を多くの人達が目に焼き付けただろうな。

 それに、トモエの呼んでくれたアミナ神龍教の僧兵団の活躍も大きかった。

 戦場の真ん中で回復出来るのとそうでないとでは、生存率に大きく差が出るからな。

 今回死者や負傷者が「少なかった」のも、偏に彼女達の働きに依るところが大きかった。

 そう言った意味で今回俺の採った作戦は、最良の結果を齎したと言えるだろう。


 ―――でもやっぱり納得がいかない……。


 自分が戦って、相手を傷つけるなら良い。

 向うもその気で襲って来るんだからな。

 勿論、俺に人を殺す度胸があるかどうかは別の話なんだけどな。

 でも俺の指示によって、俺の知らない処で人が死ぬってのはどうにも釈然としない。


「指導者と言うのはそう言うものなのですよ」


 俺の考えを見透かしたかのように、オーフェが静かにそう言った。

 それも理屈では分かってるんだけどな……。


「兎も角、この度の危機を救ってくれたのはユート殿の機転と力に依るところが大きい。全将兵に成り代わって、改めて礼を申します」


 そう言ったミシェイラが、改めてこちらへと向き直り深々と頭を下げた。


「ちょ……ま……待ってくれ、ミシェイラ。顔を上げてくれよ」


 改まった礼をされるなんて俺は慣れてない。

 途端に恥ずかしくなった俺は、慌ててミシェイラにそう言った。


「そうだぜ、ミシェイラ。こいつは自分の為に……確か『有権者』ってやつだったかな? その為に頑張ったんだからな。礼を言う筋合いなんてねーよ」


 トモエがお道化た様にそう言うと、顔を上げたミシェイラが優しい笑みを浮かべた。

 まぁ、全くその通りなんだけど、こいつに言われると何だか調子が狂ってしまうんだよなー……。


「兎に角、ゴタゴタはありましたが、とりあえず直近の問題は去りましたの。この後王弟や貴族たちの処遇は如何なさるのですかな?」


 長老が空気を変えようとしているのか、話題を変えて俺に問い掛けてきた。

 と言っても、俺にはそんなに先のビジョンがある訳じゃない。


「とりあえず王弟軍は解体、志願者は国軍へと再登用しよう。私兵や私設軍は解散。新たに保有する事も禁止とする。王弟、貴族たちの領土はその殆どを没収。そして私財も一部徴収しよう。それで彼等の権力は大きく減らせるはずだ」


 例え今は高価な品を多数持っていたとしても、そんな物だけでいつまでも暮らせる訳がない。

 もし、財産を食いつぶして生活するならいずれは没落してゆくだろうし、財産を元手に事業なりを興すのなら、それはそれで素晴らしい事だと思った。


「それもまた、民主主義と言うものの精神なのでしょうか?」


 ミシェイラが微笑みながら問いかけてきた。

 でも俺にはそれがそれほど崇高な考えかどうかも分からない。


「さあね。多分そうじゃないかな?」


 だから俺は本心でそう言ったんだけど、どうもミシェイラはその言葉を好意的に受け取ったようで、俺が照れ隠しに言葉を濁していると思った様だった。


「寛容な精神もまた、民主主義と言う事なのですね。素晴らしいです」


 そう言うポジティブ解釈をされると、俺にはもう何も言える事は無く、ただポリポリと頬を掻いて誤魔化すくらいしか出来なかった。


「へぇー……割と確りとした考えを持ってるんだなー……こりゃー、この先が楽しみだぜ」


 その会話を聞いていたトモエが、感心した様にそう言った。

 何だか知らないけれど、俺の株が今この場で急上昇している!


「こりゃー、あれだな。わざわざ異世界から来てもらった甲斐があるってもんじゃねえか? なあ、ミシェイラ?」


「私の事はミーシャと呼んでくれて構いません。親しい者は皆そう呼びますから」


 どう見てもミシェイラの方がトモエよりも年上なんだろうけど、今まで行動を共にしてミシェイラの中で俺達が親しい存在になった様だった。


「……しかし……トモエの言う通りですね。最初こそハーレムだとか別荘だとか、訳の分からない事を言っていましたが……今はあの時と見違えるようです」


 ほんの数日前の事なんだけど、ミーシャはなんだか懐かしいと言った面持でそう零した。


「ええっ!? ユート、お前そんな事を口走ってたのかよっ!? やっぱり最低な奴だな」


 ミーシャの言葉に、トモエはそう驚いて俺に軽蔑の眼差しを向けてきた。

 いや、向こうの世界じゃ誰だって、異世界転生と言えばハーレムヒャッホイを思い浮かべるもんなんだよ……多分。


「まぁまぁ、トモエ。あの時はきっと混乱でもしていたのでしょう。今はその考え方も改めて、こうしてこの国の為に尽くしてくれているのですから……ねぇ、ユート殿?」


 そして突然、話が俺に振られた。


「……え……?」


 それに対して俺は、肯定も否定も出来なかった。

 ただ間の抜けた言葉を呟くしか出来なかったんだ。


「……ユート殿……? もしやとは思いますが、まだハーレム建設を諦めていないとは申しませんよね?」


 ミーシャの言葉は、多分に疑いと軽蔑が込められている。

 今ここで思いっきり否定をしないと、俺の上がった株は一気に大暴落する事間違いなしだ。


「そう言えば……ヨアヒムの屋敷でこいつ、投票の事を言ってたよな……? 国民の支持を得られれば何でも出来る……みたいな?」


 そう言うトモエの目も半眼になり、何やら汚い物を見る様なものへと変わっていった。


「いや……ほら……その……。やっぱり理想とか夢って持っとかないと、モチベーションに影響するってゆーか……」


 今の俺は大統領。最高権力者であっても、絶対権力者じゃあない。

 だから俺の権限で今すぐハーレムとか、俺の理想とする生活を手にする事は出来ないかも知れない。


 ―――でもっ! でももしっ!


 俺を支持する国民が、俺のする事を無条件で認めてくれる、そんな時代がやって来たなら……。

 それは決して不可能じゃないんだ!


「……ユート殿……呆れました……。まだその様な夢物語を考えていただなんて……」


 そう呟いたミーシャが静かに席を立つ。


「ほんっと……何考えてるんだ、こいつ?」


 続いてトモエも席を立つ。

 気付けば長老も席を立ってこの場から退席する構えだ。


「いや、ほらっ! ロマンッ! 男のロマンってやつだよっ!」


 ともに死線を潜り抜けて培ってきた信頼が崩れていく音を、俺だけが多分ハッキリと聞いていた。


「ユート、頑張ってそんな政策を実現してくださいね」


 ええっ!? 

 オーフェまでっ!?


 唯一の味方だと思っていたオーフェまで、アッサリと俺を裏切って席を立った。

 そして4人はぞろぞろと部屋を出て行った。


「なんだよ―――っ! 夢見たって良いじゃないか―――っ! 俺は絶対、ハーレムを作って悠々自適な異世界ライフを過ごしてやるんだからな―――っ!」


 ―――正しく……。


 ―――正しく俺の夢に向かった果てしない旅が、こうして始まりを告げたんだった……。


 了

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