守護龍の存在

「まずこの世界に存在する、『ドラゴン』と呼ばれる幻獣についてお話します」


 オーフェに促されて、ミシェイラはゆっくりと話し出した。

 それは俺に説明すると言うよりも、オーフェに対して語っている様にしか見えなかった。

 彼女の俺に対する警戒心……と言うよりも忌避感は相当なものだ。


「この世界には、多くの『ドラゴン』と呼ばれる幻獣が存在しています。知能の無い野獣の如き類から、神と同列視される程の高い知性を持つ形態まで……その分類は多岐にわたります。その中でも頂点に君臨する6匹のドラゴンは、この世界にある6つの国にそれぞれ1匹ずつ居を構えています」


 6つの国……そう言えばオーフェもこの世界へ来る前にそんな事を言っていたっけ……。

 今、俺の居るミルディン共和国は、周囲を5つの大国に囲まれているって……。

 つまり、この国と併せて6つの国には、それぞれ1匹ずつドラゴンが住み着いてるって事だな。


「ドラゴンは、その強力な力で国家に害をなす可能性があります。事実わが国では、活動期に入った『神龍アミナ』によって、毎回多大な被害を出しているのです。荒れ狂う神龍を鎮める為に、そのドラゴンを神と崇める『アミナ神龍教』の者達が中心となって取り組んでいます。教団のお蔭で、ドラゴンに依る被害は最小限に抑えられていると言っても過言ではありません」


 幻獣の頂点に君臨する「ドラゴン」と言っても、所詮はけだものなのかな? 

 高い知性があるなら、話をするとかって方法で何とかなりそうなんだけどな……。

 それとも、いくら知能の有る相手であっても、会話で物事を解決するってのはやっぱり人間的発想……延いては「平和な異世界人」的発想なんだろうか?


「他の5大国においても、その事実に違いはないのですか?」


 ミシェイラの話が途切れたのを確認して、オーフェが彼女にそう質問をした。

 確かにドラゴンが1国に付き1匹存在しているなら、他の国もさぞかしその存在に辟易してる事だろう。


「……いえ……。詳しくは確認されていませんが、ドラゴンの脅威がここまで顕著に現れているのはわが国だけです……。他国では、力尽くでその行動を抑え込んだり、対話によって互いに協力関係を結んでいる国もあります。我が国の『神龍アミナ』がここまで暴れまわるのを許しているのには幾つか理由があり……その一つが前政権の無策に依るところが大きいのです……」


 そこまで話したミシェイラは、どこかガックリと項垂れてしまった。

 心なしか歯噛みして、何かに耐えている様にも見える。


「……あの……無策って……?」


 俺は恐々と彼女に声を掛けた。

 するとその直後、バッとミシェイラは顔を上げた。

 その瞳には、怒りにも似た色が浮かんでいた。

 再び俺は、その威力に気圧されてしまう。

 まったく、俺が何したって言うんだよ……。


「無策とはそのままその通りですっ! 前政権を担っていた王族は、神龍の傍若無人に対して一切手を打たなかったっ! その結果、多くの巫女達がその命を散らす結果となっているのですっ!」


 捲くし立てる彼女のまなじりには、僅かに涙が浮かんでいる。

 それが怒りからなのか、悲しみからなのか俺には分からない。

 分からなかったけど……。


「ミシェイラ殿の妹は、『アミナ神龍教』で教えを受けていたんじゃが……前回、活動期に入った神龍アミナを鎮める巫女に選ばれてのー……。多くの巫女や僧兵と共に、神龍と対したんじゃ。当時、すでに軍を率いていたミシェイラ殿じゃったが、その事実を知っても軍を動かす勅許がおりんでのー……神龍は教徒の奮闘で治まったが、その時の戦いで彼女の妹は命を落としたんじゃ……」


 震えるミシェイラの後を継いで、長老がそう話を続けた。


 彼女の涙はきっと悔し涙だったんだ。

 王族が、政策が確りとしていれば、神龍に対する対策もちゃんと執られていただろうに、それが成されなかった事に対する悔恨の涙だったんだ。


「……ってゆーか、ミシェイラって将軍だったのかっ!?」


 しんみりとした雰囲気で流されそうになったけど、それ以上の驚きで俺は一気にその気分から脱却させられた。

 ミシェイラからは確かに只者では無い気配……と言うか気勢を感じていたけど、まさか軍人……それも将軍だったなんてっ!


「ほむ……? まだ大統領閣下には話しておらなんだか? 彼女はこの若さにして比類なき強さを持つ全軍元帥、ミシェイラ=アルバルトその人じゃ。その勇名は他国にも轟き、彼女の存在がこの国を支えていると言っても過言では無いのじゃよ」


 フォッフォッフォッと蓄えた髭を揺らして笑う長老に、慌てる様にミシェイラが言葉を挟む。


「ちょ……長老っ! 今それは関係ない事ではありませんか?」


「なーに、本当の事じゃて。遅かれ早かれ知れる事じゃしな」


 照れる様に抗議するミシェイラに、長老はやっぱり楽しそうにそう答えた。

 そのやり取りで、さっきまでしんみりとした雰囲気が一気に和やかなものへと変化したんだ。

 ひょっとしたら長老は、これを狙ったのかもしれないな。

 ただ俺の受けた衝撃は、そんな事で払拭される様なものじゃなかった。


 彼女が軍人で、しかも将軍だって事だけでも驚きなのに、更にこの国の軍隊を統べる元帥、そして無双の力を以て他国にその名が知れ渡る人物だったなんて!

 顔の傷を除けば、綺麗でスタイルの良い女性にしか見えなかったのに、今その事実を知って見る彼女はもう武人にしか見えない。

 そう言えばその姿勢や立ち居振る舞いは、どこか厳格なものの様にも思い出されて来た。


「如何に神龍と言えども、その存在はあなたの仇とも取れるものです。命令を渋る上層部もいない今となって、何故あなた方は神龍の攻略に躊躇するのですか?」


 一旦収まりかけた話題だったが、オーフェが蒸し返す様にそう問いかけた。

 その言葉を聞いたミシェイラと長老の表情が、再び引き締まったものへと変わってしまった。


「お……おい、オーフェ。それは今聞かなくても……」


「あら? 今聞かなくていつ聞くと言うのですか? とても大事な事ですよ?」


 慌てた俺が彼女を嗜めるも、肝心のオーフェは俺の言葉などどこ吹く風だった。

 この神様は、ホントに空気を読んでるのかどうなんだか……。


「……失礼しました、まだ説明の途中でしたね。話を続けさせていただきます」


 オーフェの言葉に促される結果となったのか、ミシェイラが説明の続きをする。


「各国に住まう神龍は、いわば強力な武力であり護国の要です。各々の国が牽制しながらも戦争に発展しないのは、その6龍の存在に依るところが大きいのです。当然、我が国に住まう神龍が如何に暴虐の限りを尽くそうとも、それだけでおいそれと退治してしまう事は出来ないのです。……勿論、そう簡単に倒す事など出来る存在では無いのですけれどね」


 その話を聞いて、漸く俺にもその全貌が把握できて来た。

 確かにオーフェの言った事は本当で、この最後の部分を聞いておかなければきっと後々問題になっていただろう。


 問題になってるのは倒せるかどうかじゃない。

 如何に倒さずに鎮める事が出来るか……なんだ。

 倒してしまっては、他国に対しての脅威とならない。

 つまり神龍と言う存在は、少なくとも今、この国にとっては必要脅威であり必要悪だって事だな。


「なぁ、オーフェ……。もし……その神龍を手懐けられたら……俺の評価って上がるかな……?」


 俺はオーフェにだけ聞こえる様に、出来るだけ小声でそう囁いた。

 もし、ミシェイラにでも聞かれて彼女の逆鱗に触れてしまったら、俺はどうなるか想像もしたくなかった。


「そうですね。結果如何にも依りますが、少なくとも今の状況よりは良くなると思いますよ」


 俺の問いかけに、彼女は淡々とそう答えた。

 それはつまり、「やってみなければ分からないけれど、何もしないより遥かにマシ」と言う意味に俺には捉えられ、そして俺もその意見には賛成だった。


「とりあえず大体の状況は把握した。どう対処するかは、これから現地に飛んで考えようと思うんだけど……ミシェイラさん……案内してくれるかい?」


 そして俺は、まずは現場で状況を把握しようと決めた。

 今ここで俺が何かを考えても、それはきっとトンチンカンな答えしか出ないだろう。

 今の俺は、何はともあれ動く事が大事だと思い至った。

 実際それしか出来そうにないしな。


「……承知しました」


 決して納得していないだろうけど、ミシェイラは俺の方を見てそう了承した。

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