4.些事に紛れて
実のところ、春って天気が安定しないじゃないですか。今年はそれが比ではなく、微妙に楽しみにしていたイベント、体育が
昔はさながら処刑台に向かう死刑囚の気分だったこれが、今はなぜちょっと楽しみかといえば。
合法的に
「・・・だからって、あんまり気合い入れすぎるなよ、多分引かれるから。」
八重川さん、申し訳ない。それは今に始まった話ではないのだよ。久松も深琴くんも、ついでに言えば八重川さんも既に一歩引かれている。なぜって皆んな、常人離れしているから。
深琴くんにしても、一度何かの拍子に素手で箒をバッキリやらかしてから、「子どもだけど普通じゃない」認定はされたのだ。因みに我が校の放棄の柄は金属製である。
さて、そんな話は置いておいて、待ちに待った競技は何かと言えば。
ソフトボールである。
「・・・ルール知らん。」
「別にいいだろ、ホームランの数で勝敗を決めれば。」
久松よ、お前は賢いけどバカだな。そもそもホームランて。ヒットのノリで言ってますけど、普通出ませんからね?しかもあれだ、チーム次第で回ってくる回数に多寡が生じるだろう。アンフェアにもほどがある・・・まあ、放棄するのも癪なので、勝つつもりではやりますが。
「チーム決めで勝敗が決まる勝負するなよ。」
八重川さんは呆れ顔で、肩慣らしのキャッチボールを投げてくる。球が重いのは気のせいか?
「しょうがないですよ。同じチームならまだ、そこまで不平等感ないし。」
俺たちの隣でも不機嫌そうな深琴くんと久松が淡々とキャッチボールに励んでいますが。・・・親子かな?休日におっぽり出されたお父さんと、微妙に気が乗らず渋々付き合う小学生、みたいな。
しばらくして集合がかかった先で待っていたのは、くじ引きと言う名の平等を騙った不平等を体現するチーム決めであった。
「二チームに別れるってことは、紙に書いてある数が全員同じになる確率は・・・」
「深琴くん、恐ろしい計算しないで。」
そうなる確率は割と高めだが。引いたくじの結果は。
「俺二番チームだ。」
「浪花もか。」
「ついでに僕も。」
・・・アンフェア勝負勃発。久松対俺、八重川、西條。もう今年のくじ運は使い果たした気がする。中村や佐倉、中田は相手チームだ。
「・・・本当に関わって来ませんね、あの人。 」
鮒羽とはチームが同じになったのだが。やっぱり避けられてるような。
「その方がいいだろ、学校で揉め事を起こすのは色々まずいし。」
八重川さんの言う通りなんだけど、今ひとつ釈然としない。最近休みがちなのも気になる。・・・割と親とかしっかりしてそうなのに。
「あ、一番浪花さんになったみたいですよ。」
嘘でしょ?責任かからなくていいけど。因みに意図したデッドボールを危惧してか、投手は先生である。そこらへんの配慮は嬉しいところ。
・・・ですが。
「あっ、浪花さん!なんて勿体無い!」
打ったボールは外野を越して場外へ。
動体視力、相当鍛えたんだ!ボールが、ボールが遅いんだ!消える魔球とか言ってふざけて投げてた八重川さんのって豪速球だったのでは?さっきまでのキャッチボール、異常だったのでは!?
小さいブーイングの中踏破。自分でもやってしまったとは思ったけど。
で、間二人挟んで4番一、二塁のやっさん。
・・・まあ、ホームラン出しますよね。当然です、動体視力がとんでもない彼にはきっとカタツムリが這ってきたように思われたでしょう。
そして次の深琴くん。先生の名誉をかけた、容赦のない打球にひやっとするも、空気読まずにホームラン・・・仕方ないです、彼らもうほとんど普通じゃないんで。その後普通のフライは悉く久松にアウトにされ、チェンジ。
・・・これなんの試合でしたっけ。すでに10点入ってますけど。
そこで久松の満塁ホームランなどありましたが、他はエラーなどするはずもなく三人で取ってしまいました。・・・これはもうすでにソフトボールの得点ではないですね。なかなかボールが入らない時のバスケくらいの点数でした。
「それにしても、八重川さん容赦なかったですね。 」
「あれは・・・偶然だ!」
深琴くんの指摘に憤然として、とんでもない言い訳をする八重川さん。8本ホームランが偶然というのは、チーム分けでたまたま全員同じチームになるのとはわけがちがいますからね。
因みに久松との勝負の方は言わずもがな、俺の圧勝である。フェアじゃなくたって、嬉しいものは嬉しいのさ。
「次は勝つ!」
「いや、他の競技にしたらどうだ?」
その通りだよ、八重川さん。ガッツポーズを決める久松は聞いてなさそうだけど。
*
時は過ぎやってきた放課後。八重川さん含めた筋肉同好会始動!遅れて挨拶して来た他校生はと言えば。
「浪花さん!俺ら入っちゃいました!」
轡五人兄弟だった。他の三人は遠すぎて断念したそうな?前髪切ったことはとても驚かれたが、突っ込みは入らず。ちょっと安心していたらバーンと登場ミスター小林。
因みに今日はちょうど柔道部が休みで全面使えるとのこと。次からは間借りということになるそうで、グラウンドから何から、片っ端から休部や空きスペースを狙い澄ませて予約を取ることになるらしい。
「これで全員かな?ふむ、中々鍛えて来ているようだが、まだまだ甘い!卒業できたからといって弛んでおると、定期講習の時に痛い目を見るからな。」
・・・小林先生は、普段はとても穏やかなおじいちゃん先生である。そもそも体育教員ではないこの先生、教える科目は古典。眠くなる授業で評判だが・・・
「遅い、遅いわ!!お前の拳は出来の悪いロボットか?」
鬼の形相で指導して下さる現在を見たら、誰も居眠ろうなどと思わぬだろう。人は外見によらない。くわばらくわばら。
さて、そんな調子で素晴らしい・・・素晴らしく厳しい指導者を得た我々は、一先ず又部道場へ向かう。俺や轡達はまだ籍を置いているので、無断で休むのも良くないということで、みんなも付いて来ることになったのだが。
・・・とにかくAランクもとり、指導者も得た俺たちに道場は必要なのかと言えば、些か怪しい。それに俺が回ったところは大抵顔を覚えられてしまい、下手すると他の人にまで危害が及びそうでもあり。そんなことを考えながら道場の敷居をまたいだら、にっこにこした優さんが出迎えた。
・・・ひとまずこの状況には突っ込むまい。取り敢えず、先ほど思ったことを相談して見る。
「・・・というわけなんですけど。」
「そうだよね、僕も提案しようと思ってたよ。」
結局俺に合わせてか、誰も何も言わずに各々又部さんに挨拶をし、周りの人たちに混ざっていった。
「でも、学校空いてない時とかのために在籍はしておきなよ。又さんには僕から話つけとくから。」
「ありがとうございます。」
それより俺はやはり、優さんにアルゼンチン・バックブリーカーを決められ呻いている忍川弟が気になってしょうがない。またお兄さんが何かやらかしたのだろうが、道場でプロレスって言うのが気になって仕方がない。
そんな割とどうでもいいが刺激の強いことのせいで、最重要課題を忘れ去っていた。
四人で帰路につきながら、ふと思い当たる。
八重川さんのベッド・・・ここ数日、後回しにしてたな、考えるの。考えあぐねているうちにも家に着き、当のご本人は荷物も整理し終わってしまったらしい。
「どうします?」
俺の部屋は物も少なくて割と広い。他の部屋で寝るよりは快適なのではとは思っている。今の所一人で使っているし。
「気にするな。俺は床でも寝られる。」
「知ってるけど・・・ちゃんとしたところで寝たほうがいいですよ!体痛めたらどうするんですか。俺は寝袋で寝ますから。 」
「そんな小さいのに入るわけないだろ!おまえはベッドで寝ろ。俺がそれ使う。」
「入りませんって!」
「根性だ。」
「根性で質量は変わりません!」
不毛な言い争いを繰り返すうちに、神田くんが現れた。なんでも、霜月学院で一度彼は何やら魔王に変化していたらしい・・・何をやったんだろう。
「あ、先輩!やっぱ布団で寝たほうがいいっすよ?八重川さんは俺と一緒に寝ればいいし。俺小柄っすから問題なし!」
「それは・・・ああほら、俺の方が少しだけどベッド広いし、広く使いなよ。」
「それじゃあ解決っすね?あ、俺風呂借りても?」
頷いて返してしまったが。八重川さんの視線が痛い。
「・・・・・馬鹿なの?」
「だってその・・・ほら、狭い部屋だと大遠征した時絶対二人とも無事じゃすみませんよ?ついでに部屋も。」
「俺は大王か?」
似たようなものだろう。
「で、ほんとにこの状況どうするつもりだ。」
昼間あんなに鬼のような形相だったのに、今は本当に困ってますって顔してる。前髪がない今はその姿も鮮明に見えるし。やっぱり切ってよかったな。
「お、おい、あんまり見るなよ。それよりなんとか言え。前髪切ったの忘れたのか?」
「忘れてませんけど。」
「・・・・・まさか、この家に鏡が無いのって、あのチビの仕業か。ただでさえ鈍いのに・・・。」
真っ赤になってごにょごにょ言っている八重川さん。
やっと来たんだなーって感慨がこみ上げる。
「・・・で。いい雰囲気のところ誠に申し訳ありませんが!お二人は何方でお休みになられますか?」
深琴君の言葉遣いが帰って怖い。ごめんなさい西條様、そろそろご飯のお支度致します。
「で、どうなさるんですか?」
なんとなく決まり悪くて口ごもっていたら、ちょうど二人入るくらいの大きさの布団を出してきました。
「ベッドに二人は絶対嫌ですから!僕と八重川さんはこのお布団で寝ます。寝相悪いんで意味ないでしょうけどね!浪花さんはおとなしくベッドで寝てください! 」
「ちびっこ、邪魔するな!」
「そこまでチビじゃないですよ!この間たった一月の間に5ミリも伸びたんです!二、三年もすればあなたの身長くらい余裕で抜いて差し上げますよ!」
八重川さん何センチあるか、知ってるのかな深琴くん。一月五ミリペースで際限なく伸びたとしても・・・おおっ、およそ三年だ。確かに、三年間一月五ミリペースを維持できれば、追いつく計算になる。マラソンかな?
「深琴くん、でもそしたらプラス半年くらいで俺の身長も抜くんじゃない?」
「目指せ久松さんサイズです!さ、それより浪花さん、お風呂そろそろ開くと思いますよ。」
「そう?」
因みにお風呂場の鏡もご丁寧に外されている。どんだけ見せたくないんだ。
「浪花、ひとつ言っておく。・・・お前の顔は普通じゃない。だから、あんまりその・・・いや、俺はいいけど・・・人の顔じっと見たりするなよ。」
「やっぱり、最初気づかなかっただけで3つ目の目が。」
「あるわけないだろ!あんまり見られると恥ずかしくなるんだよ、わかったか!」
捨て台詞を吐くと駆け出すという、八重川さんの謎の習性に慣れて来たので、取り敢えず八重川さんを引き止める。・・・この部屋でぶつかると、壁を破壊しかねない気がするから。
「離せ!はーなーせ!予約してある番組があるんだ!」
「あれ、うちテレビあったっけ。」
「なくても見るんだ!」
仕方なく離すと、結局獅子のような勢いで部屋から出て行き、どこかでなにかが壊れるような音が聞こえた。対策を考えねば。
「・・・なんか八重川さんが気の毒になって来ました。」
「え?」
「浪花さん、やっぱり鏡はナシで。その方が八重川さんの反応が面白いので。」
面白いというより、可愛いんだけどね。
「でも、忠告の方は聞いたほうがいいですよ。いつか生き霊を飛ばされますから。」
「生霊?」
「ついでに藁人形とか、髪入りのチョコレートとか、あ、もしかしたら刃物持って追いかけ回されるかもしれません。いいですか、浪花さん。そんな恐ろしい事態を招きたくなければ、迂闊に笑いかけたり目を合わせたりしちゃだめですからね。」
何事?!俺、知らんうちに妖怪にでもなったのか?しかもナマハゲ的なものに追いかけ回されるようなことまで言ってるし。俺の顔は最終破壊兵器か何かか?
結局その後風呂に入ってすぐ寝てしまいましたが、顔面問題は思っていたより深刻そうということは、心に留めておかなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます