⑦ 動機

 パン! と。

 頭上から、渇いた音が鳴り響く――見ればそこには、墓石の上で胡坐をかく喪服姿の少女の姿があった。


「……ふん。なるほどの。それが貴様の動機といったところか」


 彼女はつまらなそうに私を一瞥し、そう言った。

 まるで何もかも、見透かしているかのように。


「見透かしているかのように、ではなくのじゃよ。物語というものは中々どうして、語り部の手に渡った途端つまらなくなるものじゃからな――故に、実際に視させてもらった方が面白い」


「な――そんな、常識を無視した真似ができるわけ……」


「はん? 常識だと? 今更何をヌルいこと言っておる。こんな時間にこんな恰好で、こんなところにいる少女が、常識的な方がおかしいじゃろ?」


 そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに少女は続ける。


「やはり貴様、在原とかいうガキに大層惚れこんでいるようじゃのう。人間失格のフリをしていようと、所詮は年頃の娘。行きつくところはやはり、恋恋慕こいれんぼだったということだ。であればいよいよ、儂の提案に乗らん理由はないじゃろう?」


 少女がニタリと笑いながら、私に詰め寄った。

 最強の屍。


 私が一言頷けば、在原は再びこの世に現れる。

 彼の命を背負う、それだけの代償で、失った者は簡単に取り戻せる。


 それも、この少女の言っていることが本当であればの話だが――記憶を読めるという度を越えた技術に加え、在原の名前が登場したことから、俄然真実味を帯びてきた。


 こんな時間で、こんな場所で、こんな展開で、こんな少女だ。

 今や常識という強固な壁は、崩れ去っている。


 この少女は本当に、最強の屍を造りだすことができるのだろう。

 そう思った。


「それに、貴様――まさか気付いておらんのか? 自分の目元を拭ってみろ」


「え?」


 少女の言う通りに目元を拭う。するとそこには、大量の水が溜まっていた。


「くっかかかかか。貴様それが何か知っておるか? それは、涙じゃ。人間が悲しい時に流すものだ。貴様は、在原の唐突すぎる死を悲しんでいる。貴様は人の死を悲しむことのできる、立派な人間じゃ。それを、いつまでも人間失格でありたいと思うが故に認めることができない――そんな辛いだけの生き方に、一体なんの意味がある?」


 少女はそう言って、私の手を取った。

 冷たい手。


「もうよかろう。自分を蔑むのも、人の死に囚われるのも。全ては在原の死が元凶じゃ。その元凶を、辛かった出来事を、無かったことにしてしまおう。想像しろ。もう一度、在原のいる世界を取り戻そうじゃあないか。それは貴様にとって、素晴らしいことではないか?」


 ああ。

 本当に、見透かしたようなことを言う少女だ。さっきから、私の弱い部分をちくちくと攻めてくる。


 もう一度、屋上での会話を思い出す。

 あの時みたいに、お互いが同じものを見て、同じように笑えたら。

 それは確かに、とても素敵な事だろう。


 だけど私は知っている。

 私が、どうしようもない捻くれ者であることを。

 涙の意味すら捻じ曲げる、どうしようもない愚か者であることを。


「――そう。涙は、悲しい時に流すものじゃない。嬉しい時に流すものなのよ」


 最強の屍も、理想な世界も、素敵な事も。

 何一つだって、私と在原が望んだものではない。


 まるで的外れで馬鹿馬鹿しい。

 今の状況がそうであるように、これは最初からそんな物語だった。


 ――いや。物語と呼べるほどのものですらなかった。

 物語と呼ぶには、登場人物の動機があまりにも欠如していた。


 だけど私は、ようやく理解した。自分がここに訪れた意味を。

 そのことに気が付けて、私は本当に本当に嬉しかった。


 思わず、泣いてしまうくらいに。


「最強の屍なんて要らないわ。早く私の前から失せなさい」


 目元を拭い、満面の笑みを浮かべてそう言った。


 少女の顔は醜く歪み、ギリギリと歯を食いしばっていた。

 

 

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