6.定期講習の事件

八重川さんが現れてから数週間経ち、共同生活はだいぶ慣れて来たところですが。

学校では・・・気持ち悪い感じが相変わらず続いている。

全く何もないわけじゃない。佐倉あたり、偶に小突いてきたり、罵詈雑言並べ立てたりしないでもないが、 以前のようには身が入っていない。花岡たちに至っては話しかけてすら来なくなっているのに、無視はしてこないのだ。教室外でもやったら人の目が集まっている気がする。俺はパンダじゃないぞ?戸惑っていると八重川さんが散らせてくれるのだが、もうわけがわからん。

今の所、ナマハゲに追い回されることもなく、藁人形が置かれていることもなく、平穏無事ではあるが、ちょっと不気味な現状が続き、気づけばもう五月だ。


実に、この月には、年に3回ある霜月学院卒業生の講習一発目があったりする。橋下さん曰く、早ければ2日、長くて1週間かかるらしいが、 仕事してる組は大丈夫なのだろうか。


ちなみに、 内容としては素行調査と身体能力テスト、それから精神状態のテストがあって、そのいずれか一つでも問題があった場合には、免許の一時剥奪、もしくは徹底した指導が課されるらしい。車の運転免許の更新の、厳しい版みたいな感じだ。


俺たち学校組は連休を利用して行くことになり、みんなして橋下さんが手配してくれたバスに乗り込んだ。小型のもので、橋下さん、久松、深琴くん、八重川さん、神田、蒲原の六人ほどの乗車でも、あまり罪悪感のないミニバスだ。


で、今。俺の膝の上に深琴君、隣にやっさん。まだ停車してるけど、危ないからね!

助けを求めようと反対側の座席を見ると、蒲原さんは深澤さんまで連れてきてるし・・・いやいや、いくら心配だからってムサイ男の巣窟に美女はまずいだろ!そして橋下さんの隣に神田、久松は一人だ。・・・ 深琴君を隣にやるのは少々気がすすまない。

「おいちっこいの。そっから降りろ。」

「八重川さんが久松さんの隣に行ってくれたら降りますけど?」

俺の腕にしがみつく深琴君。とても愛らしいが・・・もう出発しちゃうよ、危ないから!

「あ、西條だめだよー。降りなきゃ。子どもじゃないでしょー。」

「僕子どもですよ、橋下さん!」

と、そのときひょいっと久松がひっつき西條を持ち上げてしまう。

「駄々をこねるな。お子様は大人しく座ってろ。」

まあムカつくやつだがこういう時たまに助かることがあるのは確かだ。

「浪花、よかったのか?俺の隣で。」

「え、どうしてですか。そのつもりでしたけど。」

「なんでもない!」

なんか八重川さんの顔が赤い。どうしたんだろう?

程なくしてバスは出発し、街を抜けて自然豊かな方向へと進んでいく。なんとなく無言になる車内でふと横を見ると、八重川さんは窓の外を眺めていた。

考えてみれば、一緒に暮らしたりしてても知らないことだらけだった。それは久松も神田も似たようなものだけど、それと比ではないような気がする。知らないことが多いのは、たった半年ちょっとの付き合いだから当然なんだけど、聞いておきたいことが本当は沢山あるような気がした。

「・・・・浪花?俺がどうかしたか。」

「えっ、あ、いや、外綺麗だなと思って。」

少し怪訝そうなやっさん。今工場群を通っているところだった。

間が悪すぎる! さっきまでは確かに緑だったし、八重川さん熱中してるみたいだったのに。

八重川さんに思いっきり笑われつつ、やっぱり、小さい頃どんなだったかとか、アクの強そうなお姉さん以外に兄弟はいるのかとか、どうしても気になって尋ねてみた。

「小さい頃ね。・・・確かだいぶ内向的だったような。」

「八重川さんが、ですか?」

「なんだよ、意外か?」

考えてみたらそうでもない。初対面の印象はアレだったが、今でも外向的な人ではない。

それから暫く、子どもの頃よくやったイタズラとか、ハマっていたこととか話しているうちに、本格的な山道に入っていた。

・・・目的地は懐かしの学院ではないと聞いていましたが、やっぱり山の中なんですね。流行りでしょうか?いや、修行と言ったら山は定番か。


そのままバスに揺られているうち見えてきたのは、表向き普通の公民館に見える四角い建物。だが。すでに集まってきている人たちは皆ごつい。いや、ゴツすぎる。たまに細いのとか小さいのが混ざっていないわけでもないが、尋常じゃないエネルギーとオーラが景色を歪めているんじゃないかとさえ思われる。怖い怖い。


着いて八戸川さんの後からバスを降りたらびっくり。久松が深琴君を肩車、巨人西条の出現。思わず笑っていると久松に殴られた。人波にのまれたら大変なのはわかるけど、面倒見がいいと言うべきなのか、不機嫌そうな久松とご機嫌の深琴くんの対比が凄まじい。

そのままメンバーで列に加わったのだが、四方八方から押し寄せる筋肉の圧力。

男臭さが尋常ではないところで、なんと来客専用の列があり深沢さんは そちらにいました。よかった。こんな中にいたら潰されてしまう。


坂本氏のようながたいのいいおっさんの受付を抜けて、指定された場所で卒業認定バッチを使い、 行動チェックをされる。なんでも、その際録画時間が一定の基準を満たしていないと、その人の行動範囲内にある監視カメラまで調べられるらしい。俺の場合、家の中以外では殆ど付けているのでその心配はありません。そのままお婆ちゃんに手渡すと、確かに本人が付けていたかを含めて変な機械で読み取られまして。早送りのその画像が俺の位置からも微妙に見えますが、前半はなんか筋肉勉強寝るみたいな面白くない映像ばかり。もっとも、学校始まった初日二日目はなんかいろいろ強烈ですが、 その後のことについてはただの阿保としか言いようのないこともやっていたようですね。

「大変結構ですが、一般の方との運動に関しては、もう少し抑えることも重要ですよ。お疲れ様でした。」

感じの良いおばあちゃんですが、強者の匂いしかしません。

その後精神状態のチェック!・・・あー、まあちょっと難ありもありますが、一応問題はないそうで。取り敢えず攻撃性の欠陥がないためパス。

次に進むまでに余裕ができたので、他の人を待つことにした。巨人化した西條君とかは結構後ろの方にいたからね。


それで一応トイレに行っておこうと思って入ってみたら。

「ねえ君さ、強いの?」

先に終わったらしい八重川さんが真っ青になって固まっている。その正面に、なんか知らん、俺と同じくらいの身長の、硬派とは間違っても言えない雰囲気の人が一人。ガタイがよくて外国の人みたいに筋肉が盛り上がり、出入り口側に壁を作っている。

「そんなに怖がらないでよ。・・・手首も腰も折れそうなくらい細いのに、本当に卒業生?」

腕を掴まれ、振り払うこともできずに、逃げようとするたびに先回りされている。八重川さんなら、押しのけても恐喝でも、退けることなんてわけないはずなのに。

「すみません、通してくれますか。八重川さん、そろそろ神田君とか来ますから、行きましょう。」

割り込んでいって掴んだ手は、嘘みたいに冷たかった。睨みたいのを堪えて、変な笑みを浮かべている男の横をすり抜ける。

「・・・すまん。」

「謝んないでください。悪いことなんてしてないんですから。」

出るとすぐにいたのは、神田君ではなくて橋下さんと蒲原さんだった。合流できたことでやっと安心して、掴んだままになっていた手を離す。

「やっさんもまさるんも来たねー。よかったよかった。・・・西條は大丈夫かなー。」

「え?どうしてですか。」

「ほら、君らは防衛の方が強く出るタイプだったから、多少異常値が出たとしても問題ないんだけど。あの人、なかなか凄まじい攻撃性に出たからねー。最初はもうあの小屋壊れるんじゃないかって暴れ方してたし。」

なんとなく、想像はしていたが。でも、きっと大丈夫・・・多分・・・おそらく。西條くんだし。

「お、みんな来たな!」

蒲原さんの声に見てみると、不機嫌そうではあるが、深琴くんもちゃんと来ているのが見えた。

「どうしたの?深琴くん。」

「僕、何にも悪いことしてないのに・・・」

泣きそうな深琴くん、一体何を言われたんだろう?


この日は全員の検査が終わらず、夕方ご飯を食べた後俺たちは部屋に通された。八重川さんと橋下さんとは一緒だったが、深琴くん、蒲原さん、久松と神田は隣の部屋。六人部屋のようで、三段ベッドふたつが置かれ、窓はない微妙に閉塞感のある場所だ。

因みに、どこで寝るか争わないためか、名前の札はついている。

俺は向かって右側の二段目。橋下さんとやっさんは左側の三段目と一段目。やっさんが1段目でよかったです。

さて、揃って風呂場へ行き、戻ってみたら・・・先ほどのやつが同室という。なんということだ。橋下さんには伝えておくべきだった。誰か友だちと話しているようでもあり、牽制することも難しい。

結局俺は名案も浮かばず、今日は寝られないぞと自分に言い聞かせて、カーテン付きのベッドに潜り込む。


そのうちに件の男がこちら側のベッドの上段に上がるのが影でわかり、確かにカーテンを閉める音が聞こえた。

これだ。夜中にカーテンを引く音が聞こえたら、助けに行かないといけないということだ。

暫くして消灯時間になると、周りで聞こえていた雑音も消え、寝息が聞こえるほどに静かになった。時刻は9時、行動を起こすとすれば深夜、完全に寝静まった頃だろう。


俺は眠気と戦いながら、羊を数えることがなぜ眠りへと誘われるのかなんて、ひどくくだらないことを考え始めた。

その時点で詰んでいる気もしたが、羊を正確に数えるというプレッシャーはかえって人を覚醒せしむるのではないかと考え始めると、眠気は逃げた。


時計は10時を指した。あと二時間。


羊の毛並みの暖かそうなのがいいのかもしれない。だとしたら、羊の頭数を数えるよりは、羊の真っ白のもふもふを想像したり、暖かくて柔らかい・・・猫とか・・・

だめだ!なぜ、眠気を呼ぶアイテムのことなんか考えているんだろう。動物の暖かさ、柔らかさなんて睡眠導入剤もいいところだ。

筋トレか!筋トレをしようか!いや、ここでやったら近所迷惑だ。眠らないようにするためなら、きつかった練習のこととか考えればいいかもしれない。

山を駆け上る過酷さ、何十キロも走った毎日・・・

考えているだけで疲れるな。今やっと十時半。最初の一時間と比べて短くなっている。

これはつまり、おそらく脳が考えることを怠り始めたということだ。このままでは12時どころか11時も怪しい。

仕方がないから、 知っている名台詞を思い出そうと試みる。

来た、見た、寝た。

いや、勝ったんじゃなきゃだめだ。軍隊が来て居眠りしたら瞬殺に違いない。

全ての道は眠りに通ず

眠るな。寝たら負けだ。ローマに行くんだろう。

ローマと言えば、ハドリアヌスが確か妙な皇帝だった気がする・・・

そんなつまらないことを考えてはいけない!そうだ、面白かったことを思い出そう。

面白かったこと・・・・・

んん、考えているうちに寝そうだ。ああ、そう言えば神田が前、変な同級生のことを話してくれたな。眠くなるとレモン汁目に垂らすとか・・・壮絶だな!一体何があったんだ、その人に。試験中に寝ちゃったとかかな?


ありがとう神田くん、おかげで11時半。・・・いやいや、安心してはならない。三月十五日はまだ終わってないのだ!

いや、今五月だけど。

その最後の一秒まで気を抜いてはならないのだ。この静かすぎる部屋、そこでカーテンを引く音が聞こえてくるまで、俺は決して寝られない!

ああ、本でも持って来ればよかった。いや、本を読みながら寝落ちすることもあるから、かえって油断を招くに違いない。寝る方法より起きてる方法の方が、実力行使な感じがするな。大声で怒鳴るとか鉛筆を刺すとかレモン汁とか・・・

レモン汁を垂らすって、その人は常にレモンと果物ナイフを持ち歩いていたのだろうか。それで眠りそうになったとき、おもむろに黄色いレモンをカットし、レモン汁を?

爆弾もかくやという衝撃的な絵面である。まだ、唐辛子咥えていた方がいいような気がする。

いや?まてよ待てよ、それはそれでおかしい・・・


そのとき、カーテンを引く微かな音が聞こえてきた。唐辛子なんか噛み締めなくても、この緊張感が何よりの眠気覚ましになる。

しかし、音のした方向は真上ではなく隣のベッドの中段。しばらくしてようやく、真上でカーテンを引く音がした。


これはまずい。非常にまずい。トイレに起きたのだと思いたい。だって相手はこれまで俺が捕まえてきたやつと違い、プロ。卒業生だ。

しかし俺は結局、すぐさまベッドから飛び降りた。三階と比べたら、どうってことない高さだし、もしもの時は助けを呼べば、橋下さんはすぐに起きるはずだ。考えてみれば、今も寝ているか怪しい。

「あっれ。昼間邪魔した子じゃん。」

「あの、何をする気ですか。八重川さんに。」

思い切り睨みつけて見ても、暖簾に腕押しとさらりとかわされる。やっぱりトイレオチはなかったか。

「んー、そんな目で見られても。どうしようか、ねえ。」

もう一人の方は優男よりもさらに背が高く、ごつい。そちらの方は未だ一言も話していない。

「じゃあさ、その子に手を出さない代わり、君が相手してくれるっていうのはどう?大事なんでしょ?」

「組手の相手ならしますけど。そうじゃないなら絶対に嫌だ。」

そんなこと、八重川さんに知られたらひどく傷つけることになる。もし俺だったら、嫌だから。二人がともに無事でなければ意味がない。何事もなく明日の朝会えるのでなければいけない。


忍川さんの布教活動、もう少し広まってもいい気がして来た。「選択の自由」ってやつ。前までなら自分を犠牲にするか、見捨てるかしかできなかった。でも、今は違う。数の有利が向こうにあったとして、瞬殺されるほど弱くはないんだ。必ずなんとかする。こんな理不尽、あってたまるか。

「じゃあ、しょうがないね。いくら顔がよくても大男抱く趣味は元々ないし。」

「・・・・・ねえ、あたしちょっと気がそがれちゃった。やめにしない?」

あ・・・・・沈黙続きだったもう一人、そっちの人だったのか。

「えー、でも、こんな上玉早々・・・」

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬがいいわ。ここまでさせておいて折れないなんて、サイテーよ。」

「え、そうなの?」

「あなた鈍感ねえ。に決まってるじゃない。・・・ごめんなさいね、迷惑かけて。あたしこの人と違って、の仲かき回すような趣味はないのよ。」

残念そうな大男と、そんなことを言ったオネエさんは何事もなかったように戻っていってしまう。

この夜、それまでの数時間が嘘のように眠れなかったのは、言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る