変な宇宙人が俺の夏休みをメチャクチャにするっ!

天崎 剣

1◇ぬいぐるみ、襲来

 気温三十五度を上回る日々が続く夏休みも、気がつけば八月に入っていた。

 成績は中の中。特にコレといって目立つこともない、ごく平均的な中学生活も二年目で、せめてもの救いは、帰宅部でも目くじらたてない寛容……、言い換えれば、放任主義の両親に生温かい目で見守られてることくらい。過度に期待もされず、かといって、尻を叩かれることもない。

 自由でダラダラとした夏休みが、八月末まで続くはずだった。



 毎朝九時過ぎまでゆっくり眠る。ジリジリと照りつける朝日で急上昇していく室温に耐えられなくなってから、ガバッと起きる。

 気に入りの音楽をipodで再生し、今日は何しようか、誰と遊ぼうか、ベッドの上まで朝食をトレイごと持ってきて、スマホいじりながら飯を口にぶっ込んでいく。


 朝から気温は二十九度、セミは絶え間なく鳴いてるし、風もない。母ちゃんもいい加減体力尽きたらしく、


「スーパーまで、涼みに行ってくるわぁ」


 どうせ金なんかほとんど入ってない財布持って、毎日そそくさいなくなる。

 銀行も役場も設定温度上げてる中で、生鮮食品扱うスーパーだけは、未だに設定温度低いらしく、主婦の格好のたまり場になっているとか何とか。

 いわゆる節電とやらで、


「エアコンは禁止だ! 贅沢は敵だ!」


 父ちゃんが第二次世界大戦中みたいな勢いで珍しく叫んでから、家族三人、暑い日もじっと我慢だ。


「エアコンの風が身体に悪い、第一、電気の使いすぎは環境にも悪い、節電だ、節電!」


 ってのは、言い訳に過ぎない。

 暑さに耐えてるんじゃない、懐の寒さに耐えてるんだ。



 クラスでも頭のいいヤツらは、何人かで連れだって、冷房の効いた図書館で勉強とやらをしているそうだ。

 ウチの母ちゃんもそうだけど、家が暑いならどっか外へ出りゃいいって発想には、確かにうなずける。出不精の俺だって、流石に我慢できなくなると、涼しさ求めて、コンビニ、市民プールあたりで時間をつぶすし。


 最近じゃ、日が沈んでも、なかなか気温は下がらない。地球温暖化……環境破壊だか何だか知らないが、天気予報によると、熱帯夜連続記録を順調に更新しているそうだ。


「暑さ日本一は伊達じゃねぇなぁ」


 とか、あれ、何年か前、どっかに超されたんだっけか……、まぁいいや。

 暑さのひいてくる深夜まで、俺の自由時間。マンガゴロ寝読み、ゲーム、動画サイト巡りは、休みの日だからこそゆっくり出来ること。普段は課題課題で、それどころじゃないし……とか言いつつ、いつでもダラダラしてるわけだが。


 夏休みは自由でいい。開放的で。

 このまま、永遠に夏休みだったらいいのになぁって、思ってたんだ。



 ……アイツが来るまでは。



 *



 なんで、ヤツが俺んちに来たのか、未だ理由が分からない。

 ヤツはトボけて真意を言わない。



 だいたい、のっけからおかしかったんだ。


「やぁ、タカシ君、こんばんは」


 暑くて開け放してた窓の、網戸をコソッと開けて、ヤツはひょっこり顔を出した。


「はじめまして、こんな所からゴメンね」


 高さ十五センチ。素材、フェルト。頭には白いヘルメット、緑の厚ぼったい服に、黄色いスカーフ、白のパンタロン、黒長靴。

 俺は何度か目をしばたたかせた。

 何のキャラだっけ、コレ。見たことねぇな。

 ……夢に違いない。深夜だし。時計の針はもうすぐ十二時。ほら、やっぱり、夢を見る時間だ。

 ベッドに横になりながら、俺はそのとき、確かそうだ、ウトウトしてた。

 とにかく暑い日で、扇風機をガンガン回して、蒸し蒸しするこの空気がどこかに出て行かないもんかと、窓開け放して転がってたんだ。蚊がブンブンと室内をうろつく、寝ぼけまなこでパチンと叩く、寝る、また蚊がブンブン……。殺虫剤くらい常備しておくんだったと思ったけど、身体が重くて言うことをきかなかった。

 暑くてだるくてしんどくて。

 夏なんか嫌いだ……、エアコン……俺の部屋には絶対付ける気ないだろ……父ちゃんのアホー……。

 そんなときに、突然、UFOキャッチャーの景品みたいなぬいぐるみが、窓から顔を出してみろ、暑さにやられたとしか思わないから。

 ヤツは俺がまだ、すっかり寝てしまわないうちに、わざとらしくやってきた。


「おいしょっと」


 窓枠に手をかけて、ひょいと足を持ち上げる。そんで、申し訳なさそうに網戸を閉めて、器用にも窓から勉強机にのりうつり、オリンピックの体操選手よろしく、誇らしげに万歳して見せた。

 ああ、最近のイタズラは凝ってる。きっと、絵理の仕業だ。アイツ、もう宿題終わったのか。余裕だな、こんなぬいぐるみ作る暇があるなんてさ。

 そういや、俺、感想文と絵がまだだった……。あー、めんどくせー……、まだまだ時間はたっぷりあるんだから、あとで、ゆっく、り……。

 眠かった俺は、自分の部屋が二階なことも、隣んちの絵理の部屋まで数メートル離れていることも、頭からすぽんと抜けていた。


「今何時だと思ってんだよ……。お前も早く寝ろよな……」


 寝返りを打ち、半分口を開けたまま、ヨダレ垂らして下着姿で意識を失……


「グエッ!」


 何かが突然、俺の脇腹にものすごい衝撃を与えた。

 自分の声の大きさに、俺はハッと飛び起きて、頭を左右に何度も振る。

 な、何が起こった?


「タァー……カァー……シィー……くぅーん、おー……きー……てぇー……」


 よくよく考えると、いや、考えなくても、絵理の声じゃなかった。絵理はわざとらしいくらいのアニメ声だ。

 今聞こえてるのは、ダミ声。しかもかなり耳障りな声だ。

 左脇腹が痛い……。俺は痛みに耐えつつ、身体を起こして、声のする方を向いた。

 闇の中、何かが、ふわりふわりと宙に浮いている。


「えへ。起きた?」


『えへ』ってなんだ。『えへ』って。

 俺は突っ込みたくなる気持ちをグッと抑えて、目を凝らした。

 ……ぬいぐるみだ。あの、変な緑色のぬいぐるみが、喋っている、浮いている。


「ボクはトリビー。生きて行くには全く役に立たないことをしてあげるために、はるばる宇宙の彼方からやってきたんだよ! えっへん」


 誇らしげにヤツは言った。


「『えっへん』ってなんだ。『えっへん』って」


 俺は条件反射のように口に出し、その後で、しまったと後悔する。

 反応してはいけなかった。無視、すべきだった。


「何かしてほしいことがあったら何でも言って! でも、期待に答えるつもりは、一切ないけどね!」


 俺の突っ込みに興奮したらしく、ヤツは突然口調を早めた。自分をアピールするように、やたらと身振り手振りを付けて……、NHKの人形劇かお前は。

 できの悪い小学生の所に来た青狸は確か、色々手助けしてくれるはずだが、このぬいぐるみときたら、『期待に応えるつもりは一切ない』ってどういうことだよ。


「あのさ、別にやって欲しいこともないし、呼んでもいないから。ね?」


「そんなこと言わず、相手してよぅ」


「うるさいっ」


 タオルケットを頭まで被り、無視を決め込んだ俺を、ソイツは遠慮なしに何度も小突いた。腕、背中、腰、尻、足……って、


「コチョコチョはやめろ!! 眠れねぇし!!」


 ガバッと、タオルを剥ぐ。

 緑のぬいぐるみが、ニヤニヤとこちらを見ている。


「寝たらお話出来ないじゃん。起~き~て~よぅって、言ってるじゃん。宇宙人だよ、宇宙人」


「宇宙人な訳あるか。ぬいぐるみが何馬鹿なこと言ってんだ」


「宇宙人だってばぁ~」


 背中と胸元がべったりし、手足の関節にも汗が溜まって気持ち悪い。

 こんなときに、宇宙人だかぬいぐるみだか、得体の知れないイタズラだか何だかよくわからないものに、構ってなんかいられないっての。


「宇宙人でも何でもいいから、もう帰れよ。暑い! うざい! とにかく俺の部屋から出てってくれ!」


 絵理のいたずらにしては、手が凝りすぎている。

 ついに、変声器まで用意したか。


「タカシ君のいけずぅ~。ああ、眠っちゃダメ、眠らないでよぉ~」



 *



 きっと、体力の限界だったんだ。

 気がついたら、朝になっていた。

 その日も朝から三十度、とにかくだるくて。

 暑いな、変な夢見たな。寝汗ぐっしょりだったし、俺はそのくらいにしか思っていなかったわけだけど。

 洗面所で顔でも洗えば、ちょっとは涼しくなるかなと、ふと、鏡の前に立ってみて、初めて気づく。



 俺の肩に、変なものが乗っかってる。



 緑色の暑苦しい服と、白いヘルメットが視界に入る。

 肩の上で、嬉しそうに手を振って、鏡の中の俺を見つめている。


「おはよー、タカシ君。結構うなされてたみたいだけど、大丈夫?」


「ギャ――――――――ッ!!!!」


 それは、今まで見たどんな悪夢よりも恐ろしい出来事だった。

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