16 世界の終末、そして始まり

 ドオオオオッ……

 空気が振動して、さらに要塞が震えた。

 立っていられないほどの衝撃に、僕はしゃがみ込む。何が起こったのか。皆、一様に顔をこわばらせ、身体を硬直させている。


終末ワールドエンドが始まったようじゃな」


 唯一の例外は烈歌老師で。

 醜い顔に不敵な笑みを浮かべている。お楽しみはこれから、といった風に。


「どういうことだ?」


 いかぶるナナオに、老師はシスターを振り返って、


「そろそろ潮時しおどきじゃろ、メアリジェーン山内。真の目的を明かすときが来た」

「……はい」


 世界国守クラブの代表は、可憐な唇をきゅっと結ぶ。

 さらに老師は嗤いながら、


「『ワールドエンド要塞』――対トロルとして世界最強の施設とはよく言ったものじゃ。シスターとファム少年は人質などではない。組織の最重要人物だからこそ、要塞ここ避難、、したのだ。討伐隊を装いひっそりとな」


「避難……? 僕らが招集されたのは、トロル討伐のためじゃなかったのですか」


 コスモックル多羅がシスターにつめ寄る。

 こうしている間も、細かな振動が要塞を揺らしている。

 やがて覚悟を決めたように――シスターが細く長い息を吐いた。


「烈歌老師の予言どおりです。今朝、危険区の防波堤を越えたトロルが居住区を襲撃しました。本部との連絡も先ほど途絶えて……おそらく、もう」

壊滅かいめつした? 居住区が? バカな」


 呆然と多羅氏がつぶやく。


「どうしてそのことを黙っていたのです……!?」


 肩をつかまれたシスターは答えない。答えようがないのだろう。

 ジェントルマン男爵は、千里眼から人類滅亡の報を聞き、とうに希望を失くしていたのだ。ファム少年の言いなりになったのも、その所為せいだ。

 

 烈歌老師はシスターに〈終末の予言〉を伝え、交渉の上、自ら指定したメンバーを要塞に集めさせた。

 裏で、老婆は己の歪んだ欲望を満たそうとしていたのだが……今それを咎める場面ではなかろう。


「ああ、神様ッ!」


 祈りをささげようとしたミセスローズに老師がささやく。


「祈っている暇などないぞ。まもなくおびただしい数のトロルが襲って来る。大量の生き血を吸ってさぞ猛っておるだろうな」


 ドオオオオッ……と再び要塞が揺れる。

 見上げると、天井に亀裂が走りぱらぱらと瓦礫がれきが降ってくる。


「犬死にして、たまるかッ」


 もっとも死にそうな様の槙村ナナオが憎々しげに怒鳴る。


「ひゃははっ! その意気じゃ小僧。なんならワシの寿命を少し分けてやろうか? まあ、すぐ死ぬだろうがな」


 どんなことがあっても死なない、不死の老婆は涼しい表情のまま腰を下ろす。


「さあ――今こそ団結すべきじゃ。

 能力者、非能力者関係なく、力を合わせ、戦うときが来た。今のワシは千里眼を失っているゆえ、この戦いの結末まではわからぬぞ!」


 皮肉にも。この状況を楽しもうとする老師の言葉で、場の士気が高まった。

 男爵がステッキを掲げる。コスモックル多羅が前に出た。


「私が先陣でいく」

「いえ、僕がまず能力を発動してみます。今度は――惜しむことなく全力で」

「皆で迎え撃つべきです」


 いつの間やら、シスターが弓矢ボウガンを構えていた。

 次の瞬間――

 人類最高の技術を駆使した装甲がもろくも崩れた。

 空いた隙間から、無数の狂気じみた眼がこちらを覗いている。人間が突然変異した化け物――トロルだ。


「瞳に知性が宿っている……?」

「進化しているのでしょう。なにせ元人間だから」

「いや、人間以上かもしれんぞ。厄介だな」


 多羅氏と男爵。能力者同士が皮肉げに会話を交わした。


「神に、運命に逆らう瞬間がやって来ました」 


 戦いの女神のように、シスターが高く右手を上げる。

 この世に惑う子羊を先導するように。


「このワールドエンド要塞から、奇跡Rebirthがはじまるのです――」


 世界の終わりWorld endそしてandはじまりRebirth

 それは人類にとって駆逐なのか、それとも、進化のための試練なのか。恐ろしい咆哮ほうこうが間近に迫っている。


 僕は……

 ひとり恐怖に縮こまっていた。孤独に。

 なぜなら――今や登場人物らは、まるで僕が見えていないかのように。最初から居なかったかのように振舞ふるまっていたからだ。

 ふっと。

 僕は、自分の存在が薄くなるのを感じた。僕自身が消失していく気配がした。


 烈歌老師の油断ない眼光が、この世界から消えゆく僕を見張っている。死神みたいに。

 たぶんこれは〈死〉と同じ感覚だ。死んだことはないけど、直感的にそう思った。


 僕という意識は上昇し、蒸発する。

 化け物トロルさえ通り越し、灰色の空が眼前に迫ってくる。


 そして。

 そして――

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