読書神話

加神 和也

第1話自殺と転生


今までに感じたことのない風圧と風切り音。そして、目をつむっていて分からないが、ものすごい速さで近付いていると思われる地面。

 そう、これは自殺。俺、奥山 秋人(おくやま あきと)はたった今高層ビルから身を投じ真夜中の都会の空を急降下している。今、自分があまり焦っていないのを思うと、人間死に際になると返って冷静になるというのは案外本当なのかもしれない。

 まあ、こんなことを考えている間にも刻一刻と死は近付き、もうしばらくすれば道路は俺の血が飛び散って絵のようになっているだろう。

俺の死んだ後のことを考えると、死体を処理する人には少しばかり迷惑をかけるかもしれないが、今まで俺が受けていた苦痛を考えると、そこまでではないだろう。

 ああ、何もなくつまらない人生だったな・・・最後の瞬間くらい、景色を見ておくか。

 俺は、おもむろに目を開いた。しかし、思いのほか時間がたっていたのだろう。俺は、最後の景色を見ることなく死んだ。



何時間だったか、もしくは何分だったかは分からないが、なぜか再び意識が戻った。人間は案外頑丈だから、もしかしたら死にきれていなかったのかもしれないし、もう天国にいるのかもしれない。

 そんな間にも徐々に視界が鮮明になっていき、再び景色を取り戻す。しかし、目の前に広がっていたのは救急車の天井でも、想像していた天国でもなく、やたらと賑わった様子の武装した人々と、内部からなのでよくわからないが、大きな建物だった。そして、俺はその建物の入り口と思われる所に立っていた。

「って何冷静に解説してるんだ俺は・・・」

俺は死んだことがないから、これが天国なのかもわからないが、恐らく天国ならばこんなに武装した戦士のような人達はいないだろう。

「まあ、これが天国だと言われれば納得するしかないが、何も分からないから、とりあえず待っておくか」

ライトノベルやゲームが好きだった身からすると、大変好奇心をくすぐられるが、ここで変に動いて地獄行きなどと言われてはたまったものではないので、おとなしくしておこう。

「そうじゃな、お主が突然現れたことについて聞きたいが、入り口に立たれると迷惑じゃからこっちに来い!」

と、今までにない光景と体験に困惑しながらも、この先への好奇心を膨らませていた俺に、斜め下からそんな可愛らしい声が聞こえてきた。

「ついに天使からの案内でもきたのかな?」

なんとなくゲームの様な状況に心を躍らせながら、声の方に視線を向けてみた・・・すると、そこには何とも可愛い少女がたたずんでいた。

 身長は俺よりも小さく、茶色の長い髪を腰までたらし、そして、何より大きな赤茶色の目と、ふさふさの獣耳?

「お!お主ようやく気がついたか。さっきからわけのわからぬことを一人でブツブツと言っておったから心配したぞ?それよりも、そこは邪魔になる付いて来い」

最初の時点で入口にいたことには気が付いてはいたのだが、次々に未知の体験が起こっていくもんので、ついつい周りが見えなくなっていた。

少女は秋人の手を引くと、そのまま建物の奥に見えるテーブルまでやってきた。ここに来るまでに何人かとすれ違ったが、天国と言うよりかはゲームやライトノベルの中の世界を連想させるような格好の人がほとんどだった。

「ほれ、とりあえずそこに座れ」

「ありがとうございます」

俺は少女に促されるまま席に着いた。椅子と机の素材は木だが、日本の和風というよりかは洋風な感じに近かった。

「それで、お主なぜあんな所に突然現れた?」

突然現れた?天国の人なら俺の様な死人が一日に何人も来るはずだ。だが、この少女の反応を見るからに、明らかに俺が現れた事を普通だとは思っていない。それを考えると、毎日のようにこの世界を知らない人が来るというがない、という仮説がたてられる。もしそうなのであれば、天国ではない別の世界というのが最も高い可能性になる。

「おい!お主聞いておるのか?」

「は、はい」

聞こえてはいたのだが、状況の理解に思考を使っていたため、質問に応える事が意識の外になってしまった。

「え・・・と、突然現れたことですよね?それについては俺も分からなくて、気が付いたら立っていたといいますか・・・」

そう、俺は自殺をしてそのまま意識が無くなり気が付けばここにいたので、なぜ?と言われても全く理由が分からない状態なのである。

「どういうことじゃ、お主は自分がなぜそこにいたのかを知らないと?そう言う事かの?」

「はい、そう言う事になりますね。なんと言えばいいか分かりませんが、前にいた世界で俺は自殺をしたんです。それで、意識が無くなって気が付いたらあそこに立っていました。」

アキトとしても、こうなった理由が分かっていれば苦労はしないし、説明もできる。だが、少女と同じようにアキトもまた何も分からないのだ。

「自殺か・・・もし、お主の言っている事が本当であるとして、最も考えられる可能性は別世界からの転生じゃ。それ以外にはわしにも見当がつかん」

確かに少女の言っている通り、天国でもなく俺の知っている世界でもない。すると、残るのは異世界転生。これまでで、考えなくはなかったが最もあり得ないと思いあえて切り捨てていた可能性・・・・

「俺は本当に異世界転生してしまったのか!?・・・・・」

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