最終正妻戦争の決着はもうついてましたので……
Rhino(ライノ)
最終正妻戦争の決着はもうついてましたので……
※原作の第13巻の第1章と第2章との間のお話です。
放課後の通い慣れた帰り道、途中の路面電車の踏切を渡ったあたしは今日のこの後の予定を考えながら歩いていた。
とりあえず、簡単にここ最近の出来事を振り返るあたし……澤村・スペンサー・英梨々。
ついこの前まであたしたちは人気シリーズ最新作のゲームを作っていた。それだけでも普通はありえない話なのだけど、つい先日までの二週間は、キャラデザ担当あたしと、シナリオ担当の腹黒黒髪女・霞ヶ丘詩羽と、そしてあたしと詩羽が以前いたサークルの代表・安芸倫也の三人で、更に最後の二日間は、今の倫也の同人ゲームサークルメンバーまで加わって、この前の日曜日にやっと完成させたのだ。
こうなってしまったのは、あたしと詩羽を倫也のサークルから引き抜いた、凶悪かつ文字通りの強引ぐマイウエイで基地外じみたゲームプロデューサー、紅坂朱音が急病で倒れた所為だ。
そしてプロデューサー不在の影響であたしたちのゲームが望まない形になりそうだったのを交渉してひっくり返したのが、何の因縁なのか、あたしたちのいたサークルの代表である安芸倫也だった。
倫也のお家を作業場に、わずか二週間で色々な作業をまとめてゲームを仕上げなければいけなかったから完成まですごく大変だったけど、最後の二日間なんかは、倫也のサークルの今のメンバーまで参加した事もあって、それはもう呆れるぐらい熱中した楽しい合宿だった。図らずもサークルの新メンバーと旧メンバーが初めてみんなでゲームを作りあげたのだから。
特に副代表の加藤恵とは、あたしたちの引き抜きの事……とかもあって少し微妙な人間関係だったから、一緒にサークル活動していた去年みたいにこうしてゲーム作りをするなんて思いもしなかった……。
あたしたちのゲームを完成させた後、あたしたちは今度は倫也のサークルを手伝う事になっていた。だから今日もこれから倫也の家に向かおうとしていた訳だけれども……
「……ってナニ楽しそうに思ってるのよあたしは!」
この前の楽しかった合宿の事を思い返していた所で不意に自分に突っ込みを入れて我に返ったあたしは、今の自分を誰かに見られてやしないか思わず首を左右に振ってしまう。
目の前にはマンションの下にあるスーパーマーケット、自分がいる歩道には幸い歩行者は近くにはいない。そしてすぐ横には小さな児童公園。黒髮の長い女の子とボブカットの子とツインテールの女の子二人がこっちを見ている…ッ!
あたしは車が来ない事を確認してから急いで道路を渡り、まるで逃げ込むようにスーパーに入る。そう、ついでに買い物する事をたった今思い立ったのだ、そう、ついで…ついで。
ここのスーパーマーケットは住宅地の中に構えているからか、二フロアもあるそこそこ大きなお店だ。
店内に入ったあたしは特に買い物する予定など考えてもいなかったから、とりあえずカゴを手に取り早々にお菓子売り場を目指して足を向けていた。
あたしは高台の高級邸宅に住む、両親が英国外交官と日本人のハーフで超セレブでお嬢様である。
しかし、そんなあたしがお菓子売り場で手慣れたように次々と選ぶものは……ポテチにポテチにポップコーンにえびせんにサッポ○ロポ○トに某カ○ルにうまか棒……倫也から「お前本当にお嬢様か?」と百パーセント突っ込まれるようなスナック菓子のオンパレードだ。箱に数個入っているチョコ菓子などのような少し高級なものなど(お家ではそんなものよりも高級なお菓子がいくらでもあるから)皆無で、質より量とある意味非常に分かりやすいチョイス。
あたしは自分の部屋ではいつもこんなスナック菓子ばかり口にしているのだ。けれどもその割には体重も無駄に増えないし、お腹も現状維持でスレンダーなスタイルを維持している。それはまぁイイんだけど、胸すら大きくならないものだから、無駄なエネルギーはどこに消えてるのやらと思ってしまう。
カゴいっぱいの菓子袋に満足したあたしは「どうせ倫也の家に行けばいくらでも飲めるんだし……」と重量のかかるドリンクをスルーして、そのまま会計をすませようとレジに並んでいた。
後はこのまま店を出て、急な坂道を登って倫也の家に行くだけ。そんな事を考えながら、会計の順番が近づいたから財布に手を伸ばそうとしたちょうどその時、あたしはここから離れた店の入り口から長い黒髪の女が入店して行くのを見た。
仕事でのパートナー・霞ヶ丘詩羽だ。
「あの女、何を買う気なのかしら」
会計の列を抜けて詩羽の後を追ったあたしは、お菓子売り場に差し掛かった所で鉢合わせする寸前に身を翻して、今は少し離れた所から覗き込んでいた。
その視線の先では、カジュアルなワンピースを着た詩羽がさっきまであたしがいた売り場に立って、ずっと棚の上の段にある品を手にしては戻してを繰り返していた。そうやって選び出したお菓子、スティック状のチョコ菓子や箱に入ったチョコのミニケーキ菓子を、買い物カゴを用意していなかったからか片腕と……胸の間に挟むように抱えて、霞ヶ丘詩羽は再び歩き出そうとした。
「霞ヶ丘詩羽!」
あたしはつい意図せず背後から声を掛けてしまった。こっちを無視してなのか気付いてないだけか分からないけど、霞ヶ丘詩羽がそのままどっかに行ってしまいそうに思ったからだ。
すると案の定、その声に反応したのか驚いた詩羽は目の前で抱えていたお菓子を全て床に落としてしまった。
「あああああ、これは、べつに意図してとかワナとかじゃなくて~~」
慌てて物陰から飛び出したあたしは大声を上げて言い訳を口にしてしまう。
ところが、目の前の黒髮女は必死にフォローするあたしに振り返りもせず、落とした菓子を拾い上げて抱え直すと、こちらを無視して再び歩き出したのだ。
「え、ちょっと?」
呼び止めようと歩み出した時には、詩羽はお菓子売り場の角からスッと姿を消していた。一度も振り返るそぶりも見せずに。
カチン……何よ、この、明らさまな無視はぁ!
せっかく素直に謝ってみせようという誠意を思いっ切り蹴り飛ばされた様に感じたあたしは苛立ったまま詩羽のあとを追いかける。
霞ヶ丘詩羽はレジの手前を過ぎて店の入り口に戻ろうとしていた。もちろん会計前に店外するのではなく、店の二階へのエスカレーターに向かう為に。
ちなみにここのスーパー、会計レジは一階にあるが、生肉・野菜などの生鮮食料品やパンは二階で扱われている。そしてそんな特殊な構造もあってエレベーターやエスカレーターが完備されている。
エスカレーターのある二階まで吹き抜けのエントランススペースの手前で霞ヶ丘詩羽から距離を置いてから、あたしもその後を追って二階に上がった。
二階は生鮮食料品コーナーがあるフロアで、夕方近くだからたくさんの買い物客で賑わっていた。
あの黒髮女が野菜とかを買って帰って自炊するなんて全く想像できないから、そう考えると霞ヶ丘詩羽の行き着く所は限られてくる。それはあたしも菓子パンを買う時などに足を向ける、このフロアにあるパン売り場だ。
そこは二階に上がった所からすぐだから、歩き出しつつそちらに目を向けた……けれども売り場に近づいてもそれらしい人影はない。売り場中央に置かれた特売品や特価品が並ぶ平台を半周しながら周囲を注意深く見渡してもやはり見当たらない。
「……チッ、読み違えたか」
目立たなさは恵だけの専売特許だとばかり思ってたけど……
舌打ちしつつあたしはその場を離れようとした。その時、不意に背後からゾワゾワと得体の知れない気配を感じてしまう。反射的にその場から五歩も身を離して翻す……
「ストーキングだなんて趣味が悪いわね、澤村・スペンサー・英梨々」
「ヒャッ! っていうか何処にいて何してたのよ、それからあたしのことフルネームで呼ぶな! 霞ヶ丘詩羽!」
振り向いたあたしの目の前にいたのはあの黒髮女だった。と言うかすぐ背後に立つとか性根が悪い。
「そんな事、私の勝手じゃない? でも、そうね。ここまで上がって来たのはあなたを撒こうと思ったのもあるけど、ちょっと小腹が空きそうだったからよ」
あごを引いて身体を反りながら偉そげに大きな胸を張ってみせるこの黒髮女に、それと比較してスットンなあたしは「ぐぬぬ…」と呻くしかない……と思ったが、不意にある事に気付いた。
「霞ヶ丘詩羽、買い物カゴぐらい使いなさいよ」
上を向いて飛び出したような胸と身体の前でしっかり組んだ両腕、その上下に挟まれた間には一階で手にしていた菓子箱などが溢れ出さんばかりになっていたのだ、と言うよりも抱えている両腕から今にも溢れ落ちそうになっていた。身体を反らせてみせたのも、単に御自慢の胸を強調して偉そうに上から目線を向けようとしていたからではなかったらしい?
◆ ◆ ◆
別に私は目の前のこのポンコツ娘を挑発する必要もないのに、その嗜虐性をそそる狼狽えた顔を見ているとつい口と態度を出してしまう。実際の所、今の私にはそのような余裕も私の名前が霞ヶ丘詩羽で女子大生一年でプロの小説家をしていて今はゲームシナリオを書いているとかみたいな自己紹介する余裕さえも微塵もなかったのに……。
私はわざとらしく胸を張るように身体を反らせて腕を前で組んで、背の低い目の前にいる金髪ツインテのポンコツお嬢様を見下ろすようなポジションを取っていたのだけれども、実は矛の収め所を見失っていた。この姿勢を少しでも崩せば……抱えているお菓子箱をまた全て落としてしまう。
これはもう私の精一杯の強がりなのだ。まったく無駄で馬鹿げた努力だとは私も流石に分かってはいる。……だから、
「霞ヶ丘詩羽、買い物カゴぐらい持って来なさいよ」
と、この子に直球で言われた時、
「……そう、気付いてしまったのね、澤村さん。なら話が早いわ。カゴを持ってきてくれるかしら」
そんな偉そうな態度で更に見下ろすような目を向けながら、私は内心感謝していた。正直に言うともう限界に近かくて、救いの手を求めていたのだ。
「くッ! ……嫌よ。なんであんたに何かしないといけないワケ?」
「さっき後ろから声を掛けられたような気がするんだけど? その所為で一度落としたのよね」
「……たくッ。聞こえていたんならあの時返事くらいしなさいよ」
そう苦言を口にしたこの子は、英梨々は近くに積まれた買い物カゴ置き場に手を伸ばしてカゴを取ると、私の前に差し出してくれた。そしてそのついでに私から視線を外しながらもさっきの事を謝ってきたのだ。
「まぁ、あたしもあんな事になるなんて思いもしなかったし。……ゴメン」
「……あ、ありがとう」
金髪のツインテールを揺らしながら素直に謝ってくるとは思わなかった私は、目だけを逸らす英梨々の顔をつい見つめてしまう。
「だからさっさと取りなさいよ!」
そう言って私の目の前に買い物カゴを更に突き出してきたから、私はその中に抱えていたお菓子を移し替えてからカゴを引き取った。
お菓子を落としそうになるという危機的状況から漸く解放された私は、これからの事を特に考えていなかったから、どうしようかと背中を見せたままの英梨々を見た。するとチラッと私に目だけを向けた彼女が先に口を開いて尋ねてきた。
「で、まだ何か買う物でもあるの?」
「え、私はもう無いけど……」
先手を取られてしまった私はただそう答えるしかない。
「じゃあさっさと会計済ませてここを出るわよ」
英梨々はそう言うと私に振り向くことなく歩き出した。私も遅れてその後を追った。
二人乗り合わせたエレベーターで一階に降りた私たちはそこから他のコーナーに寄る事もなく、一言の会話もないまま会計を済ませる為にレジに並んだ。
会計の列は夕方に近いからか混み合っていたので私たちは暫く列の中で待つ事となった。
そうしてレジの手前まで順番が進んできた所で、私は手元の財布に視線を落として支払いの用意をしようとしたのだけれども、ちょうどその時、目の前に垂れ下がっていた金髪ツインテールが突然前触れもなく跳ね上がって私の手元に当たったのだ。
ツインテールが当たった事ぐらい、実際の所痛くもない。触れた毛先が少し痒い程度だ。だけど私は思わず
「何よ?」
と顔を上げて更なる苦言を告げようとしたのだが、そこで目にしたのは英梨々が何かを見つけて驚いて言葉を失っている姿だった。
「だからどうしたって言うのよ?」
少し苛立ってしまった私の声に、やっと英梨々は振り向くが、その表情は何かを見て驚いているといった様子だった。
しかしここは夕方のスーパマーケットであり、決してお化け屋敷なんかではない。
この子は一体何を見たって言うの?
◆ ◆ ◆
振り向いたあたしは店の入り口で制服姿の黒髪の長い制服姿の女が入店して行くのを見た。
「……え?」
さっきレジに並んだ時と同じ出来事に、あたしは目を疑ってしまう。しかしあたしの目は確かに黒髪のそれがエスカレーターを上がろうとするのを映し出していた……。
「だからどうしたって言うのよ?」
不意に背後からそんな声が飛び込んできた。思わず振り返ると、あたしの後ろには黒髪の女……不機嫌そうな霞ヶ丘詩羽の顔があった。
しかしあたしは、詩羽の声には答えず直ぐにもう一人の黒髮女が本当にいたのかと再び目で追いかけた。
ちょうどエスカレーターで上がっていく制服姿の長い黒髮の女、ただし遠すぎてその顔ははっきり見えない。
やはりその姿は霞ヶ丘詩羽にそっくりのようにも思えた。しかし、詩羽はすでにこの春に卒業しているからそれ以降制服姿は一度たりとも見ていない。着ていたらそれはもはや只のコスプレだ。それに現にあたしのすぐ後ろに立っているのだ。
「だから何よ? さっさと前に行きなさいよ。後ろに迷惑だわ」
「……会計は後よ! それよりもこっちに来なさい、霞ヶ丘詩羽!」
あたしは不愉快そうな顔を見せる詩羽の空いていた腕を掴んで会計で並ぶ列から強引に抜け出すと、そのまま真っ直ぐスーパーの入口にまで引き連れて行った。
スーパーのエントランススペースの二階まで吹き抜けになっている空間の真ん中に立って、そこから上のフロアを見上げる。しかし、ついさっきエスカレーターで上がっていった謎の黒髮の女の姿は既にどこにもなかった。
一瞬だけアレは幻だったのかもしれないと思いそうになるが、顔は分からないけど、それでもハッキリと見たのだから、アレは見間違えなんかじゃないと、あたしは確信する。
「……また二階に上がるわよ!」
あたしはそう言って、「ま、待ちなさい! どうしたって言うのよ」と呼び止めようとする詩羽に構わずエスカレーターを上がっていった。
◆ ◆ ◆
英梨々の後から二階に上がった私も、目の前で頭を右往左往して見せるこの子が何を探そうとしているのかが分からないまま、それに倣って不審な何かがないか目を皿にしてみた。けれどもさっき二階に上がって来た時と何ら変わらないままのように思える。
このポンコツ娘は一体何が気になったのだか……。
「で、私をこんな所まで連れ出した訳、そろそろ説明してもらおうかしら」
あてもなく歩き出そうとする英梨々を見かねて、私はその小さな肩を掴まえて強引に引き止めた。すると振り返った英梨々は半信半疑と言うか戸惑った顔を見せたのだ。余りに不安そうな表情に、思わず私は息を飲んでしまう。
「い、いたのよ……ああ、あんたみたいな、く、黒髮ロングの…女が」
震える声と言う常套句は最近よく見かける事があるのだけれども、文字通りの震える声は見たのはこれが初めてだと思う。
だけど、このポンコツ娘の言葉に私は急速に冷静になっていく。
「……はぁ?」
私はあからさまな不快感を見せた。まさか本当に幽霊と何かを見間違えたのではなかろうか、それよりも私に似たような人と指摘されて面白い訳がない。
「ああ、そうだけどそうじゃなくて……と言うよりも、以前にあたしがイメージラフで描いてた瑠璃とそっくりと言うか……」
そっくり……と英梨々が口にした所で私もこの子が何を言いたかったのかが漸く分かった。
瑠璃、それは去年私と英梨々がいたサークルで同人ゲームを作っていた時に、シナリオルートに採用されなかったキャラクター、メインヒロイン巡璃の前世の名前だ。
しかしそれはあくまでもゲームの中のキャラクター。つまり二次元ヒロインが三次元化するなどいくら何でもあり得ない。あり得ない事だ。
いいえ、その前世ヒロインを三次元で演じた人物が一人だけいる。
以前私たちのいたサークルの仲間で今は副代表として色々な意味でサークルの影の支配者と化している加藤恵さんだ。
去年の学園祭の時、作品ルートに選ばれなかった瑠璃を加藤さんに、倫理君…倫也君の前で演じてもらった事があったのだ。
加藤さんは元々地味なショートボブ髪だったけれど去年の夏から髪を伸ばしポニーテールにして……考えても見たら瑠璃を演じてもらったその時から、まるで私のように長くて漆黒ストレートな髪型をしていた事を今更思い出す。
でもこの春にはもう元のショートボブな地味ヒロインに戻っていて、つい先日会った時にも髪の短さは変わりなかった。
だから英梨々が見たという長い黒髪のソレは彼女でもない。
ともかく言えるのは、英梨々が見たそれは実在しないという事。きっとこのポンコツ娘が赤の他人と見間違えたか徹夜のし過ぎで寝ボケて幻を見ただけなのだろう。
そう結論付けてから、私はもう一度、スーパーマーケットのフロアを見渡す。そこは夕方の時間だから多くの買い物客がいて、明るいBGMと活気のある館内放送のアナウンス、周りのざわめきで店内は賑わっていた。
「……え?」
しかし私はその中にポッカリと空いたエアポケットのような、いいえ、日常に突然出没した暗黒物質のような何かを見つけてしまった。
制服姿の長い黒髮の女。
それはまさしく、そこのポンコツ娘が見たという、私がイメージしていた瑠璃と同じ姿をした何かだった。
そのようなモノは有り得ないと今さっきまで一笑していた私は言葉を失ってしまう。
◆ ◆ ◆
「……ってちょっとあんた、待ちなさいって。どうしたのよ?」
さっきあたしが何を見たのか。それを上手く説明できなくて考え込んでいた時、急に霞ヶ丘詩羽がふらりと目の前を遮るように歩き出したものだから、あたしは自分よりも背丈のある詩羽の肩を思わず掴んで引き止めようとしてしまった。
すると、こちらに振り向いた詩羽はまるで幽霊でも目にしたように引きつっていたのだ。
「え、だって今そこに、瑠璃が……」
「何を言って……え?」
詩羽の口にした名前に今度はあたしの方が耳を疑いそうになった。詩羽の指差す先を辿ってみるが、しかしその先には詩羽が見たというそのような黒髮女の幻すら見当たらない。
「…………」
再びまるで夢遊病のように再び歩き出した詩羽は何を見たと言うの?
この幻覚の正体をハッキリさせようと、あたしも詩羽の後ろに付き添って歩き出した。
店内はタイムセールの直前らしくたくさんの買い物客の姿があって賑やかな雰囲気に満ちていた。だけどあたしはそのような活気に耳と目を傾ける余裕はない。売り場を一つ一つ奥の方まで見落としなく全てをチェックしていく。
まるで無限の回廊のように感じた生鮮食料品売り場は、しかし当然ながらやがて突き当たりになる。そこを曲がるとまた別の食料品売り場が続いていた。その先を見渡すが、やはり有り得ない者は存在していない……
「あの……二人とも?」
「何よ? 今は忙しいの、恵!」
「そーなんだ。うん、わかった」
あたしは振り返りもせず前に集中しながら詩羽に付いて再び売り場を真っ直ぐ歩き出した。だけど、そこに居るのはやはり買い物中の人たちばかり。
その先でさらに曲がるとまた売り場が続く。その突き当たりはさっきいたパン売り場だ。そこにも見当たらない。
「ほんとうにどこにもいない……」
「どこに……消えたと言うの?」
パン売り場から先に行くと一階からのエスカレーターのそばに辿り着く。つまり二階を一周したという事になるのだ。
最初にいた所に立ち戻って再び生鮮食料品売り場を見るが、やはりさっきと変わりがない夕方の風景。長い黒髮の制服姿の女なんていない。
「……ごめん、時間取らせちゃったわね。なんか徹夜でアニメ見てた所為で私、疲れてたのかも」
ここまでの事で変に気疲れしてしまったあたしは、何かの見間違いに巻き込んでしまった事を詩羽に素直に謝る。
「それを言ったら私も似たようなものよ」
詩羽も同じく幻覚を見てしまったらしく、途中からは先頭を進んでいったりと延長戦の責任を少しだけ感じていたからか、詩羽も素直に応じてくれた。
「ま、まぁ、小説書くときの何かのネタになると思うし……無駄にはならないわね。それよりもさっさと会計を済ませるわよ」
そう言って詩羽はあたしを置いてエスカレーターのある方に歩き出そうとしたのだが……
「あれ! 霞ヶ丘先輩、どうしてこんな所にいるんですか! あと澤村・スペンサー・英梨々先輩も」
「……え?」
ちょうどその時、制服姿の女の子が下のフロアからエスカレーターで上がって来たのだ。
「って、波島出海!」
背の小さいその制服少女はお下げ髪と胸元を上下に弾ませながらあたしたちの元に駆け寄って来た。
波島出海、あたしたちの後輩で倫也のサークルの今の原画担当の子。
突然の登場に不意を突かれた詩羽は目を丸くしているが、わざわざフルネームで呼ばれたあたしは自分に向けて突き出されている何かに負けただけでなく、ついで扱いされた事もあって強く当たり返してしまう。
「あんたこそ何しにこんな所に来たのよ!」
「みなさんいい所にいました! あのっ、恵さんを見ませんでしたか!」
そう言って波島出海は更に一歩、ぶつかる寸前まで身体を寄せて迫ってきた。それはまるで探している相手に何か危機迫っているかのようだったから詩羽もあたしも正直に答える。
「……恵? 今日はまだ会ってもない……けど」
「あたしもよ。で、一体どうしたって言うの?」
加藤恵、倫也のサークルの当初からのメンバーで今は副代表、あたしとは同学年の女子で……陰が薄いと言うか存在感が時々なくなると言うステルス属性持ちでありながら……以下略。
その加藤恵に一体何があったと言うのか……。その事を話し出そうとする波島出海はしかし次第にニッチもサッチも行かなくなって取り乱してしまう。
「あの! 絵のモデルでみなさんの作った前作ヒロインの時の巡璃みたいな長いポニーテールになってもらったら、ポニーテールを解いた途端に恵さんが恵さんじゃなくなっちゃって、でも少し性格がブラックな感じはそんままだったかも……いえ違うんですっ恵さんは裏表のない素敵な人です! ともかくその姿のままで……」
「ってそれじゃ意味わからないから落ち着きなさいよ!」
余りの動揺っぷりを目にして、と言うかこの子と恵の間で何があったって言うのよ!って心の中でツッコミつつ、あたしは思わずその小さな肩を捕まえようとしたのだけど、ちょうどそのタイミングで波島出海は顔と身体を更に突き出してきた。
「ですから! 恵さんが何かに取り付かれたまま、ここに来ちゃったみたいなんですよ! だからわたしと倫也先輩がその後を追ってきたんです!」
「って! ウワッ!」
突然お下げ髪を揺らせながら頭と顔が迫ってきただけでなく、あたしの身体が柔らかい何かに押し出されてしまったものだから、あたしは思わず後退りしてしまい、後ろにいた買い物客か誰かに受け止められてしまう……。
「……大丈夫?」
「あ、す、すみません! ちょっと波島も気をつけなさいって!」
あたしは慌てて身体を離して直ぐにとにかく謝る。そしてその相手の顔を見る間も無く振り返ると、そこには既に頭を下げている波島出海の姿があった。
「ご、ごめんなさい澤村先輩!」
「あたしはいいから後ろの人に謝りなさいよ!」
「は、はい~~ッ!」
あたしに促された何島出海は後ろにいるという人影に慌てて向き直すが……
「って、ええええええええ~~~~! めっ、恵さんッ!」
一息の間も無くここがスーパーマーケットの店内である事を忘れてしまったかのように、この子は突然大きな声を上げたのだ。
「……ちょっ!」
出海の叫び声にあたしも慌てて顔を向けるが……目の前に立つボブカットな髪型の人物が幻でも何でもなく実際にそこにいると言う事に頭が追いつかないまま立ち尽くしてしまう。そんなあたしの前を跳ぶように横切って、波島出海は逃がさないとばかりに両手でしっかりと恵を捕まえた。
あたしたちの探していた加藤恵はいつからそこに居た?
「 今までどこに行ってたんですか~~! 心配したんですよ!」
「え~わたしならさっきからずっと二人の後をついてきていたんだけど?」
「……め、恵! あんた、一体いつからあたしたちの後ろにいたのよ!」
「加藤さん、その……気配殺すのはやめて欲しいわ。さすがに心臓に悪いから」
あたしも詩羽も、誰もいないと思っていた自分たちの直ぐ後ろに恵がいた事に言葉を失ってしまう。
しかしそんな周りの動揺に気を止める事もなくマイペースに恵は話を進めていく。
「えっと、英梨々と詩羽先輩が何かを探してる時からかな。あ、ちょうどよかった。いつの間にか買い物カゴにいろんなものがあって困ってたんだけど、みんなどう思う?」
そう言って恵は片手に掛けていた買い物カゴをみんなの前に差し出してみせた。それを見たあたしたちは目を疑ってしまいそうになる。
「これって……ちょっと、これはさすがに何を考えてるのよ、あんたは!」
「……スッポン丸ごと一匹って、この店のどこにこんなのがあったわけ?」
「スッポンを使うなんて、まるでマンガみたいなスタミナ料理ですよ、これは」
「スタミナどころか倫理くんが不倫理くんになるくらい色々とアレな子作り鍋ね。もしかしたらこの前完結した歴史上の英雄が復活して活躍するファンタジー小説の主人公みたいに気付いたらメインヒロイン二人◯ませちゃうんじゃないかしら。因みに幼なじみで妹分のような子だけはセーフだったみたいだわね」
「わたしはそれにカウントされないんですか!」
「って言うかあんた! こんな所でエロトーク始めんじゃないわよ!」
「あら、私はもう女子大生なんだから十八禁の束縛なんて受けないわよ、あなたとは違って。それにそのラノベは一応大手出版社から出てたんだし」
「うるさいわね! スッポンには年齢制限ないんだから私でもこんなのぐらい食べられるわよ!」
「澤村先輩~~わたしがこんなに食べちゃったら鼻血が出て死んじゃいそうですよ~~」
「と、ともかく、値段も張る事だし、恵、さっさと戻しちゃいなさいって」
「うん、そうするよ。みんなで食べちゃうのはやっぱりなんだか嫌だし。でも私、なんでこんなの選んじゃったんだろ?」
そんな事を呟きながら恵は生鮮食料品売り場の方に戻っていった。
「で、出海さん」
「は、はいっ!」
詩羽の鋭い視線に波島出海は思わず後ろに一歩退いてしまうが、詩羽は更に二歩も詰め、獲物を追い詰め取り逃がさないように片手を柵にドンッと突き出して更に迫る。
ついには吹き抜けを囲う柵にまで追い詰められた波島出海は、自分の上に覆い被さるように張り出す詩羽の胸と自分を見下ろす視線に息を飲んでしまう。
「彼女があんなに暴走するなんて幾ら何でもあり得ないのだけれども、ここに来る前にいったい何があったのか、詳しく聞かせてくれないかしら?」
この圧迫に息が詰まりそうだった波島出海は、恐る恐る見上げて答えた。
「で……ですから、巡璃みたいなポニーテールが作れる長い黒髮のカツラを付けてもらってたら、ポニーテールが解けた途端、恵さんの目付きとか雰囲気とかが急変しちゃったん、ですよ」
「長い……カツラ?」
「それって……もしかして?」
とりあえず波島出海から身体を離した詩羽と英梨々は顔を見合わせて同じ事を思い浮かべた。その話の通りなら、さっきまで二人して追いかけていた黒髮の女の幻の正体は……
「ポニーテールを解いた後も暫くは大人しくわたしのモデルになっててくれたんですけど、ある程度わたしが書き上げた所で急に晩御飯を買いに行くって言い出して……わたしも倫也先輩も引き止めようとしたんですが……そう、まるで詩羽先輩のように有無を言わせなくて、それで恵さんはカツラを着けたままここに来ちゃったんです」
「えっと、こんな感じかな?」
「そうそう、そうです、そんな感じです恵さ……って!」
突然表情が固まったと思ったら、急に青ざめた波島出海は背もたれする柵から崩れ落ちるようによろめいた。
この子は何を見たと言うの? 詩羽とあたしは、何かを見つめたまま固まっている波島出海の視線を辿るように振り返って……
「……!!」
そして、某ホラー映画のそれとしか表現しようのない何か黒い物体を目にして、あたしたちまでも固まってしまう。
「な、なななななななな……っ!」
気配もなく二人の背後にいたのは、まるで詩羽のように漆黒の長い艶やかな髪を持つ、幻だったはずのあの黒髮の女だったのだ。顔の辺りにまで長い髪が掛かって、僅かに見える白い片目以外、表情はほとんど垣間見れない。
「で、出た~~~~!」
あたしは思わず涙目を見せながら隣にいる詩羽に抱き付いてしまう。その詩羽も完全にその場で凍りついていた。
「どうしたの、二人とも?」
ノシリと更に一歩近づいてくるそれから、あたしは隠れるように柱と化した詩羽の陰に回り込む。
すると、その目の前に立つ怪人黒髮女は自らの髪を鷲掴みして前に向けて引き剥がしたのだ。長い黒髮の下には……肩までしかない短いショートボブな髪が現れた。
そこにあった顔は、それはさっき生鮮食料品売り場に戻っていったはずの加藤恵だった。
「だからわたしだって~」
「あ、あたしがホラーとか苦手なの知ってるでしょ!」
「あ~~倫也君の部屋で英梨々と初めて会った時の事だね」
流石に冗談になってないからあたしは猛然と抗議するが、恵はそれさえもフラットに受け流してしまう。
「……あんたはそんなどうでもいい事まで細かく覚えてるのね」
一方、詩羽は何故か波島出海に詰め寄っていた。
「出海さん、こんなホラーなヒロインなんて流石にこれは私のキャラじゃないわよ!」
「ゴメンナサイゴメンナサイ、全然違いました~~!」
……まぁ、詩羽の場合はヤンデレ属性なら軽く演じれるだろうけど。
「でも、このカツラって最初に付けてみた時みたいにちゃんと被るのって難しいし面倒だね」
恵は黒髮のカツラを両手に抱えて髪の長さを見ている。
「だからと言ってこんなお店の中でカツラを出したりまた被ったりしないでよ、恵!」
「戻ってみたら、みんながわたしとこのカツラの事を話してたからつい」
そう言いながら恵はカツラを肩にかけてたカバンに押し込んでいた。その反対側の腕には買い物カゴがある。あたしはその中を覗き込むと……
「それでこの買い物カゴの中、さっきのがまだあるんだけど?」
「ええっと、流石に一度カゴに入れて持ち歩いたものをまた戻すのも、お店の人に申し訳ないかなぁって思って」
「でもそれって無駄に高くない?」
スッポン丸ごとなんて、学生が買うには少し、と言うかかなり高級すぎる食材ではある。
「やっぱりかなり高いよね。でも、みんなもいる事だし、せっかくだからこの前のお仕事祝いにしようかなって。お店の人に教えてもらったんだけどスッポンってコラーゲンもたくさんあるんだよ」
「仕事祝い? まぁコレも一人前なら私たちのお財布でなんとかなりそうだし」
「あたしたちはお仕事していたのだから一応毎月の給料も出てるわね。もちろん『フィールズクロニクル』を完成させた報酬は別なんだけど」
「じゃあ、今夜はこの前のお仕事祝いも兼ねてすっぽん鍋にでもしようかなって思うんだけど、どうかな?」
「それならあたしは良いわよ、スッポンぐらい平気なんだから」
「わ、わたしも頑張ってみます!」
「どうせこのまま行くんだから別に表明しなくても……いいわよ、私もいただくから」
◆ ◆ ◆
それからわたしたち四人は、さっきの高級食材を店の調理場で卸してもらう間にもう少しだけ晩御飯の食材を選んでから、一階で会計を済ませて、重い買い物袋を四人で分けてからスーパーマーケットを出た。
外ではわたしと一緒にここまで来ていた倫也先輩が待っていた。
「倫也せんぱ~~い!」
「出海ちゃんやっと出て……って」
わたしは一人駆け出して先輩の腕を捕まえると、みんなの所に引き寄せた。
「はいご苦労様、波島さん。後は私が引き継ぐから」
「え、ちょっ! 無理やりわたしたちを引き裂くんですか! って言うか私のパートってたったこれだけで終わりなんですか~~!」
◆ ◆ ◆
私たちの元にやって来たのは、私と英梨々が以前いたサークルの代表でさっきから名前の上がっていた倫理君、安芸倫也君だ。逃さないよう今度は私がその腕を捕まえて私たちの中に引き込む。
「う、詩羽先輩に英梨々も? 二人もここに買い物に来てたんですか?」
歩きにくそうにしながら倫理君は私に話しかけてくれる。
「そうよ。たまたま私たち、ここで買い物してて一緒になったの」
私はそう応えながらその男の子の硬い腕を更に引き寄せた。すると、予想通りの反応が起こった。
「というか霞ヶ丘詩羽! あんた倫也から離れなさいよ!」
今度は英梨々が私と倫理君を引き離そうとしてきたのだ。私は悪態を見せつつ、それとなく倫理君から離れた。
「これぐらいいいじゃない。あなたは学校で毎日顔を合わせるんだし。そんな事より、波島さんからさっき聞いたけど倫理君もここに来てたのね」
「ええ、まぁ……とりあえずここで待ってましたけど」
そう言うと倫理君はこの場にいるもう一人に話しかけた。
「で、恵は元に戻ったのか?」
「……わたしはいつもフラットなままだと思うけど?」
加藤さんは感情の起伏を一切見せずに、スマホ画面を操作しながら空返事をする。というかこの子、買い物の会計待ちしていた時からずっとそれを弄ってるんだけど。
「いやさっきの恵のアレは流石に色々と。さ◯子がリアルでテレビから飛び出して来たかと思ったし」
「え~わたし、そんなに怖かったのかな?」
「俺も声を掛ける勇気もなかったぐらいだったんだからな」
「確かにさっきのはホラーだったわね、シャレにならないくらいに」
「恵さん、怖かったですよ~~」
みんなが加藤さんを注視する。
すると流石に周りの雰囲気に気付いたのか、加藤さんはスマホから目を離して私たちを見て、「もう、絶対そんな事ないよ~」と不服そうに反論して見せると、「それよりももうそろそろかな?」と不意に話を変えてきた。
「え、何がそろそろなの?」
どこかに振り向いた加藤さんに釣られて、私たちもその視線の先を追ってしまう。
そこには駆け足でこちらに向かってくる男子生徒の姿があった。近づいてきた所で私たちはそれが誰なのかやっと気付いた。
「ふぅ、加藤さんも酷いなぁ。急にミーティングがあるからって十分以内にこんな所まで呼び付けるなんて」
波島伊織、そこにいる波島…出海さんのお兄さん。去年は大手サークルと言うかあの紅坂朱音のサークルにいたのだが、いつの間にかそこを辞めて倫理君のサークルに鞍替えしていた。
あと、この人に対する加藤さんの扱いが酷いとは聞いていたけれども……でもなんで今、呼び出したのかしら?
「……って、まさか?」
ここにいる女子四人がそれぞれ結構大きく膨らんでいる買い物袋を手にしている。そしてここに今、男手が二人。
「え、ここで呼んであげないと、この話に登場する機会がなさそうだったからだけど」
「嘘だ。いつもは後で議事録メールするだけなのに」
倫理君はこの加藤さんの謀にすぐに気付いたらしい。そんな彼に容赦なく、加藤さんは自分の手にする買い物袋を手渡した。
「それじゃ、倫也君、荷物お願いね」
「待て恵、この買い物袋結構重そうだぞ。お前らも少しぐらいは……」
「みんなのもお願いね、倫也君」
加藤さんは倫理君に有無を言わせない。
「……伊織、もう状況は分かっているよな」
「ああ。まぁ、一緒に居させてもらえるだけでも一歩前進だと思うことにするよ」
◆ ◆ ◆
坂の上からは新宿とかの高層ビル街が遠くに見える。茜色の空も少しずつ薄暗い青に染まり出していた。その視線を急な下り坂に向けると、両手に買い物袋を持つ倫也くんとかの姿が。
坂道を上る倫也くんもこっちを見上げている。
こんな構図は桜で満ちた春や暑い陽射しの夏…去年の冬にもあったかなぁ。とりあえず秋の季節では余り記憶にない気がする。
秋の安芸くん、なんてちょっとくだらないフレーズに笑みが零れそうになったわたしは、わざと視線を外して気持ちをフラットに整え直し、そしてまた向き直した。歩き慣れているからか、彼はもう声が届くような距離にいる。
「遅いよみんな! 待ってる間に一曲作っちゃったじゃない」
後ろの方からそんな声が飛んできた。それに釣られて振り返ると坂道の途中から、もう一人のサークルメンバーの氷堂さんが顔を出していた。
これで原画の出海ちゃん、企画とシナリオの倫也くん、わたし、それからあと一人。わたしたちのサークルのメンバーがこれで全員揃った事になる。
それだけじゃない。一年前にもサークル活動でゲームを一緒に作った詩羽先輩と英梨々が今日もいる。
もう二度と一緒に何かを作る活動なんて出来ないと思っていたから、わたしの方からわたしたちのサークルを手伝って欲しいと英梨々にお願いしたのがついこの前なのに、なんだか不思議な感じがしてしまう。
わたしたちのサークルの再スタート。ここにみんながいる。だから……
「倫也くん、今夜もわたしと一緒に頑張ろうね」
「ってあんたと二人で何するつもりなの!」
「もちろんゲーム作りだけど」
「それならなんで二人だけになるのかしら」
「と言うか私、原画担当メインメンバーですよね、部外者じゃないですよね!」
「そうだよ、倫也くんとみんなと、だよ」
そう言ってわたしは倫也くんに手を伸ばした。
最終正妻戦争の決着はもうついてましたので…… Rhino(ライノ) @Rhino40
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