終ノ世界-the unfortunate-

玄時くろの(前:クロノス)

サイエンスファンタジーの短編ものになります。

 悲劇のヒロインが報われない、そんな物語は嫌いだ。

 苦しさに押し潰されそうな人は、救われてもいいはずだと思う。でも、世界はそれほど綺麗には出来ていない。

 僕は高層ビルの屋上に独りで立っていた。


 ──見渡す限り、酷い有り様だ。


 視界に広がる全てのビル群は崩れかけ、空はまるで死んだように暗い雲をかぶっている。

 君を殺した世界は直に終わる。


 ──僕は嬉しいよ。でも、君の笑顔は、もう.......


 こぼれそうになる涙をぎゅっと堪える。こんな君のいない、何の意味も持たない世界は早く終わらせよう。仮に君が生きていたとしたら、きっと僕のことを止めただろう。笑ってと。そんなことしないでと笑むのだろう。


 ──でも、もう生きたくないんだ。


 僕は。そんな僕に、君はいつも優しく笑いかけてくれた。彼女自身恵まれず、およそ人に対する所業とは思えないようなことをされ続けた「悲劇のヒロイン」であったにも関わらず.......僕は最期の最期まで、そんな君を救ってあげられなかった。

 僕はゆったりとした動きで、右手に携えた大剣を持ち上げる。かすかに燐光を放つこのつるぎは、僕に授けられた、この世界を終わらせるための物。


 ──さあ、こんなくだらない、馬鹿みたいな世界を終わらせよう。あぁ、最初からこうすれば良かったんだ。そもそも僕は世界を終わらせるために生まれてきた。なのに何を血迷っていたんだ。


 君を思い出す時間として残した五分のタイムリミットはあと少しで切れる。そして、世界を殺す。せめて最後だけは君の笑顔を、僕を救ってくれた君のことだけを考えてここに朽ちよう。


 ──セシリア.......


 彼女の名を心の中で呟いたとたん、視界が滲んだ。どうしようもないくらいに胸が苦しくなり、あふれ出る感情のしずくは留まることなく僕の頬を伝っていく。


「どうしてッ! どうして君が! セシリアがあッ!」


 涙に濡れる顔をぬぐうこともなく、激情に従い大剣を振りかぶった。


「終わらせてやるッ! こんな、こんな世界なんて!」


 その時、涙ににじむ視界のなかをふと、透き通るように美しい、あの見慣れた銀髪が.......

 思わず、え? と声がもれる。


 ──辛かったよね.......でも、もう君の嫌った世界は終わるんでしょう?


 衝撃のあまりか、僕は動けずにいた。


 ──さぁ、もう終わらせちゃおう。君がそれを望んだのなら。


 セシリアは絶対にそんなことは言わない。僕を止めるはずだ。だから、きっとこれはただの幻想なんだ。僕が、そう言ってほしいと思っているだけの.......

 静かに大剣を構えなおす。幻想の彼女は、そっと僕に寄り添った気がした。

 そして、鋭く打ち出された大剣は世界を砕き、


 ──僕はセシリアと、君と一緒に、


 世界は音をたてて『崩れ』始める。涙にかすむ視界のなか、最期に彼女の優しさに満ちた笑顔を見た気がして.......


 ──君と二人で、生きたかった。

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