第36話

「ね、猫がしゃべった」


 ハルヒが呆然と呟いた。森さんと古泉も驚愕している。お前には言っただろ古泉、シャミセンは喋るんだって。シャミセンは俺の方を向いた。


「約束を果たせずすまなかった。だがとても見ていられなくなったのであえて禁を犯し人語を扱うことにした。主とてここで黙って殺されるのは不本意であろう」


 そりゃそうだが。まあしょうがねぇか。だがお前が喋っても事態は好転しないと思うぞ。


「主はモリアーティー教授があの妙齢の女性で、モラン大佐があの笑顔のさわやかな友人だと何故思うのか」


 無視かよ。まあいい、俺の考えではこの世界はイニシャルに沿って作られた世界だ。


 ハルヒはSHでシャーロック・ホームズ、朝比奈さんはみくるのMでM・ハドスン夫人、森さんはモリアーティーのモリ、執事の古泉はセバスチャン繋がりでモランって感じだ。だから古泉と森さんがモランとモリアーティーだと俺は思った。思ったんだが。


「やはり主もそう思ったか。私も初めそう思った。だが妙だと思わないかね」


 俺と長門か。


「彼女はそうだが私が言いたいことはそこではない、あの青年のことだ。何故彼だけイニシャルではなく職業なのだ」


 それは…分からん。


「得てして綺麗な型にはまった結論というものは動かしたくないものだ。凡庸なる者にとって異なる見方をすることは非常に難しい。だが、だまし絵が示すように同じものでも違う見方ができる場合がある」


 つまりセバスチャン繋がりで考えたのは間違いってことか。


「いかにも。彼はこの件ではただの執事であり事件とは何の関係もない」


 だがさっきの場面で朝比奈さんを背後から刺すことは古泉以外できないぞ。扉は閉まっていたし、俺やハルヒ、森さんの三人は朝比奈さんからかなり離れていたんだから。


「ここで見方を変えるのだ。あの女性を刺すことは彼以外にはできない。ゆえに、彼は犯人ではあり得ない」


 チェス盤をひっくり返すぜ!というわけか。シャミセンよ、残念だがお前は文法を学んだほうがいい。『ゆえに』っていうのは前の文章と後ろの文章が正しく繋がっている時、つまり順接の時に使うんだ。『雨が降る、ゆえに傘がいる』って感じだ。お前が言った文章は『ゆえに』じゃなくて『だが』とか『しかし』を使うのが正しいぞ。


「僭越ながら主に教わるほど私は言語に不慣れではない。『ゆえに』で合っているのだ。彼にしかできないということが逆に彼が犯人ではないということを示している」


 意味が分からん。じゃあ説明してみろよ。


「主からみて彼の性格はどう思うか」


 そうだな、最初会った時は油断ならない奴って思ったけど今ではいい奴だと思っている。


「私もそう思う。加えて言えば、抜け目ない、あるいは計画的なイメージを持っている。雪山で私を使ったトリックなど、なかなか思いつけるものではない」


 お前の言いたいことがだんだんわかってきた気がする。


「その通り。彼に限って、自分にしか容疑がかからない条件で犯行に及ぶとは考えられない。唯一あり得るのは一気に片をつける場合だがこれも違う。すなわち、彼は我々の味方だと断定できる。もう一つだけ補足として言っておこう。彼が味方だと信ずる証拠は君たちが今生きていることだ。この部屋へ来る時、主達はどのような順番で走っていたかね」


 えっと、ハルヒの後を俺、朝比奈さん、森さんで最後が古泉の順だった。


「そして最後尾の二人が銃を所持していた。君たちは前を向いて走るため二人が同時に発砲した場合間違いなく反撃する間もなく射殺されていたことだろう。その後二人で長門君を射殺しルパンと探偵団が銃撃戦に陥り主たちとルパンが死亡、二人だけ奇跡的に残った、といえば世間は何の不思議にも思わん。まあ、あの警部は騙されんだろうが」


 と言ってシャミセンはふぅと呼吸を整えた。その隙に、今まで蚊帳の外だったハルヒがシャミセンに反論した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る