勇者の絶望 その2
「そんな、パイセンがオレの父親。父さんだったなんて……」
「…………タカユキ。こんなわたしを父とよんでくれますか。あなたたち母子を捨てた身勝手な男を……」
「死んだ母から聞いていました。事情があって一緒には暮らせないけど、けっして恨んではいけないと。生活費のすべては、父から贈られたものだと」
寂しくはあったけど、お陰でオレたち母子は生活に窮するということはなかったんだ……。それがどんなに大切で大変なことか、大人になって自分で働くようになった今なら解る。
もちろん、子供の頃に会っていたら、こんなにも素直に認められなかっただろう。パイセン……いや、父さんの胸ぐらを掴んで、
「そのぐらいしか、出来ることはなかったのです……」
パイセンがオレに申し訳なさそうに答えたのと、ほぼ同時に――
「どの口が……。どの口がいうんだ!!」
フロランがパイセン。……父さんに向けて叫んだ。憎悪をにじませた瞳で睨み付け「いますぐ消してやる! 殺してやる! くらえ
オレはおもわず身構えたが、なにも起きない。
女神の指先から稲妻は放たれなかった。
「……無理ですよフロウ。貴方にも力はほとんど残ってはいないはず。回復を意図して女神空間に逃げ込んだことがその証拠」
「ぐっ……」
図星だったのだろう、表情を歪ませたフロランが自分の指先をマジマジと眺める。
「それに、自身だけ転移すればいいものを、わたしたちもいっしょに運んでしまった。つまり転移魔法の効果範囲の調整が出来ないぐらい弱まっている。最後の全魔力を振り絞っての転移とみました。……おそらく、いまの貴方の力は普通の人間女性とかわらない」
そういって、パイセンがフロランとの距離を詰め、稲妻を放とうと構えた腕を掴み自分の胸に抱き寄せた。
「!? は、はなせ! 離しなさい!!」
「……離しません」
「人間風情が、これで勝ったもり? 調子に乗るな!」
「もう離さない……絶対に」
「離せといっている! っうかさ、さっきなんかいってなかった? はん、笑わせる……。出逢ったころの君? 純真無垢な女神だ? そんな
逃げ出すように父さんの胸を叩きながらフロランが詰る。
「…………」
父さんはフロランの好きにさせている。
どうみてもただごとでは無い。父さんとフロランの間に、過去なにがあったというのだろう?
「なんで今更現れたんだ! うっ……グス。なにをしに現れたんだ! どの口であたしに説教をする? おまえが、あたしにしたことを忘れたの? もう忘れたんでしょ? 言ってみろ! ホラ、いいなさいよ!!」
途中から嗚咽を混ぜらせている女神が、駄々をこねる子供のように溢れた想いの奔流をぶつけている。それでも力を緩めず抱きしめている父さん。あまりの展開に、部外者のオレが出る幕はない。
「忘れてなどいません。忘れたことなどない」
「なら、なんであたしの前に現れた! あたしの前に現れることができたんだ!!」
「……君の暴走を止めたかった。そして、できればひとつ。ただひとつの言葉を伝えたかった。幸いにも、その機会をえることができたようです」
「言葉? はん。何をいうつもり? いまさら説教なら止して。いまのあたしは、汚らしい人間の男にいいように騙され弄ばれ堕ちるところまで堕ちた馬鹿な女神。純真無垢だった……、なにも知らなかった……。子供だった…………。あのときのあたしとは違う!!!!」
「フロウ……」
父さんが真剣な眼差しでフロランを真正面に見つめる。
「なっ、なに? ……マジ顔で」気圧されたフロランは震え声。
「これだけ。一言だけ伝えたい」
「……いいわ。聞いてやろうじゃない」
「わたしが愛しているのは、君だけだ」
「!? は、はああっ? ふ、ふざけないで!」
「フロウ。愛している」
「勝手なことをいわないでよ! あんたエルフと……あの忌々しい泥棒エルフと何をしていた!」
「ルイユとのことは、遊びでした」
「――ッ、なっ!?」
「今でも、いっしょに暮らしていますが。……ただの同情です」
「遊び……同情……。いまじぶんの口で何をいっているのか、わかっている? よくそんなこと、クズだ……」
「…………そう、わたしはクズです。そのことは認めます。反論の余地がない。だがルイユに対しての感情は断じて愛情では無い。過去も……現在も。なぜならば、わたしの愛は常に君にあったから」
「は、そんな見え透いた嘘であたしが騙されると……」
「嘘じゃありません。言葉だけでは信用できないというのならば」
パイセンが己の腰に差した剣の鞘から刃を抜き放った。ギラリとした輝きが目に入る。
「なっ、なにをするつもり? って、え?」
その剣の柄をフロランに握らせ言葉をつづけた「この剣でわたしを好きにすればいい。君の気が済むのならズタズタに切り刻めばいい。どうせ老い先短い老人。君の手にかかり死ぬのなら本望だ。でも、もうやめて欲しい。世界を弄び快楽に身を委ねるのは……。やめてくれフロウ。それは醜い。君のすべきことではない。そのような君に追いやったのは、わたしなのだ。わたしが全て悪い。そのことは世界の……、世界を跨いだすべての異なる世界の人々が君を誤解しても! わたしだけは、わたしだけは知っている!! フロウ。本当の君を知っているのはわたしだけだ!!!! ………おねがいだから。やめてくれ……おねがいだから」
「……マサユキ」
「フロウ。ほんとうにごめん。言葉をいくら重ねようとも無意味なのはわかっています。でも、あのときのわたしはどうかしていた……君を裏切るなんて、君の心を傷つけるなんて……愚かでした」
父さんは、自らの喉にフロランが握った剣の切っ先をあて告げた。
「だから刺してくれ。その剣でわたしを! 君の手で終わらせてくれ!!」
「いよ……ずるい」
狼狽えているフロラン、オレからでも剣を握る手がおおきく震えているのが解る。
「刺せ!! はやく!!!!」
「そんなこと……できるわけない。そんなこと、マサユキにできないよ」
かぶりを振って剣を落としたフロランがその場に泣き崩れた。
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