(3)
上は全部捜した。後はここだけ!
不気味なほどの静寂に包まれた『銀の鬣』の本部に辿り着いたソリスとイオラインは、新たな追っ手や待ち伏せを警戒しながら建物の中をくまなく捜した。だが、どの部屋にもディアナだけでなく人っ子一人いなかった。本来ならば蝋燭の明かりが灯っていてもおかしくない暗さにも拘らず、一本の蝋燭も灯っていない。
「嘘でも吐かれたのか、それとも本部自体が別の場所に移っているか」
部屋と言う部屋の殆どは散らかり放題だったが、あくまでそれは散らかっているだけで何か騒ぎがあったものとは違う。イオラインがそうやって疑うのも仕方のないことだと分かってはいるが、ついソリスは否定した。
「本部が移ったって言う話は聞いていない!」
が、否定した後急激な不安に襲われた。
「でも、あたしが知らないだけで本当はそうなのかもしれない。だったらどうしよう。あたし、その場所知らない。ここを放棄されてたら、あたしじゃディアナを見つけられない。助けてあげられない」
「でも、もしかしたら皆が出払っているだけなのかもしれないよ。隠し部屋とかないのかい?」
突然泣き出しそうな顔になったからだろう。イオラインが慌てて慰めてくれるが、生憎と隠し部屋の話は今まで一つも聞いたことがなかった。
「わ、分からない。もしかしたらあるのかもしれないけど、でも、あたしは知らない」
「そうか。なら誰かを捕まえなくちゃいけないな。本当に後はこの建物の中で捜していない場所はないんだね?」
困ったような声音で問い掛けられ、ソリスは考えた。タザルに初めて連れて来られてから今までの記憶を全部引き出し、建物部屋の様子を一つ一つ思い出して、脳裏を宴が過ぎって行った。
「あ、あった」
黒く分厚い雨雲が裂け、大地を照らす光の柱が降り立つように、ソリスはある場所を思いついた。
「あそこだ。あそこだけまだ見ていない」
言うが早いか、ソリスは走り出していた。
そうだ。地下だ。謁見の間とか宴の間と言われていた場所だ。タザルとお頭ががいなくなってから近寄らなくなったあの場所。そこにいなければもう捜しようがない。
祈るような気持ちでソリスは駆け下りた。頭の中はディアナのことだけで、イオラインが後ろを着いて来ているかどうかすら気にしていなかった。
石階段を駆け下りて、突き当りの扉の前で立ち止まる。
どうか、どうか、ここにいて下さい。ディアナに会わせて下さい。
両手を握って心の底から祈る。
「ここかい?」
背後からの問い掛けに一つ頷き、ソリスは扉に手を掛けた。そして―
「ディアナ!!」
薄暗い広間の中心に、ぽつんと場違いにある大きな鳥籠。その中のディアナを見て、ソリスは胸を一杯にしながら駆け寄った。
「ディアナ! ディアナ! ディアナ!」
名前を連呼して檻にしがみ付く。
「ディアナ、大丈夫? 怪我してない? 何もされてない? あたし、ディアナがいなくなって本当に心配したんだよ? 良かった。見つかって、本当に良かった」
だが、俯いたまま顔を上げずに震えているディアナを見たなら、感激していたソリスの表情は瞬く間に翳った。
「ねぇ、ディアナ? 大丈夫? 怖かったの? どこか痛いの? 何かされたの?
あ、この鳥籠みたいな檻のせい? これ金属だもんね。ディアナの調子が悪いときには天敵だもんね。でも大丈夫だよ。こんなの、あたしの力があればあっと言う間。あたしは金属に強いから。だから待ってて、今……」
「……て」
「え?」
搾り出すようなディアナの声に、自分の不安な心を誤魔化すためにまくし立てていたソリスが訊ね返すと、ディアナは顔を上げてハッキリと言い放った。
「逃げて! 今すぐ! あいつと会う前に!」
「あいつ……って、誰? ゴウラのこと?」
怒っているような、泣き出しそうな初めて見るディアナの表情に戸惑いを隠せず問い掛ければ、ディアナは唇を噛み締めて答えた。
「私達は騙されていたのよ。全部、あいつが仕組んだことだったの!」
「ちょ、ちょっと、待って。落ち着いてディアナ。何だかおかしいよ。やっぱり何かされたの?」
「本人に直接何かをしたわけじゃねぇから安心しな」
その答えはディアナの更に後ろ。ディアナのことしか見えていなかったせいで全く気が付かなかった主賓席からやって来た。
「その声、ゴウラね!」
ソリスは憎しみも露にその名を呼ぶ。
「入って来るなりそいつに駆け寄ってこっちには見向きもしねえから、思わず声をかけちまったじゃねぇか」
「うるさい! あんただけは絶対に許さないんだから!」
「おいおい。そんな連れねぇこと言うなよ。せっかくお前さんが会いたがってた人間連れて来てやったって言うのに、そんなんじゃ会わせてやんねぇぞ」
何が面白いものか、ニヤニヤとしながらふざけた台詞を吐き出すゴウラに神経を逆撫でされるソリス。この男がタザルを殺して、ディアナをこんな目に遭わせているんだ。こいつの言うことなんか信じるものかとばかりに睨みつけてやると、
「あーあー。信用なくしたもんだな。見るまで信じないならしかたねぇ。見せてから信じさせてやろう」
そう言って呼び寄せた人物を見て、ソリスは本当に心臓が止まったと思った。
そこには、ずっとずっと会いたかったタザルが、懐かしい笑みを浮かべて立っていた。
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