第22話 小屋の前で 1
「あんず、どべ」
「うっさい」
小屋の前で追いつくと、ケイゾーがニヤニヤ笑いで言ってくる。
本気で走ってないってのに。
息をつきながら、まだ何か言い返そうかなと思って顔を上げると、ケイゾーが手に『よげんの書』を持ってページを開いていた。うでにはあたしのニワトリちゃんの手さげ袋がかかっている。
「なんで、持ってくんの。っていうか、かってにさわんないで」
「なんだよ。これ置いていくとか、意味わかんないし」
なくしたら、どうすんだよって、『よげんの書』を見せられて、また言い返せなくて口を閉じる。でも、うでから手さげ袋は取り返すと、汚れを落とすみたいにバサバサと思いっきりふってやった。
「おまえ、失礼だな。汚れてねーし」
「さわんな、ぼけぇ」
ケイゾーは苦笑しただけで、怒ったりはしなかった。そうなるとあたしのほうが子供っぽいってことになる。ムカついて、あと五回ほど、激しく袋をふると、たたんで右手ににぎりしめた。
「なんも書かれねーな」
ケイゾーは鼻がくっつきそうなほどページに顔を近づけている。手でこすったり、陽にかざしたりして、しばらくむずかしい顔で、いろいろと試していたけど、どうにも変化がないので、「はい、返す」ってあたしに本を渡してきた。
「もう、あんたが持ってればいいじゃん」
「いや、持ち主はあんずって気がするから」
意味不明。手に持っているのが面倒なだけなんだ。
イヤイヤだったけど、にぎっていた袋を開いて、中に本を入れる。ふきげんなままでいると、ミコちゃんが「私があずかっとくよ」と手を出したので、袋ごと彼女に渡した。
あんなに『よげんの書』を不気味がっていたのに、今では平気になったようで、「これからは私が持っとくね」と晴れやかに笑う。そうなるとちょっと名ごり惜しい気がしたけど、わがままに見えるから、「うん、お願い」って、にっこり笑うことにした。
「燃えるって、誰かが放火すんのかな」
しげしげと小屋を観察していたケイゾーが、曲がりかけた柱に手をそえて、こっちを向いた。小屋は近くで見れば見るほどボロボロで、思いっきり棒で叩いたら、すぐにでも解体できそうだ。コケとカビのにおいが、鼻をツンとしげきする。
「そうだとしたらさ、こうして見はっとけば、燃えなくてすむんじゃねーの」
「そうとは限らないでしょ。急に発火するかも」
あたしはケイゾーの意見を否定した。
トモダ先生のときは、サッカーボールが突然、飛んできた。もちろん、誰かがけったのが偶然、当たっただけかもしれないけど、もう普通とか偶然とかっていうのが、どういうことなのか、わからなくなってきているから。
だって、文字がいきなり書かれて消えるってだけでも不思議なのに、それがよげんまでするんだから。何があったって、おかしくない。
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