圧勝完勝!

 王弟軍が布陣する遥か上空に俺は到達した。

 太陽は殆ど真上に到達していて、時刻はもうすぐ正午を迎えるだろう。

 それは反乱軍の親書が指定していた開戦時間だった。


「オーフェ、ミシェイラ達の状況を知りたいんだけど」


(良いでしょう)


 既に神武合一で剣に変化しているオーフェがそう了承すると、俺の眼前に鏡みたいなモニターが出現して、ミシェイラ達が布陣している戦場が映し出されていた。

 あちらは既に開戦している様だったが、直前で参戦した僧兵団の兵力が効いているのだろう、貴族連合軍も攻めあぐねて行軍するには至っていなかった。

 その時、対峙する両軍の間、やや自軍よりに光の球が出現した。

 そしてそこから現れたのは巨大なドラゴン、神龍アミナだった。

 それを目の当たりにした敵軍の動揺は、モニター越しにも伝わる様だった。


「守護龍様っ! 敵右翼へ攻撃を加えて頂きたいっ!」


『……了解、分かったよ』


 ミシェイラの指示に神龍は応え、大きくその顎(あぎと)を開くと巨大な火球を吐きだした! 

 一直線に敵軍団へと飛翔した火球は、着弾と同時に大爆発を起こして周囲一帯を黒と赤の大地へと変貌させた! 

 その一撃だけで、敵傭兵団百人くらいが戦闘不能と化した。

 その余りに桁外れな攻撃力に、敵の意気は消沈して動揺が走っている。


「これであっちは優勢に事が運びそうだな。時間稼ぎにもなりそうだし」


 ミシェイラを始めとして、あっちにはこの国の戦力を全て傾けているんだ、この結果は当然だと俺は考えていた。

 それに神龍を加える事で、更に自軍の被害を抑える事が出来る事は請け合いだった。


「……さて……問題はこっちだな……」


 二方面作戦に、一方への全力投入を行ったんだ。

 片方が無傷で進軍する事は当たり前の事だし、これを放っておいてはあっという間に王都が陥落してしまう。

 昔読んだ戦史や小説なんかでは、一方は決死部隊による足止めを行うなんてのが専らだけど……当然俺はここで死ぬつもりなんかない。

 もっとも死ぬ事は無いって話だけどな。


「オーフェ、魔法を使える様には出来るのか?」


 俺はオーフェに、以前より考えていた事を聞いてみた。

 彼女の話から、俺はどんな能力でも使えるようになると言う事だ。

 勿論それは、彼女が認めれば……なんだけどね。


(ええ、出来ますよ? 勿論あなたの使用目的にも依りますが)


 そしてオーフェの答えは、やっぱり俺の想像通りだった。


「オーフェ、俺は魔法で敵の進軍を止めたい。そして指揮官であるヨアヒムだけを仕留めたいって考えてるんだ」


 俺の望みは、普通に考えれば子供の言う戯言でしかないだろうな。

 でもオーフェの力があれば、それも不可能じゃないんだ。


(そう言う事でしたら良いですよ。では魔法師らしい武器に変わりますね)


 オーフェがそう言った途端、俺が持っていた剣と盾が光だして融合し、見る間に1本の美しく立派な杖へと変化した。


(さあ、これであなたは魔法を思いのままに使う事が出来ます。ですがあなたが私に言った以上の事をしようとすれば、術は発動しませんので気を付けて下さいね)


 オーフェの注意に頷いて答え、俺は動き出した王弟軍目掛けて急降下を開始した。

 王弟軍の進軍は、ただ前進しているだけだった。

 眼前に敵勢力が全く見られないんだ、それも当たり前と言える。

 そんな軍団の前方に、やや距離を取って俺は着地した。

 敵の前衛が俺の姿を見止めて、俄かに慌ただしくなっている。

 恐らく兵たちの動揺もそうだけど、突然出現した俺への対処を聞く伝令やら何やらで、ちょっとした混乱が起きてるんだろうな。


「全体っ! 進めーっ!」


 でもそれはほんの僅かな間で、すぐに体勢を建て直した軍隊は、再び俺に向かって行軍を開始した。

 この辺りは流石に鍛えられた軍隊だなー。

 走るでも急ぐでもなく、ただこちらへと一定速度で近づいて来る行軍。

 約2万の兵が殆ど同じように動く様は、俺に向かって来ているとは言え壮観だった。

 だけど見入ってばかりもいられない。

 あの軍団は俺を、そして俺の遥か後方にある王城を落としに掛かってるんだからな。


 揃った足並みから奏でられる軍靴の足音が近づいて来る。

 先頭で隊列を成して近づいて来る部隊は、たった一人の俺に完全な油断をしていて、その顔にはそれぞれ笑みすら浮かべているのが分かった。

 そして俺の方も、相手の表情が確認出来るだけの距離まで近づけさせれば問題なかった。


「炎の壁っ!」

 オーフェの魔法を使うのに詠唱なんかは必要ない。

 ただ顕現したい現象を思い描けば、後はオーフェがその通りに出現させてくれるんだ。

 俺が杖を振りながらそう叫ぶと、敵左翼の前方に巨大な炎の壁が出現してその進行を足止めした!


「う……うわ―――っ!」


 忽ちパニックを起こしてその行軍の足を止める左翼軍!


「氷の壁っ!」


 今度は杖を右に振ってそう叫んだ。

 そして今度は、右翼軍の前方に巨大な氷の壁を出現させたんだ。

 左右それぞれの前衛部隊は、そこだけで千人規模に上る。

 それが俺の造り出した二つの防壁で動きを止められるのだから、俺の作り出した氷炎の壁がどれ程の規模か知れると言うものだ。

 でも俺の造り出した防壁で、兵の誰かが傷ついたって事は無い筈だ……余計な事さえしなければな。

 そして前衛が動きを止めた事で、その余波は中衛、そして後衛にも影響し、その隊列は大きく崩れて全部隊で混乱が起こっていた。


「オーフェッ! 行くぞっ!」


 その俺の言葉で、俺の身体は一気に上空へと舞い上がり、混乱する王弟軍を一瞬で飛び越えた! 

 混乱を収拾出来ない敵軍には誰も、俺の事を気に掛ける者なんていなかった。

 そして上空から観察していた時点で、王弟ヨアヒムが何処に布陣しているのか大体の予測を付けていた。

 中軍中央やや後方。

 一際目を惹く御車にヨアヒムは鎮座していた。


「よう、ヨアヒムさん」


 彼の座る目の前に降り立ち、俺は軽くそう声を掛けた。

 突然現れた俺に、ヨアヒムは鳩が豆鉄砲を食らった様に驚いた顔を浮かべて動けないでいた。

 混乱の最中にあっては、本来彼を守るべき近衛兵たちも、即座に動けないのは仕方のない事だろうな。


「き……きさ……きさまは……ユヅキ=ユートッ!?」


 流石に俺の名前くらいは憶えていたのか、ヨアヒムは何とかそれだけを絞り出した。

 でも俺はここに、彼と会話をする為にやって来た訳じゃない。

 長居をすれば周囲の兵達が俺に刃を向けるだろうし、そうなれば傷つけなくていい人たちを攻撃しなければならなくなるんだ。


「きさ……きさまっ!? な……何をっ!?」


 動けないヨアヒムの背後に回って、俺は彼の襟首を掴むと再び一気に飛び上がった。

 その時には、漸く事態を把握した兵たちが弓を構えるも、隊長らしき者に止められている。

 そりゃー俺が今ひっ捕まえて連れてきたのは、この軍の総大将であり元王族の人間だ。

 簡単に弓矢なんて射かけて殺してしまっては、大変な事になるだろうからな。


「ヒッ……ヒィ―――ッ!」


 どんどんと上昇して、どんどんと離れて行く地面を確認したヨアヒムは、今まで聞いた事も無い様な奇声を発して動かなくなってしまった。

 どうやら気絶でもしたみたいだ。

 まぁその方が、下手に暴れられなくて都合が良いけどな。


「オーフェ、俺とヨアヒムの巨大なホログラム映像を敵軍中央に出現させてくれ。それからここに居る者全員に俺の声が聞こえる様にもしてくれ」


(宜しいですよ)


 オーフェがそう答えてくれた途端、眼下に広がる軍隊の中央に俺と、襟首を掴まれて気を失っているヨアヒムの姿が映し出された。

 それを見た兵達からは、更なる動揺の声が聞こえた。


「聞け―――っ! 王弟ヨアヒムの元で戦う将兵達っ!」


 俺は出来るだけ威厳を込めてそう叫んだ。

 まーもっとも、元が只の学生なんだからどれだけ威厳ってやつを籠める事が出来たか分からないけどな。

 でも視覚的な効果は抜群だった様で、俺がそう叫ぶとみるみる喧騒は静まって行き、最後にはそこに数万の人間がひしめいているとは思えない静寂が訪れていた。


「お前達の主、王弟ヨアヒムは俺の元へと平伏したっ! これ以上の戦闘は無意味であり、お前達が進軍する理由など無くなったっ! これよりお前達は城へと引き返し、別命があるまで待機する様勧告するっ! もしそれでも王都を目指すと言うならば、俺の魔法でその命が尽きると心得ろっ!」


 そうして俺は、もう一度杖を振るった。

 それと同時に、今度は西側に鋭い突起を持つ岩壁が、東側には巨大な竜巻が無数に巻き起こった。

 今や王弟軍は三方を魔法で築かれた障壁に覆われて、ここまでやって来た北側にしか退路がない状態だ。


「全軍、撤兵―――っ!」


 暫くして後、指揮官と思しき者の怒号が響き渡り、それを皮切りにして全ての兵が北へと向かい移動を開始した。

 総司令官は囚われ、これ程の力の差を見せつけられれば取るべき手段は一つしか無いよな。


「オーフェ、ミシェイラ達の元へ飛ばしてくれ」


 俺は王弟軍全軍の撤兵行動を確認し、オーフェにそう嘆願した。


(分かりました)


 オーフェは即座に了承して、次の瞬間には俺とヨアヒムはミシェイラ達の闘う戦場へと出現していたんだ。

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