エイプリルフールSS

「呪いが三分の二解けたから、喋れるようになったぜ!」


 スヴァットが朝一でシェスティンの頬を叩きながら言う。

 ああ、煩くなるなと彼女は寝惚け眼で起き出して、とりあえずミルクなど出してやった。

 飲みながら話そうとする猫を叱りつけて、手早く朝食を用意する。


「なぁ、トーレのとこに連れてってくれよ」

「行けばいいじゃないか。今日は彼も休みだろ」

「ひとりで行くと使用人達に構われて終わるんだよ」


 鼻の頭に飛んだミルクを拭ってやりながら、シェスティンは仕方なく請け負った。




 急な訪問にも関わらず、トーレは温かく迎えてくれ、とりあえず部屋に通されて茶菓子と共にお茶を振る舞われる。

 恐縮するシェスティンに彼は笑った。


「こんな驚きもたまには楽しい。何かあった?」

「今日は、スヴァットが……」


 言い淀むシェスティンに、トーレは少し首を傾げる。

 シェスティンの膝の上の黒猫は、ピンと背筋を伸ばすと大きく息を吸い込んだ。


「言っとくけどなぁ、俺は彼女と毎日一緒に寝てるし、キスだってしたし、意外とあるこの胸に顔だって埋めてんだよ! 自分ばっかり有利だなんて思うなよ!」


 言い切って、満足げにスヴァットは鼻息を吹き出す。

 先に我に返ったのはシェスティンだった。頭から湯気が立つのではないかと思うほど顔を紅潮させて、スヴァットの後頭部に平手を食らわせる。


「ち……ちがっ……何、言って……!」


 そのまま勢いよく立ち上がるシェスティンの膝から、スヴァットが転げ落ちた。

 本能で身体を捻るスヴァットの目に、何が起きたのかまだ理解できていないトーレの引き攣った顔が一瞬だけ飛び込んでくる。

 ざまぁみろ。事実は事実だからな。

 着地の体勢に入ったスヴァットだったが、いつまでも床が見えてこない。おかしいと思う頃には辺りも暗闇に閉ざされて何も見えなくなった。




 びくりと全身を震わせて、スヴァットが瞳を開ける。早鐘を打つ心臓に、嫌な汗。 辺りは暗いがぼんやりとシェスティンの背中が見えて、彼は身を起こした。

 小さくシェスティンに声を掛ける。


 シェス――


「にゃあ」


 口から出るのは猫の鳴き声。

 夢、か。

 空しさがスヴァットの胸に広がっていく。

 だいたい、話せるのならトーレではなく、シェスに話すべきことがもっとあるのに……あれが本音なんだろうか。

 自己嫌悪に陥りつつ、シェスティンの背中にすり寄ってみる。


「……ん」


 彼女はゆっくり寝返りをうってスヴァットに手を伸ばした。

 優しく頭を撫で、そのまま抱き寄せる。額にキスを落とそうとして思い直し、頬を押し付けたまま動かなくなった。

 起きてるのかと思ったが、完全に無意識らしい。

 このまま猫でもいいか。

 そう思う距離ではあるけれど、きっとそうもいかない。

 ぺろりと頬をひと舐めすると、眠る彼女の口角が上がった。

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