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◇◇◇
その日めずらしくコーディアは何も予定が入っておらずに朝食後、自室でのんびり過ごしていた。
屋敷の図書室で見繕ってきた本の項をめくっていると扉を叩く音が聞こえ、入室を許可するとメイヤーが入ってきた。
「コーディア様に届け物でございます。マックギニス卿の事務所宛に届けられたものが転送されてきました。お嬢様宛とのことです」
メイヤーが小包を机の上に置いた。
コーディアは彼女の側に近づいた。
「開けてもよろしいでしょうか?」
コーディアが頷いたあとメイヤーは手際よく小包を空けていく。
中から現れたものをみてコーディアは息を飲んだ。
ふわりと異国の香りが鼻先にただよった。
「みんなからの手紙……」
それからのコーディアは無心で手紙を読みふけった。
手紙はアーヴィラ女子寄宿学校全員からの手紙だった。生徒に加えて教師たちからの手紙もある。
『親愛なるコーディへ
あなたが出航してもう三週間。同室のあなたがいなくなってわたし寂しすぎよ。あなたは今頃海の上かしら。ああでも、この手紙があなたの元に届くころ、あなたはもうインデルクで生活をしている頃よね。もう、ディルディーア大陸ってば遠すぎ。もっと魔法とかで簡単に行けたらいいのに。そういえば魔法のじゅうたんが登場する昔話がどこかの国にあったっけ。それはそうと、あなたに代わってわたしがアドリーの絵本係を買って出たんだけど、どうにもアドリー的にはダメダメだったみたい。一日目でご機嫌斜めになっちゃった。あの子、コーディのことお母さんのように慕っていたしね。毎日コーディ宛てに手紙を書いているのよ。おかげで嫌いだった単語の綴りの練習も頑張っていて先生も感心していたくらい。とと、話題がそれちゃった……』
ディークシャーナの手紙はとにかく長かった。たっぷり便箋十枚分のそれを読んでから次にアドリーヌからの手紙を探す。
『コーディおねえさまへ
いつも絵本を読んでくださるコーディおねえさまが学校からいなくなってしまってアドリーはさみしいわ。それにもうおねえさまと一緒にねむることもできないのね。試しにシャーナおねえさまと寝てみたけど、シャーナおねえさまってば寝相が悪くて大変だったわ。ねえ、コーディおねえさま。早く帰ってきてね。アドリーはさみしいわ』
「もう、アドリーったら」
幼いアドリーヌはまだコーディアが学校をやめたことを理解していないのかもしれない。もしくはそれでもコーディアに帰ってきてほしいのか。
寄宿学校で一番小さなアドリーヌは母を亡くしている。ムナガルには父に連れられてやってきた。幼い彼女を遠い地に残して赴任することを彼女の父が厭ったからだ。
コーディアはそれから残りの手紙を読み進めた。
どれも暖かな文面だった。
コーディアの新しい生活を気遣ってくれている。心の中がじんわりと暖かくなる。
みんなに会いたい。
手紙の中には、最後に寄宿舎の人間全員で撮った写真も同封されていた。
現像するのに時間がかかるためコーディアの船の出発には間に合わなかったのだ。
みんな笑顔だった。
普段は厳しい顔をしているメンデス学長だけが神妙な顔をしている。
コーディアの頬を涙が伝った。
みるみるうちに視界がぼやけていく。涙の粒はぽろぽろとコーディアの瞳からあふれてくる。
「帰りたい……」
このタイミングでこんな手紙が届くなんて反則すぎる。
だって、インデルクはムナガルに比べてずっと寒くて、曇り空も多くて人々はつんと澄ましているしコーディアのことを遠い異国育ちだと馬鹿にする。友達付き合いだって本音を隠してばかりだし、婚約者は怖いし、いいことなんてひとつもなかった。
「帰りたいよ……。もう、やだ……こんなところ」
◇◇◇
ライルは珍しく仕事を早く切り上げた。
あらかじめエイブに調べさせていた店で女性の好みそうなひざ掛けや肩掛けを見繕って馬車に乗った。
寒さに耐性の無いであろうコーディアへの贈り物だった。渡すついでにコーディアと話ができればと思う。
それから今度はちゃんとコーディアの興味のあるところに連れて行くと心に誓う。もう一度初めからやり直せば彼女はライルにも笑った顔を見せてくれるだろうか。
馬車での道中、ケイヴォン散策の誘い文句について頭の中で練習した。
屋敷へ戻るとライルはすぐに異変を感じ取った。
普段は主人の人目につかないよう気配を殺している使用人たちがざわついている。
「なにがあった?」
「すぐに聞いてまいります」
エイブが執事のストリングを探しに行った。
エイブが戻ってくる前にエイリッシュが先にライルの元へ駆け寄ってきた。
「大変なのよ、ライル! コーディアが、コーディアがどこかへ行ってしまったの」
エイリッシュは狼狽していた。
挨拶も何もなしに本題に入った。
まだ玄関広間だというのに。
「どこかってどこですか」
「それが分からないから慌てているんでしょう!」
「ただの散歩ではないのですか?」
ライルは自分に言い聞かせるように言った。
「今日はね、午後から散歩に行きたいっていうからメイヤーを付添させたんだけれど……彼女が少し目を離したときに公園から姿を消したというの」
「申し訳ございません、奥様。ライル様」
いつの間にかすぐそばに来ていたコーディア付きの侍女メイヤーが深く首を垂れた。
彼女はデインズデール侯爵家の家令ストリングの娘でもある。
小さなころから侍女として訓練を受けている優秀な使用人だ。
「少し目を離したすきにわたしの側から離れたようです。公園中を探したのですが、姿はなく、公園の外で辻馬車に乗る、似たような背格好の女性が目撃されてます」
ライルは眉間にしわを寄せた。
「ケイヴォンにあるマックギニス商会の事務所と卿の滞在しているホテルにはすでに問い合わせをしましたがコーディア様が立ち寄られた形跡はございませんでした」
メイヤーは事実を私情なしに報告した。
「それにいまヘンリーは商談か何かで不在なのよ。ああどうしまよう。どこに行ってしまったのかしらコーディアったら」
エイリッシュは泣きそうな顔をしている。落ち着かないらしく座りもしないで部屋の中を行ったり来たりしている。
要するにコーディアは自らの意思で姿を消したのか。
最近彼女と話したのはいつだったか。
確か図書室での会話が最後だった。ライルも何かと忙しく朝食を早めに取りそのまま屋敷を出ることが多かったし夜も友人に誘われるままにクラブに顔を出していた。
それに、彼女が自分と食事をしてもおいしくないのでは、と考えてしまいサロンに居残るのをやめてしまっていた。
「最近元気がなかったのよ。笑顔もなんていうか、無理やりつくっているって感じだったし。ずっと思い詰めていたのかしら……婚約者もこんなつまらない男だし。わたくしも心配していたの」
「さりげなく息子を非難するのはやめてください。母上だって、コーディアを無理やりいろいろな会に連れまわしていたのでしょう。彼女大人しいからされるがままで嫌だと言い出せなかったんですよ」
「うっ……」
心当たりがあるのかエイリッシュは胸元を押さえた。
ライルは母を非難する傍ら自分にも当てはまると内心自嘲する。きっと彼女はこんな婚約者と一緒になりたくないと思ったのだ。
「う、うるさいわね! コーディアのお友達をつくろう大作戦だったんだもん。……たしかにちょっと、少し馴染めていなかったかもしれないけれど。あなただって、コーディアが百貨店に行きたいって言ったとき非難したじゃない。あれだって酷かったわ」
母は辛辣だった。
自分でも自覚しているだけに第三者から言われると胸に刺さる。つい最近ナイジェルにも言われたことだ。
「奥様。ここで口論していても始まりません」
メイヤーが冷静に二人の間に割って入った。
「コーディア様に今朝小包が届きました。ムナガルの寄宿学校からで、コーディア様は熱心にそれを読まれてしました」
二人はメイヤーの言葉に反応した。
「ま、まさか……コーディアったらホームシックになっちゃったの? それでふらふらと出かけて行った先で可愛いからと目を着けられて誘拐。……そのままどこかの外国の娼館にでも売られて! どうしましょう大変だわ」
「……大変なのは母上の頭の中です。小説の読みすぎです」
エイリッシュの飛躍しすぎな思考に低い声で突っ込みを入れる。
現実にそんなことが起こってたまるものか。
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