10 人たらし、探偵役をたらす
千里眼が使えなくなった……?
烈歌老師はいまいましげに舌打ちをして、展示室へと去っていく。
まさか。いや、ありうる。
千里眼といっても、あくまで物語の中での千里眼だ。
もしや僕が侵入したせいで、未来が不確定になり、千里眼が機能しなくなったのだろうか。作者の法ノ月さえ結末が読めないというのだから。
やはり、僕のせいで物語の流れが狂ってきているのは確かなようだ。
こうなったら選択肢は二つ。本来あるべき流れに戻すか? それとも、とことん狂わせて自分好みに収束させるか?
僕は――『間』をとることにした。水滝をぼんやり眺めている少年に近づく。
「ナナオくん」
世の中のすべてが絶望的に映っているような
槙村ナナオ。
クレルの兄。妹の死を見届けるまで生まれ変わり続ける少年。そして――〈主人公〉。
創作世界に飛ばされ冒険して、自分が主役のように感じていたけど、実際の主人公は彼である。
主人公=探偵とは限らないが、本来、彼を中心に物語は進むべきなのだ。
「クレルさんを殺した犯人が憎くないか?」
愛しい妹を殺された、この男こそ奮起すべき。僕は力強く誘いかける。
「協力するから一緒に犯人をつきとめよう!」
しかし、主人公は力なく首を垂れたまま、
「憎いかどうか、わからない」
などと言う。
「クレルは――妹は、永劫に続く生に飽き飽きしていた。心の底では死を望んでいたんだ」
「そんな!」と悲痛に声を荒げ、シスターが僕らの間に入る。
「クレルさんが死を望んでいたなんて、あり得ません!
長い生が辛くて怖い、と相談を受けたことはあります。でも、『自ら命を絶つこと』をクラブは固く禁じていますから。教えに背くようなことはしない、と私に誓ってくれました」
力説するシスターに、ミセスローズが同調を示すように何度もうなづく。
しかし、ナナオの心には届いていないようで、ふっと自嘲めいた笑みを浮かべる。
「俺の生も、この肉体の寿命つき次第終わりです。妹が死んだ今、残った寿命はいくばくもないでしょう。
俺も、生まれ変わり続けることに飽き飽きしていました。いつまで続くんだろう、と終わりばかりを祈っていた。妹を終わらせてくれた犯人に感謝したいくらいだ」
「ッ……!」
なんてことだろう。
自分の生命さえ諦めた男にかけられる言葉なんてあるか。
こんな状態の人間を奮起させるなんて、無理だ。いつもの僕だったらここで止めていたのに――
「ふざっけんなよ!」
ナナオはきっかりとした瞳で僕を見上げる。
彼だけでなく、周りも僕を驚いたように注目している。
「ひとりで勝手に絶望するな! クレルが死を望んでいたって? そりゃそうなのかもしれないけど――けど、あんな残酷な死に方があるか!?」
興奮した僕は肩をいからせたまま、
「あんな何もかも奪われるような“終わり”を望んでいたはずないだろ! お前兄貴だろうが。愛し合ってたんだろうが。なんで怒らないんだよっ! なんで……なんで僕が怒ってるんだよ、なあっ!?」
広いエントランスホールに僕の怒号だけが響く。
こんなこと初めてだ。調略や計算などは存在しない、まったく本能的な行動だった。
クレルの死体を目にして、僕は心底怯えながら判然としないものを感じていた。
たぶん、それは、“怒り”だったのだ。
あまりに酷い理不尽な暴力に対する怒り。たとえ創作の世界でも、あんな殺戮は許されない。許されてはいけない。少しでも彼女と過ごした時間が僕を突き動かしている。
「しっかりしろよ!」
僕に腕を掴まれ揺すぶられたまま、ナナオは呆然としていた。
これで目が覚めないならぶん殴ってやろうか、と拳をあげた瞬間――
「クレルはこんな死を望んでいなかった……?」
ナナオがうわ言のようにつぶやいた。
空虚だった彼の瞳に、種火のような光が宿る。それを見逃さず、僕は彼の腕をつかんで、ゆっくりと立ち上がらせた。
「ナナオくん。君にいくつか確認したいことがある」
*
僕はナナオを連れて理科実験室に向かった。
場所を移したのは、他の人には聞かれたくない話をするため。僕の休憩スペースは、オープンすぎて内緒話に向いていないから、ナナオとクレルの部屋に入れてもらった。
実験台が二列並び、本当に学校の特別教室みたいだ。
ナナオがは棚からビーカーを取り出し、水を注ぎ、おもむろに僕に差し出す。
「はい。飲む?」
「え……飲まない」
断るとナナオはなぜか恥ずかしそうに、
「クレルが。君が異次元の世界からやって来た、ってはしゃいでいたから」
僕は宇宙人か何かか。
奮起したように見えた彼だが
「クレルさんが僕の部屋を訪れた後のことなんだけど。ここに戻ってきたのは何時頃だった?」
手当を終えて、雑談をして、十九時半には僕の部屋を出たはずだが。
「クレルは……君とお喋りする、と出ていったきり昨日は戻ってこなかった。そういうことはよくあることだったから。俺も別に探そうとはしなかった」
やはり――。
僕は疑いを深める。
「実は、彼女がコスモックル多羅の部屋に入るのを見かけたんだ」
ナナオは表情を変えずに、
「そうだろうね。そうだと思っていた」
「心当たりが?」
聞き返すと、ナナオは短髪の後頭部をかく。
「肉体年齢を進めてもらおうとしたんだろう。要塞に来る前、そんなことを言っていたし。クラブの教えで自殺は禁止されているけど、残り寿命を少なくすることなら許されるんじゃないか――クレルの考えそうなことだよ」
肉体の老化が極端に遅いクレル。肉体年齢を操作できる多羅氏。
なるほど最初から仕組まれていたようにかち合っている。この
「実際どうだったんだろう? クレルさんの願いは叶えられたのかな」
さあ、とナナオは目を伏せる。
「クレルの肌はところどころ焼かれていたし。頭部の映像を確認したけど、顔が見えなかったから」
へえ。僕はひそかに感心した。
つまりナナオは最初からそれを疑っていたのだ。落ち込んでいるばかりと思っていたが、自分なりに推察して行動していたのか。さすがは主人公だ。探偵の素質あり。
「よし、確認してみようよ」
「確認って……?」
おぼつかない様子の主人公を僕はさらに奮起しせようとけしかける。
「決まってるだろ。こっちから攻めるんだよ」
*
「おう、どうしたい?」
パソコン実習室である。
モニタ画面から顔をそらさずに、コスモックル多羅は僕らを迎えた。
「昨夜のことで聞きたいことがあるんです」
「さくや……?」
「クレルさんがここに来ましたね」
昨夜、という表現が正しいのか分からないが伝わったようだ。
多羅氏はナナオをちらっと見てから、「来たよ」と素直に認めた。
「彼女と何を話しました? いや、何をしたんですか」
厳しく尋ねる僕に、多羅氏は顔を弱ったようにしかめた。
「まさか、僕が彼女を殺したと?」
「そうは言ってません。ただ、彼女に〈頼みごと〉をされたんじゃないかと」
多羅氏はもう一度ナナオを見やり、ふう、とため息をついた。
「――たしかに。君たちの想像通りのことを頼まれたよ。『肉体の時の流れを早めて欲しい』って」
「やったんですか?」
ナナオが詰め寄る。
「まさか」
多羅氏は大袈裟に首を振って、
「断ったに決まっているだろう。僕の能力はみだりに使えるものじゃないからね。説明したら、彼女はすぐに理解してくれて帰っていったよ」
本当だろうか? どちらにせよ、クレルは結局兄が待つ部屋に戻らなかったのだ。
ナナオは何かを言いたげにしていたが、下唇を噛んで口をつぐむ。
「もしかして。クレルさんだけでなく、ミセスローズもここを訪れたんじゃないですか?」
それはちょっとした思いつきだった。
僕の部屋を出たクレルはミセスローズと廊下で挨拶を交わしていた。コスモックル多羅の元へ向かうクレルとすれ違ったということは、ミセスローズも同じ場所から戻ってきたのではないか、と。
「それは……」
多羅氏はあきらかに狼狽のようすを見せた。
これは何かある――!?
僕は推理小説は読まないが、刑事ドラマは好きなのだ。推理うんぬんは関係なく、ひたすら足を使って、成り行きで犯人を追い詰めるヤツがいい。頭使わずにスカッとする。
「隠し事はよくありませんよ?」
気分が乗ってきて、鬼刑事の心境で脅すと、
「まあ隠す必要はないか。君のいうとおり、ミセスローズも来たよ」
容疑者はあっさりゲロった。
「どんな用件で?」
「いやいや教えられないよ」
そこで黙秘かい!
多羅氏は理知的な眼差しを保ったまま言う。手ごわいやつめ。
「クレルさんの件は、ナナオくんが彼女の肉親だから教えたけど、ミセスローズは別だ。プライバシーにかかわる問題だからね」
ぴこん、と電子音が鳴って、スピーカーが音声を発する。
『コスモックル多羅氏、そこにいらっしゃいますか?』
「はい、シスター。どうしました? トロルは今のところ大人しくしているようですが」
『実は……水滝の制御システムの調子が悪くて。診ていただけませんか』
「了解です。今そちらに向かいます」
『御足労をかけて申し訳ありません』
回転椅子をこちらに向けて、「お呼び出しだ」と多羅氏は僕らを追い出した。
一緒に来る? と誘われたので付いていくと(ナナオも無理やり引っ張ってきた)、エントランスホールの水滝――ウォータースクリーンの前に、シスターとファム少年がたたずんでいた。
ちょうどクレルの死体が発見された場所である。
「すみません、お取込み中じゃなかったですか」
恐縮するシスターに、コスモックル多羅は苦笑いして、
「取り調べを受けていたんですよ、この二人に」
「まあ」
冗談と受け取ったのか、シスターは僕とナナオを目を丸くして見比べた。
「で、調子が悪いというのは?」
「水滝が制御システムが故障したようで。出入り口の開閉ボタンに触れても反応しないんです」
ファム少年が応じるように、壁にあるボタンに何度か触れてみせる。
僕が要塞に入ったときは、通路側のボタンに触れると、自動ドアが開くと同時に水滝も止まったはずだが。
扉は開くものの水滝は止まらず、鮮やかに薔薇を水面に映し続けている。これじゃ出入りする度に水浸しだ。
「ほんとうだ。いつから壊れていたのかな」
「システムのログを確認したところ、昨夜の二十一時前のようです。原因は分かりませんが、故障の直前に〈二名のゲスト〉が通路に出たようで……」
管理室に入る。モニタ画面がいくつも並んでいて、そのうちのひとつに、
<20:49:30 Entorance code:"open" = 2 guests>
<20:50:00 System Error>
と表示されている。
「あの――」
画面に注目しているシスターに、僕はたずねる。
「誰かが出入り口を使うと、記録されるんですか?」
ええ、とシスターは相づちを打って、
「指紋認証システムを導入しています。私とファム少年は『ホスト』で登録済ですが、その他のかたは『ゲスト』で登録しました。シタラ君も後ほど登録しましょうね」
「ゲスト二名、か」
こつり、とコスモックス多羅がこめかみを叩く。
「その二名が故障の原因とは限らないけど。誰だろう? 〈ホスト〉のシスターとファム少年、未登録のシタラ君は除外するとして。――もしかしてナナオくん?」
ナナオは面倒くさそうに手を振って否定した。
「しかし、なぜ通路に出たのかな。要塞の外は危険極まりないというのに」
「要塞を出たという記録は残っていませんが。でも、いささか不安をおぼえますね……」
トロルたちはまだこちらの様子を伺っているらしい。
多羅のつぶやきに、シスターは人差し指を唇に当てて思案するような仕草の後、
「安全管理のため一応確認しておきましょう」
と提案した。
通路に出たゲスト二名は誰か――?
ハイスペックなマシンでたちどころに判明すると思いきや、人海戦術だった。
シスターとファム少年が手分けして、要塞内の人間に内線電話をかける。
各自部屋に戻っていたようで、作業はスムーズに進んだが、低温実験室を使っているという烈歌老師だけは連絡がつかず、ファム少年が直接出向いていった。
フットワークの軽い美少年は、両腕で×を掲げながら戻ってきた。
「全員、心当たりはないと……」
「そんなバカな」
調査報告に多羅氏がぼやく。
「誰かが嘘をついてるってことか。でも、嘘を吐く意味なんてあるかな?」
「ありますよ」
それはナナオが放った言葉だった。
「二人のうち、
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