異世界診療所~助手、辞めて良いですか!?~

期待の新筐体

Case1 ケルベロスさんは運動不足

「あのー、ここが例の診療所で間違いないでしょうか?」

「あー、えーとですね・・・」


どこにあるかなんて公表していない、言わば裏の世界の診療所。見つけることも、たどり着くことも容易ではないこの場所に、今日もまた、“普通じゃない”患者が訪れる。


「あ、あの、ちょっと待ってくださいね?」


私は玄関先で患者を待たせて、ふぅ、と一つ大きく深呼吸をします。


「びっくりしたぁ・・・」


怖かったですよぉ・・・。別に多種多様な生物が生息するこの世界ですから、いろいろな動物をペットにしてもおかしくはないですよ?ドラゴンとか。でも・・・。


「・・・ん」


私は扉の隙間からもう一度、ペットを確認します。依頼主は女性で、彼女はきちんと魔獣の3つの首にそれぞれリードをつけてはいますけど・・・。


「どうした?」

「あ、先生!」


この診療所は、助手の私と、女の先生の二人だけで回しています。先生は凄腕の医者で、ありとあらゆる病気を、種族問わず治す力量を持っているらしいんですけど・・・。その分、裏魔法とか、表に出せない技術も使うらしくて、こうして知る人ぞ知る闇医者的なポジションにいるみたいです。治療費も法外ですし。


「あの、ペットの容態が優れないらしくて患者様がいらしているんですけど・・・」

「ああ」

「ケルベロス、です・・・。大丈夫ですか・・・?」

「ああ。問題ない、入れてやれ」


問題ないんですか・・・。先生は煙草を吸いながら大きな胸を揺らして、3つ首の魔獣、ケルベロスを引き連れた飼い主を向かい入れます。


-------


「ほう、ケルベロスか。珍しいな、どこで拾ってきたんだ?」

「私、仕事で地獄に行くことが度々あるんですけど」


まずは事情聴取です。というより、地獄に行くってどんな仕事ですか!?


「そこでぐったり倒れていて、今にも死にそうなこの子を見つけたんです。私、我慢できなくて連れてきてしまって・・・」

「まったく、地獄には地獄のルールがある。勝手に連れて帰ったら駄目だろ」

「はい、そうなんですけど・・・」


二人は会話を続けていて、私は先生が座っているソファの隣で立って待っているんですけど・・・。ケルベロスさん、確かに元気ないですね。私よりも遥かに大きい体を携えててめちゃくちゃ怖いですけど、ぐたーっと、それこそ犬みたいに伏せて大人しいです。


「まぁいい。とりあえず診せてみろ」

「お願いします」


先生は触診を始めました。躊躇いもなく、魔獣と恐れられている生物に触ります。すると、すぐに手を離して、またソファに座りました。


「え、もう終わりですか?」


飼い主さんが不安そうに尋ねます。


「ああ、これなら問題ない」

「先生、何か分かった─」


パチン。


「あ、あら?わたしのケルちゃんは?」

「心配するな。アタシが転送しただけだ。」


-------


「─んですか?」


・・・しーん・・・。って、あれ!?誰もいない!?


「というより、ここどこですか!?」


確か、先生がぱちんと指を鳴らした気はするんですけど・・・。私はいつの間にか、辺り一面どこまでも広がるような、何もない空間に一人いました。きょろきょろと360度見渡しても何もなく、ただただ真っ白な空間がどこまでも続いているだけ・・・。


「いや、怖いですって!私、どこに連れてこられたんですか!?」

「あーあー、フリル、聞こえるか?」


私が不安に駆られていると、先生の声がしました。どうやら、テレパシーで直接頭に話しかけているみたいですけど。


「あ、先生!ちょ、どこですか、ここ!」

「心配するな。そこもアタシの診療所の一部だ。無限空間『虚空』っていって、今日の治療に使う」

「え、治療って!?私がするんですか!?」


あの地獄の番犬を治療?ていうか地獄の番犬ってレッテル貼られている時点で私が死ぬ可能性めちゃくちゃありますよね!?


「いや、ムリムリムリムリ、ムリですって!!私に何ができるんですか!!」

「ムリって言われてもな。もう転送してしまったし」

「え、転送って・・・」

「患者を」

「へ?」


どすん、と地響きが起きる。私はぐらっと体制を崩して地面に尻餅をつく。


「てててて・・・。急にな、に・・・が・・・」


『が』を言ったまま、私の口はあんぐりと開く。音がした方向を見ると、そこには例の、およそ“わんちゃん”と呼べるものではない、犬がいました。


「あ、あははは・・・」


一対一で対すると、余計に大きく見えますね・・・。あれー、私、死んじゃうじゃないですか?


「ケ、ケルベロスさん・・・」


私はひきつった笑顔を浮かべて、3つの首ともよだれをだらだらと垂らしたケルベロスを見つめる。


「ぐるるるぅぅぅぅうう・・・」

「いや、その・・・」

「ぐろうあぁ!!」

「私、美味しくないですってばぁぁああああ!!」


私は叫びながら、多分必死の形相で、追いかけてくるケルベロスさんに対して全力で疾走します・・・って!今は私の状況を描写してる場合じゃないですからぁ!


「せんせぇぇぇええええ!!助けてくださいよぉぉおおおお!」

「あいつはフリル。この診療所の唯一のアタシ以外のスタッフだ。確かに、アンタの言うとおり、何やらせてもぱっとしない奴だが・・・」

「いや、ここで私の紹介はいいですからぁ!」


しかもぱっとしないって!何か勝手にディスられてますしぃ!


「どうすればいいんですかってば!」

「お、自分から指南を求めるとは、いい心がけだな」

「いや死にますから!このままじゃ美味しく召し上がられちゃいますから!!」

「ぐるるるるぅ!!」


ケルベロスさんもまったく勢い衰えることなく追ってきてますしぃ!


「とにかく私は何をすればいいんですか!?」

「そのままでいい」

「え?」

「お前はそのまま逃げ続けろ、それだけで十分だ」

「え、それだけですか!?」


っていうか、逃げるのって、全然それだけレベルじゃないですけど!


「そのケルベロスが元気がない原因はストレスだ。そのデカイ図体を十分に動かせないことがストレッサーになってる、典型的なパターンだよ。だからそうやって自然に走らせておけば、元気になる」

「でも、このままじゃ捕まっちゃいますって!ケルベロスさんの方が絶対スタミナありますもん!」

「心配するな」

「へ・・・?」

「何もかもぱっとしないお前だが・・・」


二回目ですけど・・・。地味に傷つくんですけど、それ!


「唯一のとりえとして、逃げだけは一級品なんだからな」

「・・・!」


あれ、これって褒められているんですか?


「逃げしか能がない。逃げることしかできない。そんなお前は、逃げのスペシャリストだろうよ」

「やっぱりけなしてるじゃないですかぁ!!」


逃げ逃げ言われても嬉しくないです!・・・でも。


「分かりましたよ・・・。どうせ先生は、助けてくれる気ないんでしょ!?」

「ああ」


・・・即答ですか・・・。このドSぅ・・・!


「こうなったら逃げきってやりますよ!ケルベロスさんが満足するまで!」

「ああ、そうだ、一つ朗報がある」

「朗報?」

「ケルベロスは人を食べない。だから、心配するな」

「え、そうなんですか?」


それは朗報です!だったら万が一追いつかれても・・・。


「ただ舐めるだけだ」

「舐めるぅ!?」

「別に変わったことじゃないだろう?魔獣といえ、犬には違いないんだから」

「そ、そうですけど・・・」

「ちなみにだが、そのケルちゃんは手癖・・・いや、舌癖が悪いらしい」

「へ?」

「イカされないように気をつけろよ」

「はいぃぃい!?」


ぜ、全然朗報じゃないんですけど!!私は少しだけ後ろを振り返って、改めてケルベロスさんの顔を見てみました。


「じゅるるるぅぅ・・・♡」

「あ、あれー・・・」


心なしか、3つ首とも顔がいやらしく見えてきたんですけど・・・。


「ぐろあぁ!!」

「何か俄然やる気に!!いやぁぁぁあああああ!!」


逃げ切らなきゃ汚されるぅ!!!


-------


「はぁ、はぁ・・・」


だいぶ、長い間逃げはしてきましたけど・・・。


「ばうわう!」


あぁ、もぉ、ケルベロスさんってば、久しぶりに遊べてるから嬉しさしかない顔してますよ・・・。全然、疲れてませんし・・・。


「ぐるぅあぁ!」

「来た!」


でも、ここまで来たら私だって逃げ切ってやりますよ。捕まってなるもの・・・。


「あてっ」


ずこーん。・・・あれ、意気込んだらこけたんですけど。え、何で・・・。


「・・・これって・・・」


私の足には、今まで何も無かったはずなのに、不自然に現れたロープが引っかかっていた。


「・・・何で急に?」

「いや、お前が無駄に頑張るから」

「先生ぇ!?」


逃げのスペシャリスト云々言ってたのはどこの誰ですか!!


「無駄って何ですか無駄って!せっかく頑張って逃げ回っ・・・」

「わん!!」

「・・・あ、ケ、ケルベロスさん・・・?」


足のロープを振りほどき、立ち上がって急いで逃げる。その時間は、もうありませんでした・・・。


「ぐるぁ!!」

「あっ、ちょっ、待っ・・・あひゃっ」


私よりもずっと大きいケルベロスさんは、その3つの頭の幅がちょうど私の体全身くらいの大きさです。


「あんっ、や、やめっ・・・、そこはっ、だめっ・・・」


なので、一匹が顔、一匹が胸、一匹が腰と足の付け根くらいの位置に丁度いるわけで。


「やんっ、ちょ、はやっ・・・」


言ってもケルベロスも犬。つまり、“舐める”という行為は、喜びを表すためのコミュニケーションに過ぎないのでしょうけど・・・。


「はっ、はっ、ひはっ、ふはっ・・・」


舌癖が悪い。聞いていた通り、彼らは休む間もなく、一気に私のことを舐めまわします。適切に私の体の各所各所の敏感な部分を、しかも同時に攻めてくるそれは、もう私に抵抗するという意思を完全に消失させました・・・。


---------


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


やっと、飽きて、くれた・・・。私の体は全体がぴくぴくと痙攣し、地面にぐったりと倒れこんでいました。ケルベロスさんの唾液と、私の汗と、他のよく分からない液が付着した服を着ながら、私は誓うのでした・・・。


「・・・絶対、いつの日か、助手、辞めてやる・・・!」

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