帰還!
1.帰り道
時は数時間前に遡る。前髪をバッサリいったのはいいが、もちろんぱっつんスタイルですから、ちょっと痛い子になっていたわけだ。
それでまだ呆然としている教室を、午前中のみだったことを確認した俺と久松、深琴君、それから強引にクラスから抜け出した神田で洒落た美容室に行くことになったのだ。
・・・が、俺一人でいいのでは?どこの世界に、美容院に桃太郎ばりの集団で押しかける客がいるんだ?
「どっかで暇潰すの?」
「そんなわけないっす!先輩刃物だめなのに、その温床に一人で突っ込む気ですか! 」
「だから阿呆というんだ。」
いらっとしたがまあそれは置いておいて。深琴くんは単純に見てみたいだけだそうだ。
「いらっしゃいませ、本日はどのように・・・・って!浪花君、ついに切ったんだね?それじゃあ、ちゃんと整えよう!」
「谷崎先輩!?」
「働いてたのか。」
予想だにしなかった場所で感動の再会。ヘラヘラしている相変わらずの谷崎先輩に聞いたところによれば、あの学院で理髪師の免許を取得したんだとか。いやはや、あそこは本当に底知れぬ。
「それにしても髪質いいよね。普段から撫で心地いいなあとは思ってたけど・・・」
そういうことだったの!?やけに撫でられると思ったら。
「あ、他の三人はどうする?ちょっと値引きしとくけど。」
「 いや、俺は自分でやる派だ。」
「俺も美容室行ったばっかだから平気です。あ、これからここにします!」
・・・今更だが、神田ってなんで卒業後俺に対してだけ口調が変わったんだろう。謎だ。
「それなら奥でマッサージとかもあるけど・・・」
飛びついた神田君。一体何しに来たのだろう?いっそ久松の方が忠実では?
「あ、そいつに鏡は見せないでくれ。確認は俺と西條でする。」
「なるほど、面白いこと考えるね。いいよ、それじゃあそういうことで。それから浪花君、これから全部顔見えてるの忘れないように。そうじゃないと・・・」
何か不穏なことをいう気配があった谷崎先輩の言葉を遮るようにして、隣室から神田の悲鳴が聞こえて来た。 任務放棄のバチが当たったのかな?
「まったく、人の顔見て驚くなんてどんな神経してるのよ。」
飛び出して来た神田の後から手を擦りながら現れたのは、 まさかのマッサージ師勇子さん。ここの理髪店、実は結構夜討強盗に狙われやすいそうで、二人は二つの目的で雇われたそう。
「数日後にまた会った時にはびっくりしたよ。まさか勇子さんが一緒だと思わなくて。」
「こっちも同じよ!まさか、またあなたのタレ目拝むことになるなんて思わなかったわ。」
ちなみに、先ほど神田が叫ぶことになったのは二人の関係を茶化したからというのが本当のよう。勇子さんは憤慨していたが、先輩のほうは満更でもない様子だ。この先輩、女運なさそうな感じだし、勇子さんなら安心という気もするんだけどね。
さっぱりした前髪は、深琴くん曰くいい長さだそうだ。ばっさりいったといっても、加減はしてくれたんだね。
二人に礼を言って別れた後外に出ると・・・
さっきからなんだけどさ。すっごい人がちらちら見てくるのが気になる。それからなんか明るい!
新鮮な喜びに浸りつつ、この視線は全て隣をのっそり歩くデカブツ久松のものだと思うことにした。
「あ、そうだった。ちょっと本屋寄って行きたいんだけど・・・」
「大丈夫ですよ、浪花さん!あの、マンションの方がもう少しでどうにかなりそうなので一緒に・・・」
「ちびっこ、サボるな。」
有無を言わせず連行する久松と文句言いたげな深琴くん。なんか微妙に仲良くなってる!・・・気がする。ちょっと面白くないが、いい兆候だ。これから一緒に住むことになるんだし。
さて、と。本屋に用があるといえばレシピ本である。あとは普通に本だな。娯楽の極端に少ない学院生活のおかげで、殆ど暗記するレベルで読み込んでしまったからさすがに退屈だ。
神田君はそもそも本より睡眠派だからいいとして。八重川さんは意外と前近代の文学が好きだし、深琴君は古典から哲学から近代文学から雑食派。久松?知らんがな。ただ、本棚に不満げだった様子からして翻訳物を入れておくのもいいかもしれない。
・・・高いな、文庫でも。
予算が尽きないうちに早々に本命にうつる。場所を移ると・・・・・視線が痛い。ビシビシくる。女性が圧倒的に多いお菓子作りのレシピ本コーナー、これは新手の暴力か!?何人かささっと姿を眩ませたのは気のせいではないだろう。しかし!ここで逃げるわけにはいかん!これまで母さんに教わったレシピで頑張っていたが、いかんせんバリエーションに乏しい。八重川さんが来るまでにいくつかモノにしなければならんのだ!
とはいえやっぱり凄まじく居づらい空間なので、良さそうなところを早々に二、三冊購入して本屋を出た。
・・・・・あれ、空き部屋二部屋と俺の部屋、ってなると。八重川さんどこに入るんだろう。まあいいか。どうにかなるだろう。
そんなことを考えつつ、又部道場に置きっぱなしの荷物を整理していた時、あの手紙を発掘したのだった。
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