第二章『いなくなった人』

(1)


『アビレンス』と呼ばれる種類の人間がいる。意味は『相反するもの』。

 恐れ、敬われ、感謝され、疎まれる。破壊者であり、守護者。魔物であり神である者。

 人外の力を操り、人々に恩恵と殺戮をもたらす者。善であり、悪。

 何故、どんな条件が揃ったとき、人は『アビレンス』になるものか。

その経緯が全く明らかになることがない存在、二面性を持つ者、『アビレンス』。

国によっては『魔術師』とも『魔道士』とも呼ばれる者。

 使える力は自然界にあるもの。判っていることは一人につき一つの力を操れると言うこと。相克関係の属性に弱いということ。突然覚醒すると言うこと。

 ソリスとディアナは、その『アビレンス』だった。

 ソリスは火を操り、ディアナは植物を操った。使える力の範囲や規模は、条件によって様々だが、少なくとも、『アビレンス』ではない人間にとっては脅威以外の何物でもなかっただろう。

 ソリスが『アビレンス』だと発覚したのは七年前。当時七歳ぐらいの頃だった。

 どことも知らない路地裏で、生きる屍のような状態だったソリス(その頃は名前すらなかった)。市民からの通報で、『審判者』と呼ばれる治安維持の警官によって捕まり、牢に入れられ、そこでディアナと出合ったソリスは、牢生活半年の後、人買いによって娼館に売り飛ばされた。そこが、どんな場所なのか知らないソリス。当時のソリスは本当に何も知らない子供だった。それまで人間らしい扱いを受けてこなかったソリスは、そこでお風呂に入り、綺麗な服を着て、美味しいものを食べ、牢の中とは違う、ふかふかの温かいベッドで眠れることを幸せだと感じていた。それが、肌艶を良くし、健康な体を作り、商品として売り出すための過程だとも知らずに、無邪気に喜んでいた。

 実際、一月ほどそんな暮らしをしていると、肌は艶を取り戻し、髪は鮮やかな赤になり、頬はふっくら、唇も潤い、肉付きも良くなって来た。血色も良く、傍目にも愛らしい幼女になった。それはディアナにも言えたことで、牢で出会ったときから綺麗な子だと思っていたソリスにして見れば、本当に綺麗な子だったんだと再確認せずにはいられないほどで、そんなディアナと仲良くなれていることが嬉しくて仕方がなかった。

 ディアナと一緒にいると一方的にソリスが喋っているが、それでもソリスは、ディアナが自分のことを許してくれていることが分かっているので、何の寂しさも無かった。

 そんなある日、ディアナの姿が見えないことがあった。どこにいるのか不安になって、ソリスは建物の中を探し回った。基本的に一人で行動しないソリスにして見れば、建物の中を探索すること自体大冒険だった。どこにいるのか分からないため、手当たり次第に部屋を開けた。中にはカギが掛かっている場所もあったが、そこはこだわらなかった。

 一つ二つとドアを開けていくと、大勢の男の子や女の子がいる部屋があった。何とも言えない、良い匂いなのか嫌な臭いなのか判別できない臭いが立ち込める煙たい部屋で、服を着崩して肌を露出させた綺麗な子供達が、どこか夢心地の眼をしてソリスを見て来る。

 ソリスは反射的に嫌な感じがして、逃げるようにその場を後にした。

 その後もソリスはドアと言うドアを開けてディアナを捜した。怖くて怖くて仕方がなかった。何が怖いのかも自分では良く分からなかった。ただ、一刻も早くディアナと会いたくて、泣きながらディアナを捜した。

 そして、ようやくディアナを見つけたとき、ディアナの前には素っ裸の男がいた。

 何をしようとしているのかソリスには分からなかった。だが、反射的にディアナが「何故こんなところに来た?」と焦ったような表情を向けて来たなら、ソリスの頭の中がカッと熱くなった。

「モーリから離れろ!」

 当時ディアナは、『モーリ』と呼ばれていた。その名前を叫び、精一杯男を睨み付けた。

 何だか分からないが、ディアナをいじめる奴は許さない!

 そんな心境だったが、いざ、素っ裸の大人の男が興奮した様子で近付いて来たなら怖くなった。腰が抜けて、殆ど金縛りの状態になった。そのとき、ディアナが『力』を使ってソリスを助けたのだが、当時のソリスには何が起きたのか解らなかった。

 ただ一つ解ったことは、男が死んで、大変なことになると言うこと。

 実際、客が死んだということで、娼館の主と人買いの男は大激怒した。ソリスとディアナを地下にある折檻部屋の天井から吊るし、鞭打ちを食らわせた。服が裂け、皮膚が裂けた。それでもディアナは悲鳴の一つ泣き声の一つも上げなかった。ただきつく唇を噛み、冷ややかに男達を睨んでいた。

 その眼が気に入らなかったのだろう。折檻の手は緩むどころか激しさを増した。

 ソリスは止めてくれるように何度も何度も頼んだ。だが、男達は全く聞き入れてくれなかった。ビシ! ビシ! と言う痛い音を聞くたびに、ソリスは自分が打たれているような痛みを覚えて、泣きながら止めてくれるように頼んだ。

 それなのに、止めてくれない男達に、ソリスは段々怒りと憎しみを募らせて行った。

 そして、殺してやりたいほど憎いと思ったとき、ソリスの力は覚醒した。

 無意識のままに操られた炎は、ランプを割り、男達に飛び掛ると、男達を瞬く間に火達磨にした。突然のことに恐慌状態になる男達。その内の一人が、火達磨のままディアナに近付いたのだからソリスは焦った。

 このままではディアナまで燃えてしまう。だが、自分は天井から吊り下げられていて助けることが出来ない。自分が助けてあげられないせいでディアナが死んでしまう!

 完全にパニックに陥ったソリスが泣き叫び、誰にとも無く助けを求めたとき、二発の銃声が室内に木霊した。

 何が起きたのか理解出来ないソリス。音に驚いて口を紡いだソリス。

 その眼の前で、火達磨の男二人がバタリと倒れた。ディアナが無事でソリスはホッとした。そのとき、どこか暢気な声がした。

「やあ、間に合ってよかった」

 それが、タザルとの出会いだった。

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