第2話 人たらし、はめられる〈前編〉
これから語るのは、僕の失敗のエピソードである。
どんな偉人にだって、四肢をバタバタして悶えたくなるような恥ずかしい逸話が残っているものだ。たとえば、秀吉は無類の女好きで、浮気に耐えかねた正室が、上司の織田信長に訴えたというエピソードがある。奥様はたまったもんじゃなかっただろうが、英雄色を好むを
人は完璧ばかりに
僕の輝かしい自伝。その、ちょっとした挿話になることを願い、勇気をもって語ろう。
+ + +
ぼちぼち文化祭の出し物でも決めようや。
そんな高校二年生のホームルームだった。うららかな初夏の教室で、ダルい雰囲気ながらも、いくつかの提案が出されていた。
「他に意見ないですか」
文化祭実行委員の女子、
「じゃあ多数決して良いですか」
いいでーす、とまばらな返事。
「ドーナツ屋に賛成の人……十三人。バルーンアートの人……十三人。クイズ大会……十三!?」
うっそ、と法ノ月が絶句する。
ここまで意見が散らばるとは思っていなかったのだろう。
確かに出来過ぎている気がするけど、すごい偶然とまではいえない。ダルいホームルームでもあえて提案されるのは、数人が
「ええと……どの提案も同数の賛成が」
「法ノ月、決めろよ」
議長を無視して、一番前の真ん中の席で特にダルそうにしている男子生徒、関ケ
「……でも」
法ノ月は戸惑っている。そりゃそうだ、あきらかに負担が大きすぎる。どの選択をしても誰かには恨まれる。針のムシロ状態だ。
「好きなものを選んでいいよ、法ノ月ちゃん」
一番後ろの窓際席にいる、ギャルっぽい女子、
口調こそ甘ったるいが、ウチらの意見を選べよわかってんだろうな的な、無言の圧力が感じられる。
まったく、ロクでもないクラスメイトばかりだ。しかしだからこそ
「じゃあ」
病的なまでに白い肌の喉がこくりと鳴った。何かを諦めた人間の表情だった。
法ノ月が青ざめた唇を開いた瞬間――
「ちょっと考えたんだけどさぁ」
僕は起立した。
ダルい感じで。間違っても、ボク張り切っています感を出してはいけない。
「ドーナツ屋、バルーンアート展、クイズ大会でしょ。全部合わせればよくない? 脱出ゲームとかにしてさ。クイズを用意して、バルーンアートで飾り付けて、ゴールした人には賞品としてドーナツを渡す」
ぬるい空気を舐めるような静けさの後、ぱらぱらと質疑応答。
「お金はどう回収するの?」
「入場料として取ればいい」
「取れるか?」
「バルーンアートで釣れば親子連れも入ってくれると思うし、いけるんじゃないかな」
クラスがざわめく。
めったなことでは口出しをしない担任教師も、「良いんじゃないか」などと呟く。
これだ。
ぶっちゃけアイディア自体は大したものじゃないが、設楽が言うんだから間違いない的な、ぼんやりした同調の流れ――これを作り出すために僕は新学期から奮闘していたのだから。
そして、忘れてはいけない。今一番の目的は法ノ月を救うこと。
このときの僕はすでに狙いを定めていた。法ノ月を、
人をたらすにはタイミングが重要だ。
秀吉の生まれ変わりいえど、いつでもどこでも出来る芸当ではない。が、精神肉体とも弱っている瞬間――窮地に立たされている状況に優しく手を差し伸べれば、いとも簡単に人は気を許すのである。
口をあんぐり開け、まるで曲芸を眺めているような様子の法ノ月は、僕と目が合うなり真っ赤になって下を向いた。
「では、今のサルの意見で……あっ!」
まとめに入ろうとした法ノ月が、ぱっと口元を押さえた。この
女子たちに陰で「サル」と呼ばれていることを、僕は知っている。
緊張から解き放たれて、つい口に出てしまったのだろう。よりによって、自分を救ってくれた相手に「サル」とは救いがたい。しかし、僕は腹を立てない。むしろ好機。最大のチャンス。ここを突破すれば、彼女は完全に、僕の《駒》になる――!
うろたえる法ノ月に、「ありがとう」と僕は告げ、周りに見えるよう手を掲げる。汗びっしょりの手のひらを。
「じつは今、発言するのすげえドキドキしてたんだわ。でも、法ノ月さんにサルって呼ばれて、緊張解けた。助かったよ」
人たらしたるもの、汗と涙の出し入れは自由自在だ。日々の特訓の成果である。
スゴイ汗、と誰かが吹き出す。嘘つけ、とツッコまれたが構わない。
場は
放課後、僕は、法ノ月に呼び出された。
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