第36話 たすけて

 カラカラ音がなる自転車を猛スピードでこぐ。ミコちゃんの家までは下り坂になっているから、帰りはしんどいけど、行きはあっというまに着く。あたしはいつものように、派手にブレーキ音をかなでて、到着のあいずを送った。


 ひょこっとミコちゃんが窓から顔をのぞかせる。

 よかった。もう泣いてない。

 笑顔で手をふると、姿が見えなくなる。車庫のすみ、いつもの場所に自転車をとめていると、ミコちゃんが裏口から飛び出してきた。


「ごめーん、今ちょうど、いとこがうんちした!」

「げーっ、におう?」


 鼻をつまむと、ミコちゃんも同じようにつまむ。


「うん、におう。そのままで私の部屋まで来てね。部屋は臭くないよ」

「わかった。つまんどく」


 鼻声が面白い。あたしたちはくすくす笑いながら、急いで家の中をかけ抜けて、ミコちゃんの部屋まで行った。ドアをパタンと閉めたところで、同時につまんでいた手をはなす。


「ぷはっ、わたし兄弟ほしかったけど、今日いらないって、心から思ったよ」

「あたしも弟か妹がほしかったけど、いらないかも」


 顔を見合わせて、ふふっと笑う。

 それから、ミコちゃんの顔が少しだけ、こわばった。


「あのね、これなんだけど」


 机の上には、バラバラになったページや、パズルのピースみたいに小さくちぎられたページが並べてあった。けど、表紙はそのままだし、ちぎられたページはちょっとしかない。正直、もっとひどい状態だと思っていたから、拍子抜けしたくらいだった。


「なんだ、たいしたことないじゃん。無事なページも多いし」


 あたしは歯抜けページになった『よげんの書』を手にとった。しわくちゃになっているページに指をはわせて、しわを伸ばすようにこする。


「もっとズタボロかと思った。でも、捨てたほうがいいよね、これ不気味だもん」


 ミコちゃんに顔をむけ、また視線をページに戻したときだった。

 さらさらさらと字が書かれる。

 ぎょっとして、本を放り投げてしまった。


「どうしたの!」


 ミコちゃんは声を上げたけど、すぐに、もしかして、と感づく。

 あたしはその顔を見て、ゆっくりうなずいた。


「まだ、おわってなかったみたい」


 文字、早く見ないと消えるかもしれない。

 ミコちゃんが、小さくあごを動かしたので、それをあいずにして、二人してゆっくり、床にうつぶせにページが開いている『よげんの書』に手を伸ばす。


 音を立てないように、慎重に。

 なぜか、そんなことが重要な気がして、息も止めていた。


 せいの、でふせられていた本を裏返す。

 開かれたページには文字がまだ並んでいた。

 赤い、血のような文字だ。


〈助けてほしい。信じてくれるなら〉


 ミコちゃんと顔を見合わせる。

 何か言おうとして、声が出てこなかった。


 どくどくと心臓がなっているのがわかる。またページに視線を戻すと、ゆらゆらと文字がゆれ、それから、とけるようにして消えた。


「ケイゾー、呼ぼうか」


 あたしが言えたのは、それだけだった。

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