第22話 黄泉の羅刹鬼、参上!(3)
深夜零時。
美少女名探偵・綺晶からようやく解放された俺は、廊下に人気が無いことを確認して、こっそり部屋を抜け出した。
明日になれば台風は過ぎ去ってしまう。そうなる前に、なんとしてもあと二人殺さなければいけないのだ。
深夜だろうと殺人鬼に休んでいる暇はない。
雨音に紛れて廊下を進み、俺は明かりの消えた音楽室へと忍び込んだ。
強風でガタガタと揺れる窓の音を聞きながら、俺は素早くスピーカーの裏板を外して、中に隠しておいた袋を取り出した。
袋から引っ張り出したのは……白い仮面と黒いマント。
ついに、怪人の登場だ。
高鳴る鼓動を抑えつつ、俺は用意しておいた防水仕様の黒い作業服に着替えていく。
服が雨に濡れたら外に出たことが一目でばれてしまう。
俺は服を脱いでパンツ一丁になると、ブルゾンとカーゴパンツに似た作業服を着込み、念のため靴下も防水仕様のものに履き替えた。
真っ黒な作業服の上に、フード付きの黒マントを装着。白い仮面をつけてフードをかぶり、カーテンを開ける。
窓ガラスに映る俺の姿は、黒装束の怪しい仮面男!
「ふははは!」
ばっさばっさとマントと翻してみる。やだ、かっこいい!
「いいぞ。どこからどう見ても謎の怪人だ。綺晶にもこの姿を見せてやりたいくらいだ」
同じミステリ趣味を持つ綺晶なら、殺人鬼のロマンをわかってくれるに違いない。
そう思ったものの、「綺晶に見つかったらその場で捕まってゲームオーバーだよな」と冷静に判断。
俺は怪人ファッションを見せびらかしたい衝動を抑え込んだ。
「さっさとおじさんを殺しに行くか」
高笑いして気が済んだ俺は、仮面をつけたまま行動を再開する。
まずは人目につかないように窓からおじさんの部屋に侵入して、用意しておいた偽装工作を施すとしよう。
それが終わったら、誰かにわざと姿を見られて「屋敷に怪しい人物が侵入している」と名探偵に思い込ませるのだ。
俺は防水加工された靴を履くと、床が濡れないようにタオルを敷いて、意気揚々と音楽室の窓を開けた。
音楽室の外はベランダになっていて窓から簡単に出入りできる。まずはここから外に出て……。
ゴウ!
外に出た途端、横殴りの雨が俺に襲いかかってきた。
俺は素早く窓を閉めて軒下へと逃げ込むと、風雨を避けるように壁に沿って歩き始めた。
今ごろおじさんは、俺が殺しに来るのを部屋で待っているはずだ。
俺が慎重かつ早足でおじさんの部屋を目指していると、ほどなくして、進行方向に明かりの漏れている窓が見えてきた。
あれ、こんなに近かったかな? おじさんの部屋はもっと奧だった気がするけど。
不審に思いながら、俺は壁沿いに進んで窓に近づく。
すると、窓の向こうから「ざばー」というお湯があふれる音と、無防備な話し声が聞こえてきた。
「はあ~、やっとお風呂に入れた。もうくたくただよ」
「お疲れだね、愛子ちゃん。それにしても二人でお風呂に入るのは久しぶりだね~」
風呂!?
どうやら窓の向こうでは愛子と蔵子が入浴中らしい。
そうか、ここは浴室だったのか。
ど、ど、どうしよう。
いやいや、どうするもなにも無視して通り過ぎるに決まってるだろ。それ以外にどうしろと言うんだ。
俺は気を取り直すと、窓に影が映らないように身をかがめて……。
「蔵子はおっぱい大きいよな。同じ双子なのにどうしてこんなに差がついたんだろ」
おっぱいが……大きい……。
「ちょっと、愛子ちゃん。じろじろ見ないで~。恥ずかしいよ~」
「こらこら隠すんじゃない。いいから揉ませろ!」
「きゃ~」
「おっ、これは柔らかくていい揉み心地。また大きくなったんじゃないか?」
なにやってんだ愛子!
くそ、どうしたことだ。これから第二の殺人を行わないといけないのに、俺の足が動かない!
くっ……。わかった。正直に打ち明けよう。
俺は風呂を覗きたい!
これは男なら当然の欲求だ!
だからちょっとだけ、ちょっとだけ……。
「もう~。そんなことする愛子ちゃんは、こうしてやる~」
「うわ! や、やめ、くすぐったいだろ! そんなところ触るな!」
ゴクリ……。
そっと窓を開けた俺は、食い入るように風呂場を覗き――。
「なにをしているのかしら?」
背後から冷ややかな声が聞こえてきて、俺はメデューサを前にした冒険者のごとく石化した。
おそるおそる振り返ると、そこには怒りを通り越して無表情になっているずぶ濡れの綺晶が立っていた。ホラー!
「怪しい仮面で顔を隠すなんて、さてはあなた……変質者ね!」
綺晶がずぶ濡れの手で「びしっ」と俺を指差す。
どうやら俺の正体には気づいていないようだ。
ならばまだ望みはある! この場を逃げ切れば俺の名誉は保たれる!
俺は一目散に逃げ出した。
「待ちなさい!」
嵐の中、ずぶ濡れの綺晶が髪を振り乱して追いかけてくる。ホラー!
「逃がさないわよ!」
叫ぶなり、綺晶が俺の足にタックルをぶちかます。
かろうじて転びはしなかったものの、綺晶が俺の太ももにがっちりとしがみついて離れない。
仮面の殺人鬼、女風呂をのぞいていて逮捕――。
そんな間抜けな捕まり方はイヤだ! 絶対に逃げ切ってみせる!
俺は防水仕様のズボンを脱ぐと、脱皮よろしく綺晶の手からするりと抜け出した。
「待ちなさ、うわっぷ!」
ズボンを掴んだまま、綺晶が前のめりに転倒する。
チャンスだ。
綺晶が泥と戯れている間に、俺は屋敷のそばにある林に逃げ込んだ。
暗闇と木々と雨で視界が遮られる中、俺は林の中を突き進み、屋敷に戻るルートを探す。
勘を頼りに林を抜けると、幸いにもそこは音楽室のすぐそばだった。
すぐさまベランダに駆け寄り、窓を開け、室内に転がり込む。
きっと綺晶は俺を追いかけて、林の中を探し回っていることだろう。
危機一髪。俺は名探偵に気づかれることなく、どうにか音楽室に戻ってくることができた。
だが、ここで休んでいる暇はない。
俺は肩で息をしながら手早く着替えをすませる。
仮面にマント、作業服を袋に詰め込もうとしたところで、俺は下半身がぐっしょりと濡れていることに気がついた。
綺晶にズボンをはぎ取られたので、雨に濡れてしまったのだ。
用意しておいたタオルで足を拭き、床についた水滴を拭き取るが、びしょ濡れの下着はどうしようもない。
やむを得ず俺は濡れた下着を脱ぐと、素肌の上にズボンを穿いた。うう、変な感触だ。
着替えを終えたノーパンの俺は、窓から出入りした痕跡が残っていないことを念入りに確認して、衣装その他もろもろを袋に入れてスピーカーの中に押し込んだ。
時間にして3分弱。
どうにか隠蔽工作を終えた俺は、呼吸を整え、何食わぬ顔で音楽室を出る。
すると風呂場の方から騒ぎ声が聞こえてきたので、「おや? なにかあったのかな?」とわざとらしくつぶやきながらそちらへ向かった。
浴室の前では、風呂上がりでパジャマ姿の愛子と蔵子が、駆けつけたメイドのおタケさんに事情を説明していた。
「覗きだよ! 私と蔵子が風呂に入っていたら窓から誰かが覗いてたんだ!」
俺は回れ右したい衝動に駆られたが、さすがにそういうわけにもいかない。
覚悟を決めると、俺は素知らぬ顔で愛子に近づいた。
「どうしたんだ、愛子」
「ヤス! 聞いてくれ! 私が風呂に入っているのを誰かが覗いていたんだ!」
「はっはっはっ。愛子の裸を覗きたがる男なんているわけないだろう」
愛子がローキックするのを俺は紙一重でかわす。
怒る愛子には申し訳ないが、冗談でも言わないと冷静さを保っていられる自信がない。
「なにかと見間違えたんじゃないか? ほら、今日は風が強いから、木が揺れているのが人に見えたとか」
「いいえ。たしかに変質者が覗いていたわ」
廊下の奥の暗闇から断言する声が聞こえてきた。
ぺた、ぺた、という足音と共に現れたのは、全身泥だらけの美少女?名探偵・綺晶だ。ホラー!
「す、すごい恰好だな。どうしたんだ?」
「変質者ともみ合っているうちにこうなったのよ」
声のトーンは冷静なのに、言葉の端々からそこはかとなく怒りの波動を感じる……。
俺は淡々と怒る綺晶にぞっとしつつ、あくまで知らぬ存ぜぬを押し通す。
「本当にそんなやつがいたのか? そもそもどうして綺晶は外にいたんだ?」
「窓から外を眺めていたら、たまたま人影が目に入ったのよ。白い仮面に黒いマントというあからさまに怪しい恰好だったから、捕まえて話を聞こうと思って……」
夜中にたまたま窓の外を眺めていたら、偶然怪人を見かけた?
なんという間の悪さだ。
事件のあるところへ狙い済ましたように関わってくるのは名探偵の宿命なのか。
俺が名探偵の悪運に身震いしていると、愛子が不思議そうに首をかしげた。
「えっ、白い仮面に黒マント? それって……」
……そういえば、愛子は俺の怪人ファッションを一度見ているんだよな。
どうやら愛子は怪人の正体に感づいたようだ。
やめて、それ以上追求しないで!
そんな俺の祈りも空しく、泥だらけの綺晶が話を続ける。
「私はすぐに外に出て怪しい人物を捜したわ。そこで目撃したのよ。怪人物が風呂場を覗いている現場を!」
ぎゅん、と音を立てて愛子の首がこちらを向く。
やめて、そんな目で俺を見ないで!
できることなら弁解したかったが、綺晶の前で正体を明かすわけにはいかない。
俺は殺気混じりの視線から目を逸らしつつ、せめて遠回しに怪人のフォローをしようと試みた。
「そ、それは勘違いじゃないか? きっとその男は屋敷に忍び込もうとしていたんだよ。それで開いている窓を探していたら、そこがたまたま風呂場だっただけで……」
「いいえ。あれは確実に風呂を覗いていたわ。愛子と蔵子の裸を覗いていたわ!」
「許せないな。犯人を捕まえたら半殺しにしてやる」
怖い。愛子の声が本気すぎて怖い。
「安心しなさい。犯人はすぐに見つかるわ」
殺気をまき散らす愛子へ、綺晶は手に持っていた泥だらけの塊を見せる。
綺晶が持っていたのは、俺が脱ぎ捨てた防水仕様の長ズボンだ。
「ズボンを脱いだ犯人は、下半身が雨でびしょびしょに濡れているはずよ。下半身を調べれば、誰が犯人かすぐにわかるわ」
――こうして、名探偵主導による俺たち全員の下半身チェックが始まった。
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