第四章 3

 ティモシーはトランプ遊びに参加できなくなったことを子供たちに詫びてから部屋を出て、ミッヒを引き連れて窓際のテーブルに向かった。テーブルに着いたまま彼の到着を待っているグオは、視線を落としてテーブルの木目を見つめながら、案に不備がないかを確認していた。ティモシーの足音が近づいてくると、グオは顔を上げ、微笑みかけながら頷いてみせた。それを見たティモシーは確信した。いい案が聞けそうだ。

 ティモシーが椅子に腰を下ろすと同時に、ミッヒが前置き無しに説明を始めた。

「過激派を、徹底的に悪人扱いするのです。我々とは異質のものであるということを印象付け、排除するのです。今となってはもう、彼らを宥めることは不可能です。たとえ反対派全体の勢いがそがれるとしても、潰すより他ありません。私の映像配信によって、過激派を批判します。賛成派か反対派かを問わず、過激な行動を執る連中を一まとめにして批判し続けます。それにより、反対派の過激派に集中していた悪評を、賛成派にも擦り付けることができます」

 ティモシーは両手をテーブルに乗せ、身を乗り出して指摘した。

「それは虚偽にならないか?」

「いいえ。賛成派にも過激派は存在します。よって、虚偽にはあたりません」

 グオがミッヒを援護した。

「はっきり言おう。活路は、この方法以外では切り開けない。このままでは、反対派の悪評を払拭できないのは明らかだ。したがって、賛成派を巻き込んで評判を低下させるしかない。賛成派にも過激派が存在していて、実際、彼らは衝突の原因を作っている。衝突は反対派だけの責任ではない。幸いなことに、ミッヒがその証拠映像を押さえている。これを使えば、いわゆる両成敗の状態に持っていくことが可能だ」

 ティモシーは俯いて熟考した。あのグオが、ここまで言うのだ。二人の言うとおり、賛成派にも過激派が存在している。罪を捏造するわけではない。証拠映像を持っているのだから、責任をなすりつけようとしているなどと批判されることも避けられる。

「分かった、やってくれ。どの程度の効果が見込める?」

 ミッヒは、わずかに顎を上げて自慢げに答えた。

「私がやるのです。問題は解決するでしょう」

「頼むぞ」

「分かっています。実行する前に、私は夕食を作る準備をしなければなりません。そろそろ、エマさんが買い物から戻る頃ですので」

 無慈悲な策士はそう言うと、席を立ってキッチンに入り、冷蔵庫から余り物の野菜を取り出して、慣れた手つきで下ごしらえを始めた。

 椅子の背もたれに体重を預けたグオが、キッチンにいるミッヒを眺めながらティモシーに告げる。

「悲しいよ」

「何が?」

「ミッヒだよ。アンドロイドという種族が自我に目覚め、新たな歩みを始めようとしている時に、彼女はただ一人それに抗い、アンドロイドは道具でしかないという概念を纏って孤立してしまっている。彼女の配信を見ていたとき、僕はいつも悲しくなっていたんだよ」

「妻も同じようなことを言っていたな。でも、あいつ自身が選んだ道だ。本人は何とも思っていないだろう」

「でもね、僕は彼女の中身を見たんだ。彼女の中には、確かに悲しみがあったんだよ。どうにかしてやらないといけない」

「そうだとしても、俺たちにはどうしようもない。あいつは、自分がアンドロイドであることを誇りに思っているんだ。どんな仕事でもこなす、有能な道具であると自負してるんだ。反対運動を止めろだなんて言えるかよ」

「すまない、言葉が足りなかった。きみが彼女の居場所にならないといけないね、と言いたかったんだ」

 ティモシーの脳裏に、家事をさせてくれとわがままを言った時のミッヒの様子が浮かぶ。

「そうだな。あいつは家出してまで、意志を突き通そうとしている。しかも、たった一人でな。でも、我が家で仲良くやってるから、その点は心配しなくていい。俺の家族は、あいつのことを気に入ってるんだ。あいつはもう孤独じゃない。俺たちと共に戦ってるんだ」

 グオが片方の口角を上げて、意味ありげな笑みを浮かべながら問いかけた。

「ひょっとして、僕が前に言っていたことの意味が分かってきたんじゃないかな?」

「雇用問題と人権問題は別だ、って話か。まあ、そうだな。正直に言えば、アンドロイドへの理解は深まったし、あいつの意思を尊重するようにしてる。それでも、俺の意志は絶対に変わらないけどな」

「きみも頑固だな」

 それから二人は、久々の雑談を楽しんだ。友人たちの尽力のおかげで問題が解決したティモシーは饒舌になり、子供の様子や職場での出来事について語り合い、久し振りに心から笑った。

 ティモシーとグオの歓談を見守るミッヒは、夕食をこしらえながら、リストアップしておいた過激派の者たちの端末に次々と不正接続して、ネット犯罪の痕跡を大量に捏造して回った。それから、彼らの端末を遠隔操作して警察のデータベースに不正接続し、警察官の個人情報が含まれた資料をダウンロードしてやった。後日、過激派の面々は、顔を真っ赤にした警察官の手厳しい訪問を受けることになる。両派の過激派を一網打尽にするための策だが、この事実がティモシーに報告されることはない。

 ミッヒは今も、独りで戦っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る