ゴーストランナー
鴎
第1話
丘の上には騎士が住んでいた。その丘は街から少し離れた場所にあり、辺りは田園地帯で上れば綺麗な景色を見ることが出来た。絵本のような景色という言葉がぴったりの見渡す限りの緑の景色だ。いくつかの丘が果てしなく続く田園の中にポツポツとならび、遥か先には海が見える。そんなような良い景色だ。しかし、近くにあるのは観光客が来るような街でもなく、その丘は街の限られた人間だけが知る穴場スポットというやつだった。その限られた人間の一人がパトリックだった。この少年は暇だったり嫌なことがあると度々そこを訪れていた。そこに行けば気分が空くのだ。そして、いつもそこにポツンと立っている家を横目に景色を眺めるのだった。
街の人間いわく、その家に住む騎士は誰とも関わりを持たないのだそうだった。街に降りてくることも無ければ、その騎士に会ったものも居なかった。どんな人間が住んでいるのかは分からない。何を目的にそこに住んでいるのかも分からない。幽霊が出る、吸血鬼が出る、狼男が出る。いろんな噂があった。どれも定かではなく半分冗談の噂話でしかない。結局その家は謎の家だった。しかし、なぜか『騎士』が住んでいるという情報だけは誰に聞いても確かなのだった。
「はぁ...」
パトリックはその日も丘に上って景色を眺めていた。田園風景が夕日に染まり実に美しい景色だった。仕事場の親方にひどく怒られたのである。親方は理不尽な男だった。どう考えても親方が間違っていることでも逆ギレで怒る男だった。しかし、それ以外にパトリックに仕事はなかった。なので理不尽に耐えながら勤めている。そして、今日はどうしても耐えられなくなりここに来たのだった。
「帰るか」
パトリックはひとしきり景色を眺めると腰を上げた。あとは家に帰って晩飯を食べて寝るだけだ。いや、飯を食べたら酒場に行くのも良いかもしれない、などとパトリックが思っているとふと頬に冷たいものが当たった。上を見上げるといつの間にか黒い雲が空を覆いつつあった。そこからポツポツと、次第にザァザァと雨が落ち、気づけばどしゃ降りになった。
「クソ、突然なんだよ」
パトリックは恨み言を言う。しかし、そんなことを言っても雨足は弱まらなかった。容赦なく冷たい雨はパトリックを濡らしていく。どう考えても家につく頃には川に飛び込んだようにずぶ濡れになっているだろう。一体どうしたものか。パトリックは数秒思考したところでその視界に止まったのはすぐそこにある家だった。誰も見たことのない騎士の住む家。見れば屋根が少し出ておりその下に入れば雨宿りくらいは出来そうだった。そこに入って少し空模様をうかがおうとパトリックは決めた。走って屋根の下に入る。
「ふぅ」
一息ついたパトリックは座り込むと濡れた裾を絞った。上を見上げると空の黒い雲には切れ目一つない。西を見ても同じだった。しばらく止みそうにはない。このままでは夜になってしまう。しばらく待ってみて止まなければもはやずぶ濡れ覚悟で走るしかないなとパトリックは思った。
「........」
そしてパトリックはちらりと上を見た。騎士の家を見たのである。そこには窓があった。この中に騎士が住んでいるのだろう。パトリックはもう何回もここに来ているがそれらしい姿を見たことはなかった。誰かが外に出てきたところも見たことがなかったし、窓にはいつもカーテンがかかっていたので中の様子も分からない。しかし、カーテンは手入れされているように見えるし、家の外には生活で使うであろう道具も置いてある。人が住んでいる気配はあるのだ。この家は実際得体の知れない家だった。
パトリックは黙って窓を見上げる。この向こうに居る何者かを想像しながら。騎士と言うからには恐らく強いのだろうなんてことを思いながら。
―バン!!
と、突如音が響いた。パトリックがかなりの驚きで声にならない悲鳴を漏らしながら少し飛び上がった。窓が開いたのだった。騎士の家の窓が勢い良く開かれたのだ。
「なにをやってるんだ君は」
そしてそこから顔を出したのは女だった。ブロンドの紙をした綺麗な女だった。パトリックはしばし固まった。それから答えた。
「雨宿りをしています」
「なるほど。この雨だからな」
「はい」
「だが、この雨はしばらく止まないぞ。」
「ほ、本当ですか」
「恐らくな。君は家は街か」
「は、はい」
「帰るまでにはずぶ濡れになるだろう。冷たい雨だ。風邪もひくかもしれん。君、ウチに入って行きなさい」
女はそう言った。パトリックはこの女はなんだろうと思った。謎の家の住人がこんなにあっさり現れて、その謎の家に入れと言う。パトリックは現状が良く分からない。しかし、とにかくわかるのは実際雨は止まないということだった。
「わ、分かりました」
パトリックは良く分からないまま勢いで答えた。
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