時紡ぎと呪われた×××
ながる
Prologue
時紡ぎと美しの国
むかしむかしあるところに、美しい国がありました。
さんさんと降り注ぐ光にきらめく川の流れ。花は咲き乱れ、鳥は歌い、人々は幸せに暮らしていました。
かの国に辿りつくには七つの山を越え、七つの川を越えて行かねばなりません。
かの国に住むには三つの約束事を守らねばなりません。
ひとつ、正しく生きましょう。
ひとつ、みんなで助け合いましょう。
ひとつ、時つむぎに感謝を捧げましょう――
時つむぎは時を紡いでいます。
みんなの時を。その国の時を。
毎日おひさまが東から登るのも
毎日おつきさまが西に沈むのも
川がとうとうと流れていくのも
時つむぎがせっせと時を紡いでいるからです。
彼の時も彼女の時も。こどもが大人になるのだって、時つむぎのおかげです。
時つむぎは私たちとはちょっと違う所に住んでいて、お空の上から、地の底から、私たちを見守りながら時を紡いでいます。
姿かたちは私たちに似ているのだけれど、とてもとても長い時間を生きているのです。
ある日ある時、ある時つむぎはその国のお姫さまに恋をしました。
少しおてんばだったお姫さまの、花のような笑顔に心を囚われてしまったのです。
時つむぎはうわの空。
手元がおろそかになり、紡ぐ時もゆうるりゆうるり。
まだお姫さまを見ていたい。
もう少しお姫さまを見ていたい。
みんなが何か変だぞと首をひねります。
川の流れがゆっくりです。
麦がなかなか育ちません。
一日はなんだか長く長くなっていくようです。
みんなは王様に相談しました。
王様はすぐに時つむぎを呼び出す儀式をしてくれました。
すこしの間、時つむぎとお話をしたり、捧げものを渡したりするための儀式で、王様しかその方法を知らないのでした。
お城の地下にある儀式の間で、王様は時つむぎとお話しします。
「最近一日が長い。作物の育ちも遅い。何かあったのか」
「ある人が気になって手が止まります。彼女をいただければ、きっと元に戻るでしょう」
「それは誰だ」
「お姫さまです」
王様はびっくりしました。
王様には子供はひとり。お姫さましかいないのです。
「姫はやれん」
時つむぎは哀しそうに帰っていきました。
それからは前にもまして時はゆっくりになりました。
時々思い出したように早送りになったりもしました。
みんなは困り果て、お姫さまの代わりに時つむぎにお嫁に行ってもいいと名乗り出る者まであらわれ始めました。
王様はまた時つむぎとお話ししましたが、時つむぎは首をたてに振りません。
お姫さまでなければ、だめだと。
とうとう、美しかった国は美しいまま時を止めました。
動いているのは王様とお姫さまだけ。
お姫さまは涙をぬぐって言いました。
「時つむぎを呼んでください」
儀式で呼び出された時つむぎは笑っていました。
お姫さまに目の前で会えて、とてもとても嬉しかったのです。
「愛してる」
時つむぎの口が愛の言葉をささやきました。
「愛してる」
何度も。何度も。
差し出された手を取り、お姫さまは時つむぎに一歩近づきます。
時つむぎがお姫さまを抱きしめようとした時、その胸に痛みが走りました。
見下ろした胸には一本の短剣。
美しい国は時を失いました。永遠に。永遠に。
もし、あなたが辿りつくことができたなら、その美しさは永遠にあなたのもの。
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