制度を根付かせろ

 ―――夕刻。

 王城に帰り着き、与えられた部屋へと戻った俺は、早速オーフェへと質問する事にした。

 兎に角、この世界で出来る限りの事をしてみようと思っては見たものの、何をすればいいのか皆目見当がつかなかったからだ。


「なぁ、オーフェ。俺はまず何をすれば良いんだ?」


 我ながらこの質問は、余りにも大まか過ぎたと思う。

「何かをしたいからその案を貸してくれ」では無く、「何も分からないから一から教えてくれ」と言っている様なもんだからな。

 こんな質問を投げかけられれば、普通の人なら恐らく答えられない……と言うか、答えるのも億劫になるものだ。


「そうですね……まずは簡潔にこの国の目指す所をおさらいしましょう」


 でも意外……と言ったらオーフェに失礼かもしれないけれど、彼女は表情を崩す事無く、至極まともな返答をしてくれた。


『そんな事も知らないのですか……?』


『そんな事くらい、自分で考えて下さい』


 そんな突き放した言葉も覚悟していた俺は、少し拍子抜けしてしまった。

 でもそれはそれで有難い。

 彼女が教えてくれると言うなら、俺は出来るだけそこから知識を得るだけだ。


「あなたの住んでいた世界……国は、正しく国民主権を謳う民主国家だったのですが……それは理解していますか?」


 その問い掛けに、俺は少し考えてみた。


 確かに俺の住んでいた国は、世界大戦後に国民主権を謳った民主国家として歩んできた歴史を持つ……と、少なくとも歴史の授業では習ってる。

 でも俺は、そこに大きな違和感を抱いた。


 ―――国民主権……?


 主権って事は権利の在りか……だよな? 

 つまりは誰がその国にとって主役かって事だ。

 でも俺の住んでいた国では、国民はむしろ蔑ろにされていなかったっけ? 

 主権を持ってるのは権力者で、俺達の様な一般市民が主権を持っていたって実感なんかなかったなー……。

 勿論、俺には所謂「選挙権」や「参政権」は無かった。

 まだその年齢に達していなかったからな。

 でも周囲の大人達……親父やお袋にしたって、政治に参加してるって雰囲気はなかったぞ? 

 それどころか、その権力者達の打ち出す政策に、ブーブー文句を言いながらそれでも従ってたイメージだ。


「……あなたの抱いているイメージも間違いではありません。ですが、今はその事を置いておきましょう。今重要なのは、あなたの住んでいた国が採っていた制度についてです」


 まるで俺の考えを見抜いたように、タイミング良くオーフェがやや溜息交じりにそう話を続けた。

 その姿を見て、俺は何となく察してしまった。


 ―――ああ……今のあの国は、その民主国家の末期なんだな……と。


 だから俺は、それ以上の事を口にはしなかった。

 俺自身が民主主義に精通している訳では無い上に、恐らくはその事について明確な答えは出ないんだろう。

 それに今大切なのは彼女の言う通り、この国……この国……? 

 あれ? 

 この国ってなんて名前だっけ……?


「なぁ、オーフェ? この国の名前も俺って知らないんだけど……?」


 俺は、ややビビりながらオーフェにそう問いかけた。

 今更感があるし、そんな大事な事すら聞かなかった事に、オーフェは俺を叱り付けるかと考えたんだ。


「ああ、そうでしたね。私も肝心な事をお話ししていませんでした、失礼しました」


 でも俺の怯えた考えは、オーフェの言葉に打ち消された。


「この国の名は『ミルディン』……つい先日、共和国となったばかりの弱小国家です。そして、この世界を『ヴォルドワーズ』と言います、覚えておいてくださいね」


 優しく微笑んでそう言うオーフェの言葉を、俺は今までになく真剣に心の奥底へと刻み付けた。

 何と言っても俺が暮らす国、今俺の居る世界だからな。

 知らない、忘れたなんて情けない話は俺だって御免被りたかった。


「ミルディン……共和国……。そして剣と魔法の世界……ヴォルドワーズ……」


 噛みしめる為に、俺は声に出して復唱した。

 それを見たオーフェはユックリと頷いた。


「このミルディン共和国に、一刻も早く民主主義を根付かせて発展させてゆかなければなりません。この世界にある殆どの国家は専制国家……つまりは一部の絶対権力者が国を治める国家です。ゆっくりとしていれば、再びこの国も専制国家……王政国家へと戻ってしまうでしょう」


「……王政国家に戻ったら……俺ってどうなるの……?」


「カエルです」


 何となく想像していた通りの答えだったが、俺の問いかけにオーフェは間髪入れずにズバッと返答した。


「でもさー……制度が変わるのって俺のせいじゃないよね? それでも俺はカエルにされるのか?」


 もしも国民主権と言う考えが根付いた挙句、その国民が王政を……専制を望んだ場合、それは俺のせいになるのかと言う疑問が浮かんだのだった。


「今まで、この国の民は王政に悩まされてきました。王族は腐敗して、国民はただ税を搾り取られる道具となり下がっていたのです。それが先のクーデターで一変しました。人間として、それまでの酷い制度から解放されて嬉しくない訳がありません。ただ今後どうすれば良いのか、何が正しい行動なのかを知りません。それを行って良いのかさえ誰も分からないのです。あなたが民主制度的に正しい行いをすれば、今の国民がその制度を拒絶する事など有り得ません」


 なる程、それはそうかもしれない。

 それまでの悪辣な締め付けから解放された国民達は、一時はその制度に感謝して依存するかもしれない。

 でもそれがいつまで続くのか、それは誰にも分からない。

 つまり……。


「俺の役目はその民主主義を根付かせて……維持する事なんだな?」


 俺の言葉に、オーフェは「正解」とでも言うようにウインクして答えた。

 畜生……その表情は可愛いな……。


「でも付け加えるならば、その制度を維持しながらも、あなたは大統領と言う地位を継続し続けなければなりませんけどね」


 でもその後に続いた彼女の話で、その笑顔は一気に小悪魔の微笑に変貌したんだ。


「……えっ……!?」


 俺は絶句して動きを止めてしまった。


「み……民主主義を根付かせる事と、だ……大統領であり続ける事は違うだろう!?」


 そして再起動を果たした俺は、慌てて彼女に反論した。


 民主主義を根付かせると言う事と、大統領でなければならないと言う事は似ている様で全く違う話だ。

 大統領で無くなっても、民間活動で民主主義を広く説いて行く事は出来る筈だ。


「あなたの言う二つの事柄は確かに違う事ではありますが、あなたがこの世界を攻略する条件には当て嵌まっているのです」


 慌てる俺に、オーフェはさも当然と言った風な口ぶりでそう答えた。

 更に食い下がろうとする俺に、その機先を制して彼女は口を開き続けた。


「私はあなたにこう告げました。『となってこの国を導きなさい』……と。つまり、あなたが大統領ではなくなった時点でこの条件は見事に不履行となり、あなたのこの世界攻略は失敗と言う事になります」


 ……なんてこった……。


 俺は、自分の考えが余りにも甘かった事に愕然としてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る