属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?
結城あずる
第1話 『アレ』との同居生活
バアァァァァァン!!!
けたたましくアパートのドアが開く。その勢いはドアに与えられた開閉の耐久率を難なく無視するほど。壁にはくっきりとノブの形をした傷痕が刻まれてしまっている。
2階建てアパートの2階の角部屋。そこが俺の部屋。そしてアグレッシブにドアが開いたのもまさしく俺の部屋。
現在の時刻、深夜の1時。サークルの飲み会から家に帰ってきてのこれだから、せっかくの酔いも一気に覚める。
もう一度言うが現在深夜の1時。どう見積もっても騒音で、どう考えても近所迷惑である。
「うるせぇーぞ!!」
案の定、怒りに満ちた罵声が、一切にドアに手も触れていない俺に向けられる。
「すんませんんん!!!」
俺のせいじゃないけど、いたたまれなくなって全力の小走りで部屋に飛び込しかなかった。ただの帰宅なのにこの緊張感は絶対に余計だと思う。
「ふふふ。おかえり~」
「……おかえりじゃない」
「え?あ、おかえりなさいませ?」
「いや、言い方の趣向を求めてるんじゃなくて。この出迎えをやめてくれないかな?」
「んー無理かなー」
何食わぬ顔で提案をあっさりと蹴られる。まぁ何食わぬ顔って言っても、相変わらずの鬱陶しい前髪のせいでほぼほぼ顔は見えていないんだけれども。
「だって、近くに来たら勝手に反応しちゃうんだもの」
ひたひたと近付いて、不必要に顔をこっちへ寄せて来る。振り乱れた髪が顔に当たって毎回こそばいんだこれ。
もう慣れはしたが、それでも白装束でこの距離感は色んな意味で心臓に悪いんだからマジでやめて頂きたい。TPO大事。
「君のせいだよ。私をこんな風にしたのは……。君が私を夢中にさせてしまったから、帰って来たのが分かればポルターガイストも出ちゃうでしょう……!?」
「俺のせいかなぁ?」
もうお気付きだと思いますが、こちらにおられるTHE幽霊スタイルの女性は、そのまんまTHE幽霊でございます。
え?嘘くさい?もちろんだとも。俺だって非科学的な事は信じないタイプだったもの。でもね。彼女はポルターガイストでリモコンを手元に取り寄せるし、棚から物が落ちようもんなら金縛りで阻止するし、家に不法滞在していらっしゃるGさんなんかは呪い的なものでジェットいらずで倒します。
そんな日常的に超常現象を使われたら、使い方はどうあれ存在は認めちゃうでしょ?彼女も「はい幽霊です」と公言してるし。
ちなみに。本人いわく、悪が付く方の肩書だそうです。
「はぁぁぁぁぁぁ好き。もう好き。今日も好き。たまらなく好き」
「近い近い近い近い近い」
そして、そんな彼女に俺は絶賛猛アタックを受けています。一つ屋根の下で。女の子に。
シチュエーションだけで言ったら美味しいはずなのに、お相手が生きていないってだけでシチュエーションの方は活きていない。南無三ですよ全く。
なんでこうなったかって?……なんでこうなったかなぁ。
遡る事1週間前。
俺は引っ越しの片付けを終えて解放感に満たされていた。
大学進学を期に上京をして、半年くらいは親の仕送りとバイトで稼いだお金で生計を立てていた。
しかし。突如親からの仕送りがストップするというアクシデントが俺を襲った。父親が入院してしまったのだ。酔って自宅の階段を踏み外した事による片足と片腕の複雑骨折。
まず第一に俺の親はどんだけ骨密度低いんだよって思ったのと、第二に酔って折って入院って管理力低くね?と思った事は記憶に新しい。
しばらく入院に費用がかかるって事で俺の仕送りはあっさりとストップした。もちろん納得はしていない。不満もぶつけた。でも、我が親は決めたことはテコでも動かないというめんどくさい精神の持ち主。
特に母親は元凶である父にもキレてたが、不満を漏らす俺にも逆ギレて来た。そうなったら口出ししない。それが暗黙の家訓である。
そんなこんなで、上京してたったの半年で俺は大学生活の窮地に立たされた。バイトを増やそうか、泣く泣く友達の家に転がり込ませてもらうか、色々悩んで手を考えていたその時に、たまたま通りがかった不動産屋の窓に貼ってある物件が俺の焦る足を止めた。
築20年のアパート。2階の角部屋。1LDK。風呂トイレ別。敷金礼金不要。共益費もなし。そして家賃が住んでいた所の3分の1。二度見したけどまさかの3分の1。
「頼もうーーー!!」と道場破りのような勢いで扉を開けて、俺は即刻その物件の契約に打って出た。
当然、今にして思うといわく付き上等の物件であったのは誰の目で見ても明らかだったけど、強気をはき違えた状態になってた俺にはそこを考慮するクールな頭がすでに機能停止していた。
引っ越しを終えて、懐も守られて、俺は気が緩んでしまったのか、その日は日が暮れたらもうベッドに横たわってそのまま眠ってしまっていた。
時間の経過は分からなかった。でも、何か異様な雰囲気を感じて目を覚ましたのを覚えている。
自分だけの空間のはずなのにそうじゃないような感覚に陥る。近隣の誰かの気配という感じでもない。間違いなく自分がいるその部屋にその違和感を感じる。
気にしないわけにもいかず、その正体を確かめようとベッドから起き上がろうとした時にその違和感は異変へと変わった。
体を起こせない。起こせないどころか体のどこも動かず文字通り指一本動かせない状態。それが初めての金縛り体験だった。
必死にもがいて体に信号を送ろうとする俺の耳に、どこからともなく床が軋む音が聞こえてくる。それは誰かが床を踏み鳴らす音。
ギィ……ギィ……
ゆっくりと、まとわりつくように歩む音が部屋に響く。
次第にその音は身動きの取れない俺の方へ近付いて来る。
ギィ……
丁度俺の枕元の付近でその音が止まると、次の瞬間に、振り乱れた髪を垂れ流した白装束の女が、俺の体を押さえつけるように馬乗って来た。
そのインパクトにも驚いたが、馬乗りされているのに全く重さを感じなかったことにも驚いた。そして、肌をなぞるような冷たさが直に伝わって来てそれが悪寒へと変わる。
出た……!出てしまった……!幽霊だ!!
そうシンプルに俺は思った。
幽霊はゆっくりと俺に覆い被さって来ると、そのか細い手を俺の首にかけて一層の悪寒を俺に与えて来る。
殺されるのか俺!?
そう思った瞬間だった。パサリと垂れた髪の隙間から幽霊の顔が俺の視界に入り込んだ。
戦慄だった。目を疑う俺は思わず言葉が漏れる。
「かわいいなオイ」
その瞬間、耳も疑った。俺が。
自分でもなんでそんな事を口走ったのか意味が分からない。でも、髪から覗き見た幽霊の顔面はアイドル顔負けの美女だった。
俺の中の幽霊のイメージであった青白くて痩せこけていて目が逝っているっていうのも大きく影響はしていたのだろう。イメージとのそのギャップで何十割増しにも可愛く見えたのだ。
「へ?かわ……え?え?」
俺の上でテンパる幽霊。よもや声もかわいいとは恐れ入った。
そして、俺の不意の一言にさっきまで丹念に作り上げていた恐怖の空気は、もう完全に崩落していた。
「かわいいって……私が……?」
「あ。気に障ったんならすんません。幽霊さんにかわいいとか言ってマジすいません」
「わ……わ……わたしがかわいいぃぃ……!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ヤバイ。濡れちゃう」
「へ?」
急に人の上でもじもじし出す幽霊。しおらしくというか、急な乙女チックなリアクションに当然俺は戸惑う。
「あ。あっ。んん!ん。ん」
そしてビクつき出す。何が起きているのか俺はさっぱり状況が飲めないでいた。
「はぁーーー……すごい」
「え?何が?」
「わたしの初めて……貰われちゃった」
「え?え?何が貰われちゃったの?」
「……好き」
「へ?」
「もう好き。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
「怖い怖い怖い怖い怖い」
スクラッチされるように繰り返される「好き」にただただ恐怖を覚える。どうやら、俺の不用意な一言がこの幽霊のどこかの琴線に触れてしまったみたいだった。
そして現在。
もうあの時のホラーの鏡のような姿は微塵もなく、今は熱心にゼ○シィを熟読している。
「この付録の婚姻届け使いたいなー」
古典的過ぎるほどにチラチラとこっちに目配せをしてきている。一体、戸籍の無い幽霊がどう使うって言うんだろうか。
「君の好みは和?それとも洋?わたしはやっぱり和かなー」
ゼ○シィ片手にだが、おそらくトイレの話をしているのだろう。全く。女の子が雑談でトイレの話を持って来ちゃいかんよ。
やれやれ。俺は読みかけていた漫画でも呼んでいようじゃないか。
「……えい!」
「のわっ!?」
ソファーに寝転んだ俺の体がその体勢のまま宙に浮く。見ると彼女が俺に手をかざして顔をむくれさせている。
「どうして無視するの!」
「無視じゃなくて反応に困ってんだけど!?」
「わたしの事をかわいいって言ってくれたのに……!」
「いや言いましたけど……」
「あれプロポーズでしょ!?」
「違いますけど!?」
「じゃあわたしがします!結婚してください!」
「無理です!」
「どうして!?」
「プロポーズのシチュエーションにポルターガイストはアウトだからです!」
「はっ!」
重力が戻ったかのようにバフンとソファーに不時着する。出来ればゆっくりと下ろしてほしいものだ。
「じゃあ改めて、わたしのものになってください」
「ポルター解けばOKって事じゃないからね?」
「かわいいって言ったのに……!」
「それを拠り所にされても……。そもそも結婚ってそれだけで成立しないでしょ?」
「……というと?」
「結婚はお互いのフィーリングだって大事になってくるだろうし。それに君は一番大事な事を忘れているでしょ?」
「大事な事……?そっか……!そうだね!」
「そう。そうだよ。一番の理由があるでしょ」
「リビドーだね!」
「……はい?」
「愛とか恋とか言っても、結局のところ相手にどれだけ興奮出来るかだものね。そっか。失念してた」
「いや、ちょっと……」
「よし。君のどストライクを見つけて、身も心も絶対に堕としてみせるからね!」
「えぇーーー」
遠回しが派手に裏目に!民法に幽霊は対応出来ませんよこの国は!?
盛大な取り違いで始まった俺の篭絡戦。幽霊の言い放つ「堕としてみせる」の言葉が洒落にも聞こえず、俺はこの部屋に引っ越した事と複雑骨折した親を恨めしく思った。
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