大統領にしがみ付け

 俺は、俺の甘い考えに内心、ガックリと項垂れていた。


 勿論、単に異世界へとやって来るってだけでなんら確約されていない希望を抱いたって言う事もそうだけど、それ以前に条件となる事を余りにも深く考えていなかった事に情けなくなってしまった。

「異世界」と言う言葉だけで、きっと新しく楽しい「異世界ライフ」ってやつが約束されているって錯覚してしまっていたんだ。


「とりあえず、次の選挙で支持される……まではいかなくとも、拒否されない様に頑張るしかありませんね」


「……選挙……!?」


 そしてオーフェの口からは、異世界には到底不釣り合いの言葉が齎されて、俺はそれをオウム返ししてまた思考が停止してしまった。


「そう、選挙ですね。この国は民主国家になった訳ですから、自らのリーダーは投票で選ぶと言う事になります。どれくらいの期間を経て選挙が行われるのかはこれから決めなければなりませんが、まさか専制国家宜しく、あなたが辞めるまで大統領で居続けられると言う事は無いのです。当然ですね」


 確かに大統領……国のリーダーを選ぶのに、国民は選挙と言う方法を使う。

 選挙で当選する為には、有権者に支持されなければならない。


 ―――でも、待ってくれよ……。


 俺は元の世界でそれが出来なかったから、今この世界にこうして居ると言っても過言じゃない。

 選挙に選ばれる、万人に認められるって事は、それはつまりリーダーシップがあってコミュニケーション能力が高く、口が上手い人間である事が求められると思う。

 そして俺には、そのどれもが欠けているって言う自覚があった。


 ―――……高い……。


 なんて難易度の高い設定なんだ……。

 これは俺にとって「ムリゲー」に近い条件だと言えた。


「あなたがカエルになりたくないと考えるなら、兎に角、街のゴミ拾いでも人助けでも何でもして、あなたの好感度を少しでも上げるしかないでしょうね。頑張ってください」


 全く以て他人事の様にオーフェはそう話を締め括った。

 それを聞く俺は、何も考えつかずにフリーズするしか出来なかった。


 ゴミ拾い? 

 人助け? 

 一体どれだけそれを熟せば、国民全てに支持されるって言うんだよ!?


 俺が愕然としていると、不意に部屋の扉をノックする音が響いた。


「どうぞ」


 呆けていた俺に代わりオーフェが入室の許可を与えると、扉が開き二人の人物が入室して来た。

 言うまでも無くそれは、長老とミシェイラだった。


「お休みの処失礼いたします」


 恭しくオーフェに頭を下げた長老の隣では、ミシェイラが背筋をピンと張って直立不動で控えていた。

 その姿は凛としており、美しさと気高さを醸し出していた。

 ……そしてそのお蔭で、その綺麗な顔立ちとナイスプロポーションがバッチリ強調されていて、思わず魅入ってしまう程だった。


「オリベラシオ様に折り入ってお話があります」


 長老は、恐縮した口調でオーフェにそう切り出した。

 恐らくは願いだか祈祷だかで召喚されたオーフェを、彼等が敬う様に接してもそれは全くおかしい事じゃない。


「申し訳ありませんが、私はユートに従う天使です。何か御相談があるのでしたら、私にではなく彼に相談してください」


 でもオーフェはその祈願を、感情の宿さない顔と言葉で断った。


「も……申し訳ありません」


 その態度にオーフェが気分を害したと思ったのか、長老は即座に謝意を示して再び深く頭を下げた。

 もう慣れた俺から見たら、オーフェは単に興味がないだけなんだろうけど……それを知らない他者から見たら、長老の様に考えても仕方ないよなー……。


「それでは大統領閣下に申し上げます」


 長老に成り代わって、今度はミシェイラが俺に正対してそう切り出した。

 その言葉には強い力が籠っていて、まるで俺を威嚇している様であり、警戒している様でもあり、懐疑的でもあった。

 どうやらさっきの失態が彼女の中では大きく影響している様だった。


「な……何でしょうか?」


 若くて美人のミシェイラから強い眼差しと言葉が投げ掛けられて、俺の声は思わず上擦ってしまっていた。

 彼女から何故これ程強い圧力を感じるのか俺には想像もつかないが、兎に角この場から逃げ出したくなるほどの威圧感だった。


「西の“クリスタルの洞窟”で、今まで休眠期にあった“神龍アミナ”が活動期に入りました。放っておけば、周囲の村に大きな被害が出る事も予想されます。大統領として、これに対処して頂きたいのですが」


 口調は丁寧であっても、その口ぶりは「何とかしろ」のそれだ。

 いや……それすらも疑っている様で、どちらかと言えば「お前に言っても仕方が無い」だろうか?

 確かにそんな事を、一介の学生だった俺に言われてもどうしようもないな……。


「えーっ……と……。対処……って、具体的には何をすれば良いんでしょう……?」


 答える俺の口調はミシェイラから受ける圧力で自信無く弱々しい、どこか卑屈な物言いとなってしまった。


「そっ……それを考えるのが……っ!」


「あっ! えーっと! そ……その神龍ってやつを倒せばいいのかなっ!?」


 俺の答えが恍けたものと感じたのか、ミシェイラが爆発しかけた。

 それを感じた俺は、咄嗟に思いついた事を口走っていた。

 もし、彼女に全ての言葉を言い切らせてしまったら、恐らく俺はただじゃあ済まなかったかもしれない……。


「こ……事はそう単純ではありません! 神龍アミナを倒す等、誰にでも簡単に出来る事ではないし、何よりも周辺国家とのバランスを取る為には、如何に暴龍と言えども失う訳にはいかないのです!」


 彼女の言葉に被せて発した俺の言葉をミシェイラは一定の答えと認めたのか、語気は荒いものの寸前よりも抑えたものへと変わっていた。

 危なかった……。


「ミシェイラ……と申しましたか? ユートは未だにこの世界、延いてはこの国の事を良く知ってはおりません。今はその神龍についてだけでも詳しく話して貰えますか?」


 そこへ、オーフェがタイミングよく口を開いた。

 俺がこのままミシェイラと話し続ければ、何時か彼女は癇癪を起してしまうだろう。

 正しくオーフェの介入はグッジョブッ! だった。


「……は……オリベラシオ様……そうでしたか……。それでは神龍アミナについて、簡潔に説明させていただきます」


 オーフェの丁寧な口調に、やや冷静さを取り戻したミシェイラが、畏まり恐縮した口調でそう答えた。

 今この時だけ彼女の態度を見ても、俺に対する信頼や期待の低さ、反してオーフェの高い影響力を良く示していた。

 そして俺は、何となく思い至った事がある。


 ―――俺の取りあえずの目標は彼女……ミシェイラの信頼を勝ち取る事だと……。


 今現在だけで見れば、彼女が最も俺に対して忌避感に近い感情を有している。

 さっきオーフェと話していた、国民の支持を勝ち取ると言う事から考えれば、それは真逆の反応と言える。

 きっかけは俺の本心……いやいや、失言からだったとは言え、この国に住む人達の俺に対する印象は概ねこんな所だろうと考えた方が良いだろうな。

 例え神が遣わした使徒だとしても、自分達の理解を超える世界から現れた得体のしれない人物を、すぐに信用出来る訳なんてない。

 それは俺でもそう考える事だ。

 なら彼女の信頼を勝ち取ってそのノウハウを用いれば、国民の信用や支持を勝ち取る事も出来るだろう。

 俺はそう考えたんだ。

 何にせよ全てが手探りであり、どんな些細な事であっても俺が今まで出来なかった事、苦手にしている事に違いない。


 何でも利用しなければならないと俺は考えていた。


 俺が……大統領にしがみ付く為にはな……。

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