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「あ、あのどうしてここに?」

「ヘンリー氏が、マックギニス侯爵家の従僕から聞き出した。そのあと列車で先回りをした」


 聞けばこの病院はケイヴォンから少し離れた街の外れに建てられており、列車も近くまで通っているとのことだった。

 人知れずコーディアを病院へ運ぶには馬車を使うしか方法はなく、ライルらは列車で先回りをしたと聞かせてくれた。


「さて、娘を誘拐してどうするつもりだったのか……。まあ聞くまでもないが」

 コーディアとライルがぼそぼそと話している傍ら、ヘンリーはローガンへの詰問を開始する。


「ぼ、僕は叔父上を救って差し上げようとしたんだ。可哀そうに、租界で騙されて偽物を本物の娘だと信じ込まされていた叔父上を」

「この期に及んでまだそんな馬鹿な話を持ち出すか。コーディアはどこからどうみても私と妻の娘だ。間違いない」

「そんな事実はどうでもいいんだよ!」

「そんなに私の財産が必要か」

「おまえ、侯爵家の生まれのくせに、侯爵家に尽くす気もないのか!」

「今まで散々おまえたちのしりぬぐいをしてきたがね。もうこれきりにすると、誓ったから最後に金を用立てたというのに。その言葉はどこへ行ったのやら」


「こっちだってそのつもりだったさ! ただ、事情が変わったんだ」

 ローガンは大きな声で喚いた。

「どうせ胡散臭い賭けに乗ったか、もしくは投資で失敗したんだろう」

「違う! 僕は優雅な侯爵家の人間として、名前を貸してやっただけだ」


 ローガンの言い訳にヘンリーは嘆息した。

「もういい。あとは警察も交えて部屋の中で話そうか」


 ヘンリーはそう言って病院で働く下男に責任者を呼ぶよう言いつけた。

「な、なんだって?」

 警察と聞いたローガンは顔色を無くした。

「少し長い話になるぞ、甥っ子殿。貴様にはほとほと愛想が尽きた」


◇◇◇


 それから二時間ほど時間が経ったところで病院に現マックギニス侯爵、エイブラムが夫人と共に到着をした。部屋の中にはヘンリーと一緒に同行した警察の人間もいる。

「おい、ヘンリー。ローガンを警察につき出すとはいったいどういうことだ?」

「ローガン、お母様たちが来たからにはもう安心ですからね! ちょっとヘンリーあなた、一体どれだけ我が家に迷惑をかける気ですか!」

 夫妻はそれぞれ開口一番にヘンリーに向かって叫んだ。


 コーディアにとっては初めての伯父夫婦との対面である。金切り声をあげる婦人の剣幕に肩を小さく竦ませたが、すぐに察知した隣のライルによって引き寄せられた。

 彼との距離が近くてそれもさっきから落ち着かない。


「そのままの意味だ。我が甥は娘を誘拐した」

「誘拐なんてしていないね。そもそもそっちから訪ねてきたんだ」

「その後の行為についてはどう説明をする?」

 コーディアは薬をかがされ意識が無くなったところを屋敷から担ぎ出された。そこに本人の意思は少しも介入してはいない。


「それは、伯父上を助けようとしてあげたんだ。この娘は伯父上の本当の娘ではない!」

「まったく作り話でももう少しましなものを作れないものか。コーディアとミリーはそっくりだろうに」

「そんなことはどうでもいいんだ! 僕の話と租界で騙された伯父上とじゃあ、みんな僕の主張を信じるに決まっている!」


 ヘンリーはそれ以上は追及せずに背後に控えていた彼の秘書のほうを振向いた。

 秘書は心得たように書類を取り出してヘンリーに手渡した。

「御託はいい。ここにローガン・マックギニスの廃嫡に関する要望書と承認書がある」


「なんだって」

 ローガン親子が顔色を変える。

「どういうことよ! わたくしのローガンを廃嫡にしようだなんて。よくもそんなことを言えたものね!」

「そちらこそ、長男の躾はしっかりとしておくべきだったな。大方の親族の同意は取り付けてある」


 ヘンリーは書類をぺらぺらとめくって同意書に書かれている名前を読み上げて行った。コーディアが初めて聞く名前だが、ヘンリーが読み上げた中には時折どこそこ男爵だとか子爵という名前もあって、それらの名前が出るたびに親子の顔は蒼白になっていった。


「貴様……いつのまに」

「ローガンのこれまでの所業と現在の借金の額、また領地の収支に関する書類を突きつけたら皆、やむなしと同意を示した」

「領地の収支だと?」

 エイブラムが眉を顰める。

「わたくしのローガンが何をしたというの? これは陰謀だわ!」

 伯母が金切り声をあげた。

 ローガンは一言も発しない。


「兄上もグルだと思っていたんですがね。領地から上がる収入と、税金と……、まあ収支が合わないので調べていたんです。ずいぶんと前から」

「こ、こんなのでっち上げだ! 書類を寄越せ!」


 ローガンが突如立ち上がる。その体が小刻みに震えている。

コーディアは話に付いて行けずに目を白黒させるが、とても会話に割り込める空気ではない。

 隣のライルに目をやると彼は険しい顔をしている。

 ローガンがヘンリーのことを掴もうとするが、ヘンリーは逆に彼の腕を捉えた。


「すでに証拠書類は提出済みだし、廃嫡も承認されている。おまえが今更喚いても覆らない」

「僕以外に誰が侯爵家を継ぐっていうんだ!」

「おまえ以外にスペアとなりえる人間はいくらでもいるさ。ともかく、領地での傍若無人な振る舞いも耳に入っているし、借金のこともある。おまえに次代を任せたら代々続いた侯爵家がとんでもないことになる。おまけに私の娘にまで手出しをした。金目当てにしても悪質すぎる。おまえに引導を渡すのも伯父としての役目だ」


「なにを勝手なことを! ねえ、父上も何か言ってください」

 ローガンはエイブラムに助けを請うた。

「そ、そうよ、あなた。こんなの横暴だわ!」

 侯爵夫人のエリーゼも同調する。

「おい、ヘンリー。いくらなんでも……」

「証拠は全て警察と王宮の役人に渡してある。ローガンの廃嫡と逮捕は免れませんよ、兄上」


 ヘンリーは兄の行動を制する。

 弟の台詞を聞いた侯爵は動きを止めた。

 逮捕と聞かされたローガンも一瞬制止したがもう一度暴れ出す。

 しかし、ヘンリーに掴まれた腕はびくともしない。


「私も一応マックギニス侯爵家には責任というものがありますからね。領民のためにもここで膿を出しきっておくことが私の仕事だと思った次第ですよ」

 ヘンリーはそう言って話を締めくくった。


 その後コーディアはライルと共にケイヴォンのデインズデール家へ帰ることになった。

 深夜にもかかわらず玄関広間まで出迎えてくれたエイリッシュは涙を浮かべてコーディアを抱きしめた。

 それからしっかりとお説教もされた。

 心配させてしまったことは事実なのでここでもコーディアは素直に謝った。

どういうわけかライルはずっとコーディアから離れてくれなくて、自分の寝室に戻っても彼のぬくもりが体に染み込んでいるようで困ってしまった。


 困ったのにどうしようもなく胸の奥がざわざわした。

 彼のぬくもりが心地よかった。

 ライルに触れられていると、とても安心したのだ。彼になら触られても平気だった。


 ライルは、コーディアのことをどう思っているのだろう。

 今回の騒動で、やっぱり面倒な家の娘なんて嫁にしておけないと思っただろうか。

 コーディアは寝台の中でなかなか寝付くことができなかった。


◇◇◇


 世間を騒がせていたヘンリー・マックギニスを取り巻く騒動はあっけなく終幕した。

 その後新聞に掲載されたマックギニス家の騒動の印象が強かったからだ。

 これまでの記事はすべてコーディアの受け取る予定の財産をわがものにしようとしたローガンが書かせた嘘八百のでたらめで、彼はそのほかの犯罪により収監されることになったことが新聞に掲載され、世間を騒がせた。ヘンリー親子は完全なる被害者であることが周知されたためで、逆に世間では財産目当てで標的にされたコーディアに同情が集まっている。


 ローガンの爵位の継承権は放棄させられた。領地からの収支の数字を改ざんしていたのだ。

これについては厳しい処罰が下され、マックギニス侯爵家はその領地のいくつかを国に没収されることになり、また監督責任を負わされた現侯爵夫妻であるエイブラムとエリーゼは隠居を余儀なくされた。今後は社交界に顔を出すこともなく領地の奥でひっそりと暮らすことになるだろうとライルから聞かされたコーディアである。

 今後のマックギニス侯爵家はヘンリーが目付け役となり、ローガンの弟クーレルが後を継ぐことになるという。

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