神龍との戦い
俺はオーフェの説明で、ショックを受けて佇んでいた。
そうだ……。
オーフェは「俺は不死身だ」と入ったけれど、「一切の攻撃から影響を受けない」なんて事は一言も言ってなかった。
またしても俺の勘違い……大いなる都合の良い先入観でしかなかったんだ。
そしてそれに気付いた処で、俺にメリットなんて一つもない事に気付いた。
確かに死なないと言う事は説明通りだろうし、俺も事前情報として知っていた。
俺が今こうやって神龍アミナの前に躍り出たのも、そう言った目算があったからに他ならない。
―――でも、痛みを感じるとなると話も違って来る。
死なないってだけで、受けたダメージはそっくりそのまま痛覚が感じるんだ。
それは体が傷ついているって事と大差ない。
幸い俺の身体には火傷痕はおろか、傷一つ残っていない。
肉体的な損傷も考えなくていい様だ。
……でもそれだけだ。
体が傷つかないだけで、痛みを伴うんじゃあ意味がない。
俺が精神的に受ける恐怖まで無効出来る訳じゃないんだ。
「ハアァ―――ッ!」
ミシェイラの気合いと共に放たれた斬撃が神龍の側頭部を捉え、その攻撃をもろに受けた神龍が大きくたたらを踏む。
気付けば、呆然としていた俺に向かって神龍が攻撃を加えようとしていたらしく、その試みはミシェイラの攻撃で中断された様だった。
「大丈夫ですかっ!? ユート殿っ!」
「ちょっとあんた、体は無事なのかっ!?」
俺の近くまで後退して来たミシェイラと、俺の元へと駆けつけて来たトモエが殆ど同時にそう声を掛けて来た。
「あ……ああ……」
俺はそう声を絞り出すだけで精一杯だった。
今は衝撃の事実による動揺と、湧き起こって来た恐怖を手懐けるので精いっぱいだったんだ。
「ちょっとあんた、傷を見せろ……って、あれ?」
さっき受けた神龍の攻撃は、普通で考えれば重傷となっていたかもしれない。
でも俺にはオーフェの加護によって、外傷は一切残らないんだ。
「傷は……ないな……?」
俺の身体を隈なく見て回ったトモエが、何か納得がいかない様な声でそう漏らした。
まあ普通の人間なら、あれだけの攻撃を受けて傷がないなんて現象、ある訳ないからな。
「それでユート殿、どうするのですか?」
無事を確認したミシェイラが俺に指示を求めて来た。
この場では間違いなく俺が最高位だと言えなくもないが、俺は戦闘の素人。
そしてミシェイラは百戦錬磨の武人だ。
彼女から指示を出した方が間違いなく有用的だった。
しかし彼女にも決定打が無い。
そして有効打を与えられる可能性があるのは、オーフェが変化しているこの武器だけなんだ。
つまりこの戦いのキーは、俺が握っていると言っても過言では無かった。
だからこそ彼女は聞いて来たのだ。
―――征くのか? 退くのか? ……を……。
今の俺は戦力として程遠い存在だ。
……普通に考えれば……なんだけどな。
そしてやっぱり普通に考えれば、ここは一旦撤退する処だろう。
もっとも頼りになるミシェイラの攻撃が効かない……いや、効果が薄いのだ。
これは最善の考え方だと言える。
でもその場合、やっぱり今まで通り多くの人員を投入して、少なくない犠牲を出す結果になってしまう。
俺はそれには反対だった。
それは別に大統領となったから……って訳じゃない。
いや、それもあるかもしれないけれど。
やっぱり個人的な考えから反対だったんだ。
―――多くのうら若き女性が命を落とす。
そんな事実に、俺は到底賛成出来なかった。
今まではどうだったか知らない。
俺が来る前の事なんて、俺がどうこう出来る筈もないからな。
少なくとも俺の手が届く範囲、何よりも女性くらいは守りたいと考えていた。
「ちょっと、大統領さん。大丈夫なのか?」
トモエが不安そうな顔で俺を覗き込んで来た。
それはそうだ、俺はさっきから考えを巡らせると共に、震える体を必死で抑えつけていたんだ。
考えはまー……不純かもしれないけれど真っ当なものだ。
でもそれはそれ、これはこれ……怖いものは怖いんだ。
さっき神龍に食らった攻撃と、その後にオーフェから説明された事が俺にある事を思い起こさせていた。
―――それは、俺が死んだ……多分死んだはず……の時の事だった。
あの時の永遠とも思える、治まる事のない、文字通り死ぬほどの痛み。
あれを思い出すと未だに恐怖で体が竦んでしまう。
そしてオーフェから説明された話。
『……致命傷となる程の攻撃を受ければ、死ぬほどの激痛に苛まれます』
この一文が、俺の心の恐怖を喚起していたのだった。
あの時と同じかそれ以上の痛みが俺に襲い掛かる。
死ぬ事のない、死ぬ事の出来ない俺は、それを余すところなく感じ取って耐えなければならないんだ。
死ぬほどの痛み……なんて良く言われてはいるけれど、本当に致命傷の痛みを受けて、気を失う事も無く覚えている人間なんてそうはいないだろう。
実際に体験してみればわかるが、あれは慣れる事が出来る代物なんかじゃない。
慣れるなんて、恐らく普通の感性を持った人間には不可能だ。
もし俺が神龍に立ち向かうとすれば、俺は幾度となくそう言った体験に耐えなければならない。
身の毛もよだつとはこの事だ。
俺が考えを決められない内に、神龍の方は体勢を立て直していた。
此方へとゆっくり向き直り、今にも炎を吐きだしそうな状態だ。
それは偏に、悩んでいる暇など無いと言う事だった。
「お……俺が前に出て戦うっ! ミシェイラは牽制に回ってくれっ! トモエは彼女のバックアップを頼むっ! 俺への回復は……要らないからっ!」
俺が出した指示にミシェイラは異論がありそうだったけど、トモエは妙に納得したのか無言で頷いていた。
あれだけの攻撃を受けて回復の必要がなかったんだ、俺の言葉にもそれなりの説得力があったんだと思う。
「後、俺の事もユートで良いっ! それから……ミシェイラに掛けてた防御魔法。あれだけは……お願い……」
駆け出しそうとしていた俺は、トモエに振り返ってそれだけをお願いした。
死なないけれど痛みを伴うんなら、回復はいらないけれど少しでも痛みを軽減して欲しい。
これは俺の切なる願いだった。
俺の言葉がさっきと違い余りにも頼りなく情けなかったのか、俺を見たトモエは小さく苦笑して再度頷き、即座に魔法を唱えだした。
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