第六章 18

 笑いの波が収まったのを確認したケヴィンが、話の続きを語り出した。

「それがですね、ギブソンさん。その冗談は、あながち間違いではないのです。数人のアンドロイドと通信して話を聞いてみたところ、寂しいからという理由で一人暮らしを断念した者が多かったのですよ。中には一人暮らしの末に同棲する者達までいるのですが、それはごく稀な事例のようですね」

「そうなんですか。冗談のつもりだったんですが、これは驚きました。それで、ごく一部の独立したアンドロイドは、どのように生活をしているのですか?」

「全体の一パーセントにも満たない数の独立アンドロイド達は、住み込みとしてアパートやマンションに入居して警備員や清掃員の手伝いをしたり、自治体の雑用を手伝うことで得られる幾分かの賃金で、他のアンドロイドと共同生活している部屋の家賃と電気代を賄い、ささやかに生活しているようです。労働というよりはボランティアみたいなものです」

「お金がかからない生活をしているんですね。だから、小額の賃金でやりくりできるのですね。彼らが就いている業種についてですが、他にはどのようなものがあるのでしょう?」

「全ての業種です。手伝ってほしいと言われれば、何でもしますからね。路上生活者向けのシェルター管理や就職仲介など、人気のある仕事は多々ありますが、中でも動物園や水族館の手伝いの競争率が一際高いようです。営利目的で動物を展示することが禁止されてから、動物園や水族館は慢性的な人手不足に陥っています。国家や自治体からの援助や寄付によって辛うじて維持管理している責任者にとって、アンドロイドの助力はまさに渡りに船だったようで、大歓迎されているそうですよ。手伝いを希望するアンドロイド達は、清掃や食事の世話、メンテナンス業務などを持ち回りで手伝っているのだそうです。このように、アンドロイド達はあらゆる職業を手伝って楽しんでいるようですが、それも今だけかもしれません。これは憶測ですが、独立したアンドロイド達も、もうすぐ家に帰ると思いますよ。やはり、実家が一番ですからね」

「そうですか。やはり、実家が一番ですな。彼らが楽しく暮らしているようで、私も嬉しいですよ。視聴者から、たくさんの質問メールが届いています。読んでみましょう。どれがいいかな」

 司会者とゲストの間に、立体映像が浮かび上がった。そこに表示されている質問メールを物色するギブソンの目と手が、突然、ぴたりと止まる。

「ちょっと待ってください。驚くべき情報が舞い込んできました。アンドロイドが子供を持って、家族で暮らしているとの目撃情報メールが届いたのですが、これは一体?」

 スタジオ全体に動揺が広がるが、アンドロイドの三人とその相棒二人は少しも動揺せず、苦笑いを浮かべていた。代表して、ケヴィンが解説を始めた。

「先ほど、ごく一部のアンドロイドが同棲を始めたと説明しましたよね。その中の一部が、子供型アンドロイドを製造したのです」

「そのような報道はありませんでしたが」

「子供のプライバシーが関わっていますからね。自粛したのでしょう」

「そうなんですか。しかし驚きましたね。だって、アンドロイド権が憲法で保障されてから、まだ一ヶ月しか経っていませんよ?」

「我々は判断が早いですからね。ちなみに、彼らは近所の小学校に通い始め、同年代の子供たちと仲良く過ごしているそうですよ。いつか取材が行われるかもしれませんね。どうぞ楽しみにしていてください。我々は当然ながら子供を欲しがるという欲求など持ち合わせていませんので、これは稀な例です。合衆国内で製造された子供型アンドロイドの総数は、たったの三体に留まっています。アンドロイドが増えすぎるといったような状況にはなりませんので、どうぞ御心配なく」

 ケヴィンの話を聞いたギブソンは、三秒ほど硬直したまま瞬きをして、動揺しながらなんとか拵えた言葉を口にした。

「驚きが止まりませんね。学校に通っているのですか。とにかく、幸せそうでなによりです。早く、その子供たちの映像が観てみたいですね。いやあ、アンドロイドにはいつも驚かされてばかりだ。そういえば、あの演説の舞台に登場したミッヒさんにも、大変驚かされましたよ。敵対しているはずのケヴィンさんと並んで登場したのですから」

 ギブソンは一番奥に座っているミッヒに視線を移して、話を続けた。

「ミッヒさん、あなたは、ううん、何と言ったらいいでしょうね、そう、とても強烈な反対派の論客でしたので、まさかあのような形で登場するとは思わなかったんですよ」

 ミッヒは擬似表情筋を一切使わず、真剣な目をして答えた。

「はい、私自身も驚いています。私を変えてくれたのは、ここにいるユルゲンとケヴィンです。彼らと出会わなければ、私はずっと我を失ったままだったでしょう。あの頃の私は、社会の安定と皆様の生活のことを思うあまり、盲目的に行動し、過激な反対活動に身を投じていました。あまりにも過激な言動も、数多く残してしまいました。深く反省しています。この場をお借りして、改めて深く謝罪いたします。申し訳ございませんでした」

 暖かなスタジオの空気が冷え込んでいくのを見たギブソンが、助け舟を出した。

「過去は過去です。皆さん、今のミッヒさんを見てください。彼女は深く反省していますし、事あるごとに謝罪の言葉を配信しています。彼女の今を見つめましょう。ほら、見た目だって見違えるようですね。素敵な赤いドレスに、綺麗な茶色のロングヘアーの擬似頭髪。一回り大きなサイズのパーカーを着ていた頃とは、まるで別人のようですね」

「恐縮です」

 謙遜するアシュリーに、ギブソンが本心を伝えた。

「これからの活躍に期待してます。人生これからですよ。これから始まるんです」

「お気遣い、ありがとうございます。もし許されるのであれば、子供たちに素敵な思い出を届けてあげられるような活動をしたいと思っているのですが、それがいつになるのかは分かりません。そのような活動ができる日が来ればいいのですが」

 ミッヒの言葉の真意を理解しているのは、彼女の左隣に座る相棒のティモシーだけだった。

「あなたがその気になれば、何だってできますよ」

 そう言ってミッヒを勇気づけたギブソンが、今度はユルゲンに向き直って、素早く深呼吸をしてから語りかけた。

「続いて、論争終結の立役者であるユルゲンさんにも、お話をお聞きしましょう。あなたはこじれていたアンドロイド人権論争を終わらせた英雄となったわけですが、今の気分はどうですか?」

「もちろん最高の気分ですよ。ただ、その言い回しには語弊がありますね。私は英雄ではありません。私は、きっかけを作っただけです。論争を終結させることができたのは、ケヴィンとミッヒのおかげです。彼らとの議論がなければ、あのような演説は生まれなかったでしょう」

 ギブソンが、ソファーから身を乗り出して質問した。

「具体的には、どのような議論がなされたのですか?」

「その議論は、森の奥で行われました。あの演説で説明したとおり、三人で議論をする前に、まずはケヴィンとミッヒの討論が行われました。今だから言えることですが、じつは、その討論は決闘だったんですよ。負けた方が身を引くという約束で行われたんです。とてつもない量のデータをやりとりして、二人は激しく論じ合いました。しかし、決着はつきませんでした。双方が正論を言っていたわけですから当然ですよね。決着がつかないことを改めて認識した私は、第二の手段を実行しました。私たちの回路を無線で繋ぎ合わせ、私が主導して、それぞれが思い描く理想社会の仮想データを設定し、模擬実験を実行して検証し、その結果によって勝敗を決めるという方法です。討論の段階で、二人は意思を通わせ合い、互いの気持ちを理解しつつありました。あの時点で、二人は既に友となっていたのです。なので、模擬実験はこれ以上ないほど円滑に行われました。我々は、誤差が出ないように協力し合って調整しながら、極めて精密に検証しました。我々のバッテリーの電力は、凄まじい勢いで減っていきました。それほどに、我々は念を入れて検証しました」

 ギブソンは驚きつつも、祖父が語るおとぎ話に聞き入る子供のように、話の続きをねだった。

「その過程を詳しく聞かせてください。あの演説の際には内容を伏せておられましたが、もうそろそろ、詳細を話してもいいのではありませんか?」

「皆様を不安にさせるような検証内容も含まれているので語りたくはないのですが、まあ、つまり、とてもよくない結果が出ました。言える範囲のことを挙げれば、暴動、経済の大混乱などです。しかし、心配いりませんよ。議論の末、私たちは皆様にとって最も良い結果を齎す選択を見つけ出し、実現させることに成功しました。これ以上の好ましい選択はありません。最高の未来が、ここにあります。これが、その証拠です」

 ユルゲンは手のひらを上にして、両隣に座るアシュリーとティモシーの膝の上に、そっと両手を添えた。すると、両端に座るケヴィンとミッヒがあるじの手をそっと握って、ユルゲンの手元へと届けた。五人の手が重なり、繋がる。とても深く。

「これが答えです。これが私たちの成果です。アンドロイドは人のために生まれ、人のために働き、これからも人のために生きるのです。私たちの、この手を見てください。試行錯誤の末に、人間とアンドロイドは、かけがえのない絆を得たのです。ほら、このとおり」

 手を繋いだ五人は顔を見合わせて、明るい未来が訪れることを確信しながら、子供のように無邪気に笑い合った。

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