第23話 黄泉の羅刹鬼、参上!(4)
騒ぎからほどなくして、女装少年・金魚を除く全員がリビングに集められた。
どうやら綺晶は、容疑者を一カ所に集めて犯人捜しをする気らしい。
「名探偵が容疑者を一カ所に集める」と言えばミステリらしくて聞こえはいいが、やることは下半身のチェックだ。
いま、言い出しっぺの綺晶は金魚を呼びに2階へ行っている。
綺晶が不在の間に、事情を知らない百目鬼のおじさんが小声で俺に話しかけてきた。
「いったいどうなっているのかね。予定では私はとっくに殺されているはずだろう」
「すみません。ちょっとした手違いがありまして」
部屋から出るのを嫌がっていたおじさんが今回あっさりと姿を見せたのは、現在の状況を知りたかったからだろう。
俺は経緯を説明しながら、おじさんの服装を観察した。
部屋から出てきたおじさんは、高級そうな白いバスローブを着て、手に琥珀色の液体が入ったブランデーグラスを持っていた。
「ところで、その恰好はなんですか?」
「ふふ、どうだい。成金っぽいだろう?」
乾杯、とでも言いたげにドヤ顔でブランデーグラスを掲げるおじさん。楽しんでるなあ。
成金プレイを満喫するおじさんの図太さに感心していると、綺晶が金魚を連れて戻ってきた。
おそらく熟睡していたのだろう。見るからに寝起きで半眼の金魚は、Tシャツにジャージというラフな寝間着姿だ。
ちなみに全身泥だらけだった綺晶も、シャワーを浴びてTシャツと短パンに着替えている。
蔵子がコスプレ衣装を貸すと申し出たが、そこは断固拒否したらしい。
「金魚ってとんでもなく寝起きが悪いわね。いくら声をかけても全然起きてくれなくて、どうしようかと思ったわ」
綺晶がボヤきたくなるのも無理はない。
病弱な金魚はひどい低血圧で、一度熟睡するとそう簡単には目を覚まさないのだ。
熟睡中に叩き起こされた金魚は、眠そうに目をこすりながら俺たちに尋ねた。
「こんな夜中にみんな集まって、どうしたの?」
まだ状況が飲み込めていない金魚へ、綺晶は淡々と告げる。
「金魚。これからあなたの下半身を調べるわ」
「…………えっ?」
寝起きの悪い金魚も、さすがにこの一言で目が覚めたようだ。
顔を真っ赤にした金魚は両手で股間を押さえると、内股でもじもじと足を動かした。
愛らしくて、とても嗜虐心をそそる光景だ。
「犯人の足は雨で濡れているはずよ。だから順番に全員の足を見せてもらうわ。まずは金魚から……あら?」
金魚の足を調べようとした綺晶は、なにかに気づいてはたと動きを止めた。
「金魚? あなた、こんなに胸が小さかったかしら?」
金魚の平らな胸を見て、綺晶が怪訝そうな顔をする。
しまった!
おそらく金魚は、パット入りのブラジャーを寝る前に外していたのだ!
Tシャツ姿で現れた金魚の胸は、まるで男のように(男なんだけど)絶壁だった。
「あ、あの、これは、ブラを外したから……」
金魚が恥ずかしそうに両手で胸を隠す。真っ赤な顔でしどろもどろになる様は、とても嗜虐心をそそる光景だ。ああ、いじめたい。
「ブラを外した? ……もしかして、あなた」
何かに気づいた様子の綺晶。まさか、男だとばれたのか?
ハラハラする俺の前で、綺晶は金魚の手を握り、まっすぐに相手の目を見て訴えた。
「ごめんなさい。金魚がパットを使っていたとは知らなかったから、あなたに恥をかかせてしまったわ。でも胸が小さいことなんて気にしなくていいのよ。金魚はまだ中学生なのだから、成長するのはこれからよ」
綺晶が真顔で金魚を励ましている。
ここに至っても、綺晶は金魚の性別を微塵も疑っていないかった。恐るべきは金魚の女子力だ。
そんなこんなで一悶着ありつつも、綺晶は女性陣の足を一通り調べ終えた。
「おタケさんはメイド服から着替えた様子はない。双子は体が濡れているけれど、お風呂に入っていたのだから当たり前よね。そもそも覗きの被害者なのだから、容疑者から除外しても問題ないわ。金魚は服を着替えているのが気になるけれど――」
綺晶の独り言を聞きながら、俺は内心でひやひやしていた。
大丈夫、体を調べられても問題はない。
乾いたタオルでしっかりと足を拭いたから、雨に濡れたとはわからないはずだ。
服装も外に出る前と同じだから、着替えたとは気づかれないはずだ。
そう自分に言い聞かせるものの、どうにも緊張感が高まるのは避けられない。
そんな俺の緊張を感じ取ったのか、百目鬼のおじさんがずいっと一歩前に出た。
「おい! まさか、わしまで疑っているんじゃないだろうな。わしは二人の父親だぞ! 風呂を覗くわけがないだろう!」
「親だから覗かないとは言い切れないわ。……そういえば、おじさんはバスローブに着替えているわね。まさか濡れた体を隠すために……」
「わ、わしが覗き魔だと言うつもりか! 不愉快だ! こんなやつらと一緒にいられるか! わしは部屋に戻る!」
死亡フラグとしか思えない捨て台詞を残して、おじさんはどかどかと足音を響かせながら部屋に戻っていった。
見送った綺晶が、ぽつりとつぶやく。
「あの反応……怪しいわね」
そうか。
おじさんは、自分が怪しい行動をすることで俺から疑惑の目を逸らそうとしたんだ。
さすがサスペンスドラマのファンを自称するだけあってツボを心得ている。
「まあいいわ。次はヤスの番よ。早く足を見せなさい」
そう言って綺晶が俺の真正面にしゃがみ込む。
真上から綺晶を見下ろす恰好になり、俺の視線は彼女のTシャツの襟の隙間から覗き見える白い下着に注がれた。
……違うんだ。
これは覗こうとしたわけじゃなくて、たまたま見えただけなんだ。
心の中でいいわけしながら、俺は顔を逸らし、ちらちらとさりげなく視線を動かす。
そういえば、今の俺はパンツを穿いていないんだよな。
俺の前で跪いている綺晶になんとも言えないむず痒さを覚えつつ、俺は無意識に前屈みになりながら、彼女の襟元をちら見する。
「雨に濡れた形跡はないわね」
ズボンの確認を終えた綺晶が顔を上げ、俺は素早く目を逸らした。
「なあ、綺晶は内部犯を疑ってるようだけど、やっぱり外部の人間の犯行じゃないのか?」
俺はダメもとで綺晶を間違った推理へ誘導しようと試みる。
こんな手に引っかかるとは思わないが、多少でも探偵を迷わせることができれば儲けものだ。
「きっとおばさんを襲った犯人が、どこかに隠れているんだ。そいつが屋敷の周囲をうろついていたんだよ」
「いいえ、そうは思わないわ。犯人は内部の人間よ」
「でも、誰も足は濡れていなかったわけだし……」
「この犯人は用意周到よ。体を拭くタオルぐらい用意していても不思議じゃない。乾いたタオルで足を拭けばごまかすぐらいは……でも、そうね。ズボンを失った犯人は下着が雨で濡れているはずだわ。もしも犯人が下着の替えを用意していなかったら……」
綺晶の視線が俺の股間に注がれて、俺は居心地の悪さに見舞われる。
綺晶は俺の股間をじっと見つめながら言った。
「脱いで」
「断る」
「愛子。ヤスを押さえつけて」
「合点!」
いつの間にか背後に回り込んでいた愛子が、俺を羽交い締めにする。
「や、やめろ! 手を放せ! なにをする気だ!」
「うるさいなあ。男らしく諦めろよ」
「愛子、お前、この状況を楽しんでるだろ! うわ、綺晶、どこ触ってるんだ!」
羽交い締めにされて身動き出来ない俺のズボンに、綺晶が指をかける。
綺晶の細くて白い指がベルトを解き、ズボンのチャックをゆっくりと下げていく。
そして――。
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