ファミマのメロディの魔法の少女
ZAP
本編
森の入口で、迷子の女の子を見つけた。
「お客様だっ!」
わたしは木の枝に座りながら女の子を見ている。
見るからに迷子ちゃんだ。だって靴は片方しかはいてなくて、髪の毛にはクモの巣がついていて、ひっくひっく泣いてて、とどめに『ママ、パパ、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい……』とつぶやいてる。
この森は人間の村が近くにあり、時々こういう迷子がまぎれこむ。
そしてわたしは女の子を助ける義務がある。
なぜならこの森の本当の名前は『ファミマの森』で。
「ふぁみふぁみまー、たあっ!」
なぜならわたしは『ファミマの店長』だからだ。
――わたしは3才の時に、魔物の森に捨てられた。
理由はたぶん、口減らしのためとか、そんな感じだと思う。3才のわたしは歩くことすらままならず、やがて森の魔物もしくは森のくまさんにおいしく食べられて埋められて死んじゃうはずだったが、幸か不幸かそうはならなかった。
安全な家にたどりついたからだ。
暖かい食料と飲み物と仮眠室とテレビとエアコンと少年ジャンプが詰まった家。
『Family Mart』
それがファミマだ。
森の広場にファミマの看板が建っていた。
おそるおそる中に入るとメロディが流れた。おどろきながら探索すると、誰も住んでいなかったので、私の家にすることにした。ファミマにはわたししかいない。だからわたしは、ファミマの家のあるじ。
すなわち店長さんだ。
「店長として、迷子は助けないとね」
女の子に駆け寄りながら、わたしはスローガンを口ずさむ。
「『グローバルてんかいしているチェーンとして、楽しさとシンセンさにあふれた生活と、夢のあるシャカイのジツゲンに向け、地域・社会の発展にコーケンする』……つまりチーキシャカイノコーケンよ!」
店長はお店のスローガンを大事にする。暗唱だってできる。意味はよくわかんないけど。特に前半。グローバルとかチェーンとか、どういうことなのか日本語の教科書『週間少年ジャンプ』にはのってなかった。
でも『地域・社会の発展に貢献』はなんとなくわかる。
つまり――迷子の女の子を助けるのは、店長のお仕事だ!
「ねえねえ、そこのあなた!」
そんなわけでわたしは女の子に声をかけた。
「えっ……!?」
ビクっとして振り向いた。
わたしを見てぽかんと口を開ける。
この森に人がいたことに、驚いているようだ。
「だ、だれ……!?」
「わたしはファミィ、店長よ。あなた、迷子でしょ!」
「てんちょう? え、えと……うん、まいご……だけど」
不思議そうにしつつもコクリとうなずく女の子。
「やっぱり。もう大丈夫よ、パパとママのところに帰してあげる」
「えっ……ほんとっ!?」
女の子の顔が安心と嬉しさでパアっと明るく輝いた。
と、そのときだった。
ぐ~~~~~~~~。
「あっ」
女の子のお腹の虫だった。わたしはくすりと笑った。
「でも、先にごはんにしましょう」
「え……あるの?」
「あるの。ファミマにはなんでもあるの」
わたしは手をあげてメロディを口ずさむ。
はじめてファミマにたどり着いたとき迎えてくれたメロディだ。
「ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみま♪」
ポウン!
わたしの手にジューシーで暖かいチキンが現れた。
ファミチキである。
「ええええええええっ!?」
女の子は飛び上がらんばかりに驚いた。
ふふふ。
「え、今の、魔法!? 今の魔法!?」
「うん。ファミ魔法」
「ふぁみまほう!?」
実はわたしも最近知ったのだけれど、ファミマのメロディは魔法の呪文だ。
正確なメロディで口ずさめば、ファミマでできることは、だいたいなんでもできる。もちろんファミチキ(サクサクッとした衣の食感と柔らかくてジューシーな鶏肉の旨みが楽しめます。食べやすい骨なしタイプ。ファミリーマート通常価格167円)を出すぐらいお茶の子さいさいだ。
「うちの自慢のファミチキよ。特別にタダでいいわ」
迷子の女の子はあんぐりと口を開けていた。
その口にファミチキを近づけて、わたしは言った。
「お熱いのでお気をつけて、お召し上がりくださいませ」
わたしは店長。
ファミマのメロディの魔法の少女だ。
* * *
迷子の子はミリルというらしかった。
「すごい、すごい、ファミマってすごい!」
深夜の森は危険なので、帰すのは明日にすることにして、家に招待した。
わたしの家であるファミリーマート・魔法の森店(敷地面積120平方メートルの中型店舗。駐車場付き。月間売上0円)に案内すると、ミリルは驚いていた。ランタンの何百倍も明るい『けいこうとう』に『自動どあ』に『れじ』。
とにかくぜんぶに驚いていた。
わたしはなんとなく誇らしい気分だった。
ふふふ、これがわたしのお城だ、ファミマだ。
「何か食べたいものはある? おでんとかどう?」
「おでん?」
ミリルにあつあつのおでんを食べさせると。
「おいしー! このタマゴおいしーっ!」
ほっぺを押さえてすんごく幸せそう。
わたしは気をよくして、次々と商品をおすすめする。
「厚切大根(75円)とだし巻玉子(80円)も栄養満点よ」
はふはふはふはふ!
「はう!」
食べ過ぎてのどに引っかかったらしい。
「これ飲んで」
わたしはファミマの麦茶1リットル(ファミリーマート通常価格130円、税込140円)を取り出してミリルにごくごくと飲ませた。風味豊かで安くておいしい麦茶だ(記述はイメージです。実際とは異なる場合があります)。
「けほけほっ……ありがと、ファミィ!」
ミリルはすっかり警戒心を解いていた。
塩ビ樹脂の床(清掃済み)にぺたんと座り込んでデザート中だ。
「苺のショートケーキ(ホイップクリームと苺ジャムをサンドしたスポンジケーキに苺をトッピングしました。※宮崎県、鹿児島県では取り扱いがございません)もあるわよ。いちばん甘いデザートよ(記述はイメージ以下略)」
「わ! わあ! おいしーっ! ところでその解説なに?」
「注意事項。店長としての責務なの」
「はむぅ」
ミリルは『意味わかんないけどおいしーからいいや』という表情だ。
やがてデザートも終わりわたしたちはすっかり満腹になった。
やっとミリルも落ち着いたので、とりあえず事情を聞く。
「家出したの……」
よくある話だった。ミリルのパパは村長さんをしていて、お仕事ですごく困ったことがあって、ずっと怖い顔をしてて、ぜんぜんミリルに構ってくれないらしい。だから心配して欲しくて、ちょっとだけ遠出してみたら。
「本当に迷子になってしまった、と」
ミリルはばつが悪そうな表情でうなずいた。
「パパもきっと心配してるわ。明日、朝一番で帰りましょう」
「う、うん……でも」
ミリルはなぜかちょっと帰りたくなさそうな様子だった。
おおかた、帰ってパパに怒られないか不安なのだろう。
でも帰さないわけにはいかない。
「大丈夫よ、怒られても、わたしも一緒に謝ってあげる」
「え、そんな悪いよ、ファミィは関係ないよ」
「関係あるわ」
わたしはファミリーマートの一番重要なスローガンのひとつを暗唱する。
『あなたの家族になりたい』
ファミマの歴史をつくった重要なスローガンだ。
ぽかんと口を開けるミリルに、わたしは宣言した。
「ファミマの店長たるもの、お客様はみんな家族なのよ!」
ミリルはしばらくの間の後。
「店長さんって、すごいんだね」
呆れたような口調で、しかし嬉しそうにつぶやいたのだった。
「それと、そうね、ミリルのパパは村長さんなのね、村のことで困ってたの?」
「えーと……井戸がね、干上がってね、飲み水が足りないんだって」
「それは深刻ね」
わたしは腕組みをして対策を考えはじめる。
ファミマの店長たるもの『食の安全・安心』はさいじゅーよー課題だ。
それになにより、ミリルは家族だから、助けてあげないと。
「そうだ。ミネラルウォーターをたくさん注文するから、持って帰りなさい」
「ええーっ!?」
ミリルが飛び上がって驚いた。
「わ、悪いよそんなの!」
「大丈夫、ファミマの物流は世界一よ」
レジで16時までに注文すれば1万本のアルプスの天然水も翌朝には届く。どこからどう届いているのかわからないけど、朝起きたら倉庫に入ってる。『とらっく配送員』さんの仕事らしい。配送員ってすごい。
「でも、でも、そんなのダメだよ」
「ダメ?」
「だって人に理由なく高価なものをもらっちゃダメだって、パパがいってた」
「へえ」
どうやらミリルはパパにいい教育を受けてきたようだ。
「でもそうね、理由があればいいのね」
「理由?」
「そうよ。寝るまであと3時間あるから、ミリル、あなた」
わたしはレジの後ろに貼ってあるポスターを指差した。
アルバイト募集中(時給1100円、深夜割り増し)ポスターである。
「ファミマの店員になりなさい」
* * *
ファミマのアルバイトの最初のお仕事。
それはお掃除だ。
「床を『ワックス』でピカピカにするのよ」
1年に1回もお客様が来ない店だから、塩ビ樹脂の床にはほこりが積もっている。わたし一人でお掃除するのも大変だと思っていたところだ。だからミリルにグレーの店員エプロンを着せて、お掃除してもらった。
「はっ、はっ、はっ!」
ミリルは汗水たらしてモップがけをがんばっている。
ワックスをつけたモップを軸に、店中をタッタと走り回っている。その動きはスムーズで、正直、わたしなんかよりずっとうまい。たぶん家で家事をたくさん手伝っていたのだろう。
つまり即戦力アルバイトだ。
「はー、『ワックス』ってすごいんだね、ファミィ!」
ぐっと汗をぬぐうミリルは本当に楽しそうだった。
「次はレジね。ミリル、算数はできる?」
「うん、お父さんに習ったよ」
さすが村長の一人娘だ。
「でもお客さんって、来るの?」
「わたしがお客様になるわ」
「え?」
わたしは店長だけど、久しぶりにお客様になりたい。
なにせ3才から10年間もフルタイムで店長として働いたから、えーと、給料はいくらだろう? 残業代を含めたらたぶん4千万円ぐらい貯金してる。わたし以外の店員ができたから、ついに、たまりにたまった給料が使えるのだ!
そんなわけで、どさどさどさ!
「はい、レジよろしく」
わたしは好物の『ちょっと固めのカラムーチョホットチリ味50グラム(ほどよいホットチリの辛味が後引く味わいです)』を在庫の20袋ぜんぶ、買い占めることにした。それとウイスキーも。
「あ、だめだよファミィ、子どもはお酒はだめ!」
「えー、いいじゃない」
わたしは実はお酒を飲んだこともある。
お店にあるものをすべて知るのは店長の義務なのです(いいわけ)。
「だめだよ、ほら!」
ミリルはレジの年齢確認ボタンを指差した。
そんな注意事項をもう覚えたらしい。なんて有能な店員だ。
「うー。久しぶりに飲みたいのにー」
ぐちりつつも喜ばしいので、代わりに子ども用シャンペンをもらった。
そんな感じで、わたしは久々にショッピングを楽しんだ。
「今度はミリルもお客様もしたい!!」
だんだんミリルにも欲が出てきたようだ。
わたしはもちろんファミマのエプロンをかぶって対応した。ミリルの購入品は500円のハンカチとファッション雑誌とちょっと大人の雑誌だ。
「あ。ミリルのえっちー」
「ち、ちがうよ、表紙がかわいかったからー!」
真っ赤になりつつ、ぽかぽかわたしを叩くミリルだった。
「それじゃミリル、おつかれ。バイトのお給料を渡すわ」
「わーい!」
とりあえずお金を給料袋(ファミマの封筒はたった200円で20枚も入っているのだ!)にどさどさ放り込んだ。ATMと金庫からもお金を取り出して入れたので、ぜんぶで100万円近く入っているはずだ。
「多いよ!?」
ミリルがつっこみを入れてきた。
「時給1050円で、3時間だから、えーと、3150円だよ!」
この子はかしこくて、通貨と時給の概念もすぐに覚えてしまった。
「ちがうわ。深夜割増があるもの」
わたしはアルバイト募集のポスターを指さした。
時給1050円、深夜割増あり――確かにそう書いてある。
「深夜なの? まだ7時だよ?」
「夜ご飯が終わったから深夜よ!(※異世界基準です。実際の条件とは異なります)」
「そっかー」
「そして深夜割増は300倍よ!(※異世界基準です。実際の条件とは異なります)」
「深夜割増ってすごーい!!」
そんなわけでミリルに3時間のバイト代94万5千円を渡した。
これでアルプスの天然水でもリポビタンDでも買い放題だ。
「すごいね、ファミマのバイトって、すごいんだね!」
「ええ、バイトはすごいのよ!(※異世界基準です以下略)」
ミリルもお水を村に持ち帰れそうで、ほくほく笑顔だ。
「これでパパの悩みもなくなるかな?」
「そうだといいけど」
井戸が枯れた、と言っているのは気になった。
いくら数を渡したところで、村人の数によってはすぐ使い果たしてしまう。
「枯れた原因はなんなの?」
「パパはドラゴンの呪いだって、言うの」
「ドラゴンねえ」
伝説の存在だ。
わたしはもちろんドラゴンとは会ったことがない。でも週刊少年ジャンプとか週刊少年サンデーとか週刊少年マガジンに出てくるドラゴンには、いい竜とわるい竜がいる。わるい竜が井戸を枯らしたのだろうか。
だとしたら――。
「あ、でも、だいじょうぶだよ、ファミィ!」
わたしが深刻な表情をしたのを見てミリルが慌てた。
「パパは『王立騎士団に討伐を依頼した、これで』って言ってたもん!」
「ふーん。騎士団ってつよいのかしら」
マンガに出てくる騎士団にも、強いのと弱いのとがいる。
シドニアの騎士とか、名前からしてすっごく強そうだ。
「すっごく強くてかっこいいから、大丈夫だよ!」
「すっごく不安になるわ……」
などと言いながらも夜は更けていく。
わたしは仮眠室にミリルを案内して二人ぶんの毛布を用意した。
あとお夜食に『亀田 ハッピーターン甘酸っぱいレモン味』も用意した。ハッピーパウダーをベースにレモンのパウダーを加え、甘さと酸味が合わさり、絶妙な『初恋の甘酸っぱい味わい』を表現しました。とある。
「初恋のあじ?」
「ほら、あれ」
えっちな雑誌の表紙を指差すとミリルは『あうー』と恥ずかしそうだ。
「いじわる! いじわる!」
「あはははは」
そんなこんなで、ずっと喋ってたら。
いつのまにかわたしたちは、ふたりとも眠りについていた。
ハッピーターンの味みたいに、ハッピーな一日だった。
* * *
翌朝の早く。
アルプスの天然水1万本はさすがに届かず、100本だけだったけど、ミリルには全部を持って帰ってもらうことにした。ファミマの台車は頑丈で使いやすいから、女の子でも100本ぐらいは運べるのだ(※個人差があります)。
そしてわたしとミリルは台車を運ぶことにした――のだけれど。
「うう」
ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみまー♪
ファミマのメロディが何度も鳴る。自動ドアが何度も開いては閉まる。
ミリルが入口に立ち止まって動かないからである。
「なにしてるの、早くいきましょ、ミリル」
「ほんとに……ほんとに、いくの?」
ミリルはしゅんとうなだれている。
どうやらファミマから動きたくないようだった。
「心配しないで、パパには一緒に謝ってあげるから」
「でも、そしたら、ファミィはファミマに帰っちゃうんでしょ?」
「それはまあね」
わたしはファミマの店長だ。
この店を長く離れるわけにはいかないのだ。
店長は店を守るものだと、ファミマのマニュアルにも書いてある。
するとミリルの目尻のじわりと涙が滲んだ。
「やだ、やだよう。ファミィも一緒にいて!」
「こら。ファミマの店員はわがまま言っちゃいけないの」
「うー、うー」
ミリルはじたばたしてまだ動こうとしない。
「そうだ! わたし、ファミマの店員だから! ずっとここにいなきゃ!」
「だめ。あいにくシフトは埋まってるのよ」
「シフト!?」
ファミマのバイトはすごいけど、際限なく入れたりはしない。
「バイトは最大でも週1ぐらいしか入れないわ」
「ファミィ一人しかいないじゃん!」
「わたし一人いれば大丈夫」
だってお客様なんてミリル以外来ないし。
それに、ろーどーきじゅんほーというやつがある。
12才のミリルを親元から離してこき使うなんて許されないのだ。
「ミリル。ここにいると、パパとずっと会えないわよ」
「う……あう」
そのことを突かれるとミリルは弱いようだ。
「で、でも……パパは私のことなんて……きらいになったかも……」
「そんなわけないでしょ」
「でもでも、わがままで、家出して……私なんか」
まだ抵抗するミリル。
あーもう、しかたない。
『ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみま♪』
わたしはファミマのメロディを口ずさんだ。すると魔法の効果が出た。ファミマの『監視カメラ』が起動した。ファミマの防犯設備は万全で、あやしい奴はカメラで必ず監視しているのだ。
レジの中のテレビに監視カメラの映像が映し出される。
何人もの大人が、森の中を必死な表情で探索していた。
その先頭には。
『ミリルー! ミリルーーーッ!! どこだーーーーーーーーっ!!!』
一番必死な表情で、先頭に立つおじさん。
草で足が切れるのも気にせず森をかき分けている。
「パパ……」
ミリルはパパの顔に見入っている。
「ミリル。あなたはファミリーマートの店員でしょ」
わたしはミリルの頭を撫でてから、視線を合わせた。
「ファミリーマート、それは家族のお店。つまり」
ディスプレイの中のパパを指さしてわたしは言った。
「今度は家族といっしょに、買い物にいらっしゃい」
ミリルはしばらくわたしをじっと見つめていた。
やがて、こくり。
小さくうなずいてから、とびきりの笑顔を浮かべてみせた。
「さすがミリルね」
「え?」
「ファミマのアルバイトとして、恥ずかしくない笑顔よ」
えへへと恥ずかしげに笑うミリルだった。
* * *
そして1週間がたった。
ミリルはもちろん無事に家族のところに帰り(泣いてお礼を言われた)わたしはファミマ店長に戻っていた。塩ビ樹脂の床に寝転んで、週刊少年ジャンプでついに連載が再開された『ハンター×ハンター』を読む日々だ。
商品チェックは店長の重要な仕事だ。
今回はちょうど家族の大切さを学べる回だった。殺し屋家族だけど。
「家族、家族かあ」
読み終えて、わたしは天井を見た。
蛍光灯の光る天井は、白く輝いていて、わたしの顔だけを映している。
「ミリル、元気にしてるかなー」
ひとりごとをつぶやく。
絶対すぐにお店に行くとミリルは行ったけど、1週間経っても来ない。いやまだ1週間だけど。でもミリルの好物だった『スーパー大麦 梅ゆかり(税込120円)』の賞味期限は2日で、廃棄になる前にわたしが食べなきゃいけなかった。
そんなことはどうでもよくて。
つまるところ――わたしはちょっと、さみしいのだ。
「あーあ、ミリル、いいなあ」
ミリルにはえらそうに語ったけど。
わたしは実は、家族なんて本でしか知らない。
そういう意味ではミリルがはじめての友達で、はじめての家族だ。ミリルがずっとここにいてくれるなら、その方がよかった。でも――でも、本当の家族がいるなら、ミリルがいるべき場所はここではないのだ。
それにわたしはファミマの店長。
どんなにつらいことでも――具体的にはお客様が来なくても――我慢するのだ。
「ま、大丈夫、お店に来るって約束したもん」
いくらなんでも1週間は早すぎるだろう。
そんなわけでわたしは店長のお仕事、モップがけを開始した。
そして3ヶ月が経った。
ミリルはまだ来ない。
「なんでー!?」
わたしは怒っていた。
ハンター×ハンターの連載が再開2ヶ月ですぐ休載してしまったからだ。
じゃなくて!
「約束したのに、ミリル、なんでこないの!?」
またのご来店をお待ちしておりますって言ったのに。ミリルのパパの長老にも『北海道産練乳のいちご氷』がタダで食べられるクーポン券(使用期限は20日です)を渡してあげたのに。
とっくに期限切れじゃないか!
「うー、うー」
ミリルに会いたい。
せっかくミリルが好きそうなちょっとエッチな雑誌も出たのだ。
なんとか会いに行かないと――でも店長的には店を離れるわけには――。
「あ……そうだっ! 宅配だ!」
わたしはがそごそとチラシを取り出した。
『コンビニエンスストアの店頭にある商品を届けると同時に高齢者の安否確認も実施する。高齢化が進むなか、コンビニと弁当宅配のインフラを使い事業領域を拡大し、3年後に全国約3000店にサービス網を広げる』とある。
とにかく重要なのは弁当宅配も業務だということだ。
さいわいミリルのパパは村長。
村長といえばけっこうな高齢者。
つまり宅配サービスを利用してもなんの問題もないのだ!
「よーし、お弁当のお届けと安否確認よ!」
わたしはミリルの好物の『梅ゆかり』と『フィナンツェ』それから村長さんへのお土産にお酒コーナーで『サントリー角瓶』を取り出して、台車にのせた。ほんとは配送トラックを使いたいけど、あいにくわたしは13歳だから運転できない。
でもそんなことはどうだっていい
「ファミマ宅配サービス、しゅっぱーつ!」
わたしは台車を蹴ってミリルの村に向かった。
「ふぁみふぁみふぁみ♪」
ファミマのメロディに爽快感あふれるアレンジを施して歌う。
するとファミマの配送トラック並みの速度が出た。
ミリル、また一緒にお話ししましょう!
「ふぁみふぁみ――」
そのときだった。
『オオオオオオオオオオオウウウウウウウウウゥゥゥゥゥ!』
ファミマのメロディをかき消すかのごとき轟音が空から鳴り響いた。
わたしは慌ててキキっと止まった。そして見上げた。
「え」
青い空に舞っていたもの、それはドラゴンだ。
まるで漫画で見た神龍みたいにとんでもなく大きなドラゴンだ。
ドラゴンは一度旋回してから、ゆうゆうとわたしの進行方向に向かっていった。
ミリルの村の方向だ。
わたしのうなじに汗がたらりと垂れた。
『井戸が枯れた原因はなんなの?』
『パパはドラゴンの呪いだって、言うの』
わたしは舌打ちをした。
「呪いじゃなくて、あれ、ほんものじゃないの!」
* * *
急いで村につくと、既に焼け落ちていた。
ドラゴンにやられたらしかった。
「なあああああああああああああああっ!?」
でも落ち着けわたし、人間が見えないぞ。ミリルはどこ!
「ふぁみふぁみふぁみ!」
わたしは即座にファミマのメロディを口ずさんで、空中から『カラーボール』を取り出した。ファミマのカラーボールは、もし強盗とかが来た時のために用意された。これをぶつけることで相手を追跡可能なのだ。
問題があるとすれば、ここにミリルがおらず、ボールをぶつけられないことだ。
だめじゃん!
「あーもう、ふぁみふぁみまーっ!!」
わたしはもう一回、ファミ魔法を使う。
ファミマの店長はアルバイトの安否確認のため緊急連絡が可能だ。
ミリルには休憩室にあった携帯をもたせたので追跡も可能なのだ!
「あっちね! ふぁみふぁみふぁみーっ!」
わたしはメロディを口ずさんでファミマのトラックを呼び出した。ドスウウウン! 配送用の小型トラックが村の広場に激突した。わたしは13才で運転してはいけないのだけどよく考えたら店長だからオッケーだ!(※よくないです)
とにかくわたしはトラックを走らせた。
そして――。
「あそこだ!」
荒野に人がいた。
みんな着の身着のままで逃げている。服が燃え焦げている人もいる。
その先頭では見知った顔――ミリルじゃなく村長が、いた。
「ちょっと! 何があったの!?」
わたしはキキっとトラックを村人のそばに止めて窓を開けた。
すぐにミリルのパパ、村長がわたしに気付いて、驚きの表情を浮かべた。
「きみは……あのときのファミマの!? ってなんだその乗り物!?」
「そんなのどうだっていい! 村長、何があったの、ミリルはどこ!」
村長はつらそうな表情を浮かべた。
「ミリルは……村がドラゴンに襲われて……行方が、わからない……」
「わからない!?」
なにいってるんだこのおっさん!
「わからないってなによ! あなたミリルの家族でしょ! 娘でしょ!」
「…………っ」
「なんで必死で探さないのよ! 迷子のときみたいに!」
村長はぎりりと歯を噛み締めた。
そして――ゆっくりと首を横に振った。
「あれは王立騎士団ですら一蹴された、伝説のドラゴン……大災害なのだ」
つらそうな、しかし決意に満ちた声だった。
噛み締めた唇から、血がたらりと流れ落ちていた。
「私は村長だ……村の皆を、皆を、災害から避難させねばならんのだ」
「そんなことしてる場合じゃないでしょ!? あなたの娘でしょ!?」
わたしは叫んだ。
ミリルを見捨てるっていうの、ありえない!
「そうだ、娘だ。だが私にとって」
村長はぐるりとあたりを見回した。
「村の皆も、ミリルと同じぐらいに、大事な家族なのだ」
わたしはしばらく黙っていた。
怒りのあまり声が出なかった。
村長への怒りじゃない。こんなに、こんなに家族思いの村長に、こんなひどい決意をさせてしまった大災害への――ドラゴンへの怒りだった。ふざけるな。そんなのない。家族を助けるために、家族を見捨てさせるなんて。
そんなの、そんなの、そんなの――っ!
そのときだった。
『オオオオオオオオウウウウウウウウウゥゥゥゥゥ!』
大空から轟音が響いた。
ドラゴンだ。
同時にわたしたちは驚愕した。
その爪に人間の子どもが、ぶら下がっているのだ。
白い服を着た金髪の女の子だ。遠くだけど見間違えようもなかった。
「ミリル!?」
村長が空を見上げ、絶望の声をあげていた。
「そんな! ミリル、ミリルーーーーッ!」
さっきまでの冷静な様子はどこへか、村長は感情丸出しで叫んでいた。
『オオオオウゥゥゥ』
そのときドラゴンがこちらに振り向いた。村長の声に反応したかのようだ。
ドラゴンが口をコオっと開けた。漫画で見た炎の息の前兆だった。村を焼き尽くした灼熱のブレスがごおおおううううと放たれた。呆然と見上げる村長、村のみな。そしてわたしは――怒っていた。
ふざけるな。
ふざけるな。
ふざけるな――こんな、ドラゴンなんかがっ!
「わたしの家族を!! 傷つけるなーーーーーーーーっ!!!!」
わたしは全力で口ずさむ。その魔法のメロディを。
「ふぁみふぁみふぁみーーーーーーーっ!!!」
直後、灼熱のブレスと村人たちの間に、銀色の物体が出現した。
これがファミマの業務用冷凍庫だ。
ゴオオウウウウウウウウゥゥゥゥゥ! 灼熱のブレスがその冷凍庫に直撃し、わたしの店舗の『森永製菓 アイスBOX グレープフルーツ味(99円)およびハーゲンダッツ・ミニカップ各種(266円)』が一気に溶ける。あああもったいないもったいない!
でも人命が優先だ!
『――――――――グオ!?』
ドラゴンが怪訝そうに表情を歪めた。
ブレスがファミマのアイスバリアにより防がれたためだろう。
そのためか爪が緩み、ミリルがその爪から落ちそうになった。
つまり――チャンスだ!
「ふぁみふぁみまー!!」
魔法のメロディを叫ぶと、空に白と緑のファミマストライプの機体が出現した。
ヘリコプターである。
かの西日本豪雨でも活躍したファミマの緊急配送ヘリコプターだ。空の物流の王様だ。わたしはそのヘリコプターに飛び乗って、いちばん大切な物流を行った。すなわち、要救助者の救助である。
「ミリルーーーーーっ!!!!」
空中からゆっくり落ちてくるミリルを、操縦席から身を乗り出して助ける。
「ファミィ!?」
ヘリコプターのドアからミリルをがっちりとキャッチ。
どうだ! これがファミマのヘリコプターの力だ!
ドラゴンだろうが大災害だろうが、ファミマは負けないのだ!!
「ミリル、ミリル、無事!? けがはない!?」
「う、うん、だいじょうぶ……だいじょうぶだけど」
ミリルはヘリコプターの中を見回して目を白黒させている。
が、窓の外にぎょろりと光るドラゴンの目を見ると。
「ファミィ! 逃げないと!」
「逃げる? なんで?」
「えっ」
わたしは不敵に笑った。
なぜならファミマの店長は、お客様の前ではいつも笑うものだからだ。
「ミリル、このヘリの操縦お願い」
「えええっ!? 無理だよできないよ!?」
「ファミマのアルバイターでしょ!」
「ファミマのアルバイターはヘリコプターの操縦なんかできないよ!?」
「メロディを口ずさめば操縦できるわ!」
「そういう原理で動いてるのコレ!?」
ミリルに任せてわたしはヘリの外へ。回るローターをよけてその上に立った。ドラゴンは相変わらず怪訝そうな表情で、わたしとファミマのヘリコプターを見つめている。ふふん驚いてるな、わたしのファミマの力に!
『グ』
「よりにもよってミリルをさらうなんて。あなた、ぜーったい、許さないから」
『グ、ガガガ』
ドラゴンが笑うように咆哮をあげた。
『カ弱キ人ヨ、定命ノモノヨ――余ニ歯向カウカ』
あれ、こいつ喋れたのか。いやそれより。
こいつバカにしてきたぞ。このファミィを。
ちょっと許せないな。
「もっちろん」
わたしは持ってきたネームプレート『ファミィ』をつけてにやりと笑った。
「このわたしが、ファミマの店長が」
びしっとドラゴンを指差す。
「ドラゴンごときに負けるもんですか!!」
『愚カナリ』
ブゥゥゥゥゥン! ドラゴンの巨大なかぎ爪がファミマのヘリコプターに振るわれた。化石を思わせるほどに古く、それでいていかなる刃物よりも鋭い、暴力そのもの。わたしはそのかぎ爪を――!
「ふぁみふぁみふぁみーーーーーっ!」
ガギィィィィィィィン!
わたしはファミマ看板アタックを放った。
ファミマの看板を野球バットのごとく振り抜き、爪を打ち払う技だ。
『グガァァァ!?』
ファミマの看板は無敵だ。雨でも風でも台風でも地震でも変わらず、緑と白の優しいストライプカラーで皆様に光を届ける、まちのランドマークだ。ドラゴンの爪ごときで――折れるもんか!!
「ファミィ、その理屈ちょっとおかしくない!?」
ミリルが冷静にツッコミを入れているがわたしには聞こえない。
ドラゴンがひるんだ、今がチャンスだ!
「ふぁみふぁみまああああああああっ!!!!」
ガギィィィン、ガギィィィン、ファミガギオオオオン! ファミコン風の効果音と共にわたしはドラゴンと打ち合う。でもドラゴンもなかなか空から落ちない。ていうかドラゴンが体制を立て直してきた。
くそ、ファミマ看板アタックがドラゴンに効かないなんて!!
「あたりまえだと思う……」
「ミリルも応援してよ、あーもう!!」
『愚カナリ。愚カナリ、矮小ナルモノヨ』
矮小ってうるさい。
いくら自分がおっきいからって。
『卑小ニシテ矮小ナルモノヨ、ナゼ抵抗スル?』
あーもう怒った! 本気出すぞ!
「わたしは小さいけどね! ファミマはおっきいわよ!」
わたしはバッと手を上げた。復刻版ドラゴンボールの元気玉風だ。
『グ?』
「ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみまーーーーっ!!」
メロディを叫ぶと、ドラゴンの頭上に巨大ビルが落ちてきた。
ビルである。
『オオオオ!?』
正確にいうと東京都豊島区東池袋にあるサンシャイン60である。
『オオオオオウウウウウ!?』
「くらえ、ファミマ本部アタックだーーーーっ!」
ファミマの本部は2018年7月現在、池袋サンシャイン60にある。その名のとおり60階建てで、かつてアジアで最も高かった、美しき立方体を持つサンシャイン60の質量はドラゴンごときを遥かに上回る。
つまり何が言いたいかと言うと。
ファミマは、ドラゴンより巨大で、偉大なのだ!!
『オオオオオオオオウウウウゥゥゥゥゥゥ!?』
どごずごおおおおおおおおん!!!!
サンシャイン60がドラゴンに直撃――は、しなかった。
直前でドラゴンが翼を動かして、よけたのである。
サンシャイン60は地面に無事着地した。
『バカナ――ナンダイマノハ!?』
ドラゴンが声を上げながら地上に落ちたビルを見た。
「あら、よそ見していていいの?」
『ナニ』
わたしの声にドラゴンが空を見上げた。するとそこにはふたつめのビルがあった。ファミマの本部は2018年5月に竣工する「msb Tamachi 田町ステーションタワーS」(所在地:東京都港区芝浦三丁目118番8他)に移転する予定なのだ。
つまり――あのビルは、ファミマ本部も同然!
ファミマ本部アタックは、新旧ビルの二段構えの必殺技なのだ!
どぐしゃああああああああああん!!
東京を受け入れるゲートの役割を果たす(予定)ビルが今度こそ直撃した。
「見たか! ファミマの勝利よ!!」
「ファミマってなんだっけ……ふぁみふぁみまー♪」
ミリルはうまくメロディでヘリコプターを操縦しているようだ。
ふはは、二連ファミマ本部アタックでドラゴンはひとたまりもあるまい!
『オオオオオオオオオウウウウウウウウ!!!!!!!』
だがふつーに生きていた。
田町ステーションタワーSの巻き添えで地上に落ちたドラゴンは、叫び声とともに再びガレキの山から飛び上がってきた。あーもう、しつこいったらありゃしない。まったくドラゴンってのは非常識ね!!
「ファミィだけには非常識って言われたくないと思う」
ミリルはツッコミ上手になりつつある。
『キサマ! 許サヌ!! 人ノ子ゴトキガ、我ヲ地ニ!!!』
「ふん。許さないからどーするのよ」
ドラゴンがふたたび咆哮を上げた。すると空が赤く染まった。見上げると無数の燃える物体が地上に落ちてこようとしていた――ひとつひとつは池袋サンシャイン60より小さいがその数は数百個以上。
天から降り注ぐ流星群。
かつて世界を滅ぼした魔法、隕石(メテオ)か。
『知ルガヨイ――竜トハ、大空ヨリスベテヲ破壊スルモノナリ!!』
「ふん」
わたしは鼻で笑った。あれがドラゴンの奥の手か。
ふん、笑わせるな。
あのぐらい――ファミマの店長でもできる!
わたしは再び手を天に掲げて最後のメロディを叫んだ。
「ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみま、ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみまー!!!!」
フルでメロディを歌い尽くすと、奇跡が起こった。
わたしたちの頭上にも、竜の頭上と同様に、無数の物体が現れたのだ。
ドラゴンの瞳が驚愕に見開いた。
『隕石(メテオ)ダト!?』
「はん。そんなもんじゃないわ。よく見なさい」
わたしが指さしたその先にあったものは――白と緑のストライプの物体。
すなわちファミリーマート、そのものである。
『オオオオ!?』
大小さまざまな形状のファミリーマート。一戸建てファミマ、ビルのテナントのファミマ、財務省本庁のファミマ、東京都大田区馬込(作者地元)のファミマ、ありとあらゆるファミマ店舗が、隕石のごとくドラゴンに降り注ぐ。
その数、国内合計16,868店舗(2018年6月30日時点)。
そのうえファミマは隕石とは違ってコントロールも抜群だ。
本部のマーケティングが着陸地点(出店地点)を制御しているのだ。
「これがファミマ店長の超必殺技――『ファミマ流星群』よ!」
どごごごごごごごごごおおおおうううううううう!!!
16,868店舗のファミマが、正確にドラゴンを迎撃した。数百は隕石にあたり、残りのファミマすべてがドラゴンに降った。ひとつひとつは本部ビル(サンシャイン60)より小さいけれど、すべてを合わせたその力は、偉大そのもの。
1万を超える全国店舗。
それが、まさしくファミマの力の源なのだ!!
『オオオオオウウウウウウウウウウウウウウウウ!?』
コンビニ流星群を受け、悲鳴をあげ、空から落ちるドラゴン。
『バカナ、アリエン、アリエン、アリエン、コンナアアアアアアア!!』
ドラゴンの嘆きの声が聞こえた。
長い長い、断末魔の悲鳴だった。
『バカ……ナ……ナゼ……ナゼ……コンナ……』
わたしはそのドラゴンが、ちょっとだけかわいそうになった。
だからのために、なぜこんなことが起こったか、理由を教えてあげることにした。
「ドラゴン。あなたが負けた理由は、たったひとつ」
わたしはファミマのヘリの上で、人差し指をぴんと立てる。
この空より落ちてきたファミマ店舗は、わたしの家族だ。
そしてドラゴンの隕石はそうではなかった。
つまり――わたしはこの世の真理を、ドラゴンに告げる。
「あなたには家族(ファミリー)がいなかった――それだけよ」
数秒ほどの間があった。
ドラゴンは『理解デキヌ』といった感じで地上に落ち、目を閉じる。その巨体はシュウシュウと煙をあげて溶けてゆく。やがて残ったのは、ファミマ流星群の店舗と、サンシャイン60と、田町ステーションタワーSだけだった。
呆然としていたミリルがハッと気付いた様子になった。
「あ……そういえばパパ達は!?」
「大丈夫、ファミマの店舗の出店先は正確無比よ」
ヘリから見下ろすと村人たちは全員無事で、わたしたちを見上げていた。やがてひとりがひざまずいて、何かを歌いだした。ファミマのメロディだ。わたしの歌が、地上にまで届いていたのだろう。
ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみまー。
ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみまー。
メロディは大合唱になり天と地の間に響き渡る。
そのメロディを聞きながら、ミリルはぽつりとつぶやく。
「ファミマって……いったい、なんなの……?」
もっともな疑問だ。
「ファミリーマート、それは」
わたしは即座に答えた。
「株式会社ファミリーマート (英: FamilyMart Co.,Ltd.)は、日本のコンビニエンスストア (CVS) フランチャイザーである。東証1部などに上場されている大手流通企業、ユニー・ファミリーマートホールディングスの子会社よ」
10秒ほどの間があってから、ミリルが叫んだ。
「そういうこと聞いてるんじゃないよーーーーーーっ!!?」
――この日、ファミマの店長は、ドラゴンスレイヤーになった。
* * *
後日談。
あれから毎日、ミリルはお店に来てくれるようになった。
つまり、めでたしめでたしだ。
「ファミィ、おはよー!」
週刊少年ジャンプのハンターハンターの再開(3ヶ月ぶり10回目)を喜んでいると、ファミマのメロディとともにミリルが入ってきた。毎朝9時がミリルのシフトの時間だ。ちなみに森の道中はファミマのセキュリティが監視しているから安全である。
「おはよー、ってなにその格好」
やけにヒラヒラのついた、まるでお姫様みたいな衣装だ。
ミリルは美少女だから似合うけど、仰々しすぎる。
お祭りかなにかだろうか?
「あははは……あのね、みんなに着せられたの」
照れながらミリルが言った。
「なんで?」
ミリルはちょっと言いにくそうにしてから。
「『ファミマの巫女』にふさわしい格好が必要なんだって」
「巫女? なにそれ」
「だってファミィは騎士団でも倒せなかったドラゴンを倒したんだよ」
「だから?」
「それに村のみんなを、救っちゃったでしょ」
たしかに救ったかもしれない。
わたしはファミマ本部にお願いして、配送先にミリルの村を追加してもらった。村の人達全員が生活できるだけの水と食べものが、毎日配給される。みんなの食の安全を物流で守ることこそ、ファミマの本来業務だ。
「それが何か?」
「あのね、そういうことするとね、神様だって信仰されちゃうんだよ」
そしてミリルはわたしの巫女、ということらしい。
「神って。わたしはナメック星人じゃないわ」
「ドラゴンボールなんて他の人は知らないよ」
ミリルもコンビニ本を呼んでいるので漫画に詳しくなっている。
じつによくできた、わたしの友達だ。
「それに……私だって、ファミィのこと、神様としか思えないよ」
「え、やめてよ」
「だってそれだけのことをしたんだもん」
と、ミリルは真剣な表情に戻った。
「ほんとは……こんな風に、軽い話ができる友達じゃないんじゃないか、って」
「たしかに友達ではないわね」
「えっ」
ぽかんと口を開けるミリル。こんな感じの家族が、わたしはずっと欲しかった。だからわたしは笑ってミリルに手を差し伸べる。何を言うべきか、少し考えて、すぐにぴったりの言葉を既に述べていたことに気付いた。
「ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみま♪」
わたしはファミマのメロディを一度口ずさんだ。
そして一番重要なスローガンをもう一度告げた。
『あなたの家族になりたい』
ファミリーマートの理念。
それは、お客様みんなと、家族になることなのだ。
「あなたとコンビに、ファミリーマート……ってね♪」
ミリルはしばらく黙っていたが、やがて。
「ふふふ」
わたしと同じように笑ってみせた。
ファミマ店員にふさわしい、満面の笑みだった。
「そうだね、コンビにだね! これからもよろしく、ファミィ!」
そしてわたしたちは、ファミマのメロディを口ずさんだ。
ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみま。
ふぁみふぁみふぁみ、ふぁみふぁみま。
それは大切な家族ができる、魔法のメロディなのだった。
(完)
ファミマのメロディの魔法の少女 ZAP @zap-88
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