第15話 密室の中の密室(1)

○ここまでのあらすじ

 中学生男子の新米殺人鬼ヤスは、美少女名探偵・綺晶を出し抜いて計画殺人を遂行しようとしていた。

 嵐の夜。山奥の洋館に閉じ込められたヤス、綺晶、双子の愛子・蔵子姉妹、同級生の女装男子・金魚、館の主である百目鬼夫妻、メイドのおタケさん、医者の良寛先生……。

 そこてヤスは、ついに第一の殺人を実行する。

 ヤスは綺晶に「屋敷内を探険しよう」と声をかけ、彼女をアリバイ工作に利用しようとするが……。



※ ※ ※



 深夜。

 美少女名探偵・綺晶と二人で屋敷内を見回りながら、俺はさりげなく腕時計を確認する。

 百目鬼のおばさんを殺害してから、まもなく30分が経とうとしていた。

 あと少しだ。

 あと少しで俺は「犯行時刻は名探偵と一緒にいた」という鉄壁のアリバイを手に入れられる。

 順調にアリバイ工作が進行していることに満足した俺は、余裕を持って廊下を進み、そこで気がついた。

 さっきまで隣を歩いていた綺晶が、いつの間にかいなくなっていたのだ。


「綺晶? どこだ?」


 持っていた懐中電灯で辺りを照らすと、階段を昇る綺晶の背中が目に入った。


「おい、綺晶。どこに行くつもりだ」

「二階を調べようと思っただけよ。どうしてそんなに焦っているのかしら?」

「焦ってるわけじゃない。綺晶が急にいなくなったからびっくりしたんだ」


 動揺を悟られないようにごまかしながら、俺は脳味噌をフル回転させる。

 二階には事件現場であるおばさんの寝室がある。

 できれば俺のアリバイが確定するまで綺晶を現場に近づけたくないが……どうすれば彼女を足止めできる?


「綺晶、ちょっといいか?」


 俺は階段を駆け上がって綺晶の腕を掴むと、彼女を足止めしようとして……ええと、とにかくなにか言わなければ……。


「お、俺と、少し話をしないか?」

「話って?」

「それは、その……綺晶に聞きたいことがあるんだ」

「私に? なにかしら」

「それは……」


 時間を稼ぐんだ。どんなことでもいい。綺晶を一秒でも長く引き留めるために、思いついたことを尋ねるんだ。


「綺晶は好きなやつとかいるのか?」

「え?」


 俺の苦し紛れの質問に、綺晶がキョトンという顔をする。

 しまった、俺は何を聞いているんだ。

 この質問はいくらなんでも唐突すぎる。

 だが、ここで会話を終わらせるわけにはいかない。

 どうにかして話を広げないと……。


「だ、だから、お前に彼氏はいるのか聞いてるんだよ」

「……なぜそんなことを聞くのかしら?」


 まさか「アリバイ工作のための時間稼ぎだ」と答えるわけにもいかず、とっさにいいわけを考えた俺は……。

 綺晶の手を掴んだまま、彼女の目を真正面からじっと見つめた。

 見つめられた綺晶は、心なしか緊張しているようだ。

 焦る俺と緊張している綺晶が無言で見つめ合い、そして――。


『キャアアアァァァ――――!』


 二階から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 綺晶がすぐさま二階を見上げる。

 今だ!

 俺は綺晶から手を離すと、彼女を追い抜く形で階段を駆け上った。


「ヤス!?」

「二階にはおばさんの寝室がある! もしかしたら今の悲鳴は……」


 俺は綺晶に先んじて扉の前に立つと、乱暴にドアをノックした。

 当然ながらおばさんの返事はない。

 俺は力任せに扉を開けようとするが、扉には鍵がかかっていてびくともしない。

 ちらりと綺晶を見ると、彼女はすぐそばで俺の行動を見守っていた。

 いいぞ、これで扉に鍵がかかっていることを綺晶にアピールできた。


「おばさん! 何かあったんですか! ……返事がない。おばさんは部屋にいないのか?」

「どきなさい」


 綺晶は俺を押しのけると、太鼓を叩くような勢いで扉をノックした。

 だが、いくら扉を叩いても、いくら大声で呼びかけても、おばさんの返事はない。


「どうしたの? いったい何の騒ぎ?」


 騒ぎを聞いて最初に駆けつけたのは、金魚だ。

 さらに愛子と蔵子、それから百目鬼のおじさん、良寛先生とつづき、最後にメイドのおタケさんが到着した。


「おタケさん! 部屋の合い鍵は?」

「すぐに取ってきます」


 事態を察したおタケさんがスペアキーを取りに行こうと階段を駆け下りる。

 その間、百目鬼のおじさんは迫真の演技でわめき散らすと、


「どけ! わしがやる!」


 と綺晶を押しのけ、扉を叩いたり強引に開けようとしたりとみっともなくあがいた。


「お待たせしました。スペアキーです」

「よこせ!」


 戻ってきたおタケさんから鍵束を奪い取り、おじさんが鍵穴に鍵を差し込む。

 おじさんが乱暴に扉を開けると、俺たちは一斉に部屋へとなだれ込んだ。


「こ、これは!」


 部屋に駆け込んだ綺晶が息を呑む。

 ……百目鬼のおばさんが、頭から血を流してうつぶせに倒れていた。

 そばには大理石の灰皿が転がっており、おばさんが何者かに襲撃されたことを示唆している。


 ――第一の事件発生。


 盛り上がってきた物語に内心でわくわくしていると、愛子が俺たちを押しのけておばさんに駆け寄ろうとした。


「お母さん! お母さん!」

「触らないで。ここは医師である私に任せなさい」


 おばさんの肩を揺すろうとした愛子を、良寛先生が止めた。

 医者である良寛先生が診察すると申し出たので、俺は愛子の腕を掴んでおばさんのそばから引き離した。


「……おかしいわね」


 つぶやいたのは、部屋の入り口に立って室内を見回していた綺晶だ。

 人が血を流して倒れていたら、普通はそっちに注目するはずだ。

 特に綺晶の性格なら真っ先におばさんに駆け寄りそうなものなのに……なぜ彼女は悠長に部屋を眺めているんだ?

 疑問に思いながら、俺は綺晶を真似て室内を見回す。

 点けっぱなしの照明、内側から施錠された窓、血糊が飛び散ったフローリングの床、DVDがびっしりと並んでいる本棚、きちんとベッドメイクされたダブルベッド、アンティーク調の猫足テーブル、テーブルに置かれたスマホと空のグラスとガラス製の水差し、電源がオフになっている液晶テレビとDVDレコーダー、化粧台、箪笥、クローゼット……。

 ぱっと見た限りでは不審な点は見当たらない。

 何が気になっているのかと俺が訝しがっていると、綺晶は独り言のようにつぶやいた。


「犯人はどうやって逃げたのかしら?」


 なるほど。綺晶はこの部屋がアレじゃないかと気になっているんだな。

 アレは推理物に欠かせないシチュエーションだ。綺晶が気にする気持ちはよくわかる。

 よし、ここはひとつ綺晶の期待に応えてやるか。


「どうした綺晶。何を言って……ハッ! ま、まさか!」


 俺は大げさに驚くと、室内を見渡してわざとらしく叫んだ。


「窓はすべて内側から施錠されている。部屋の出入り口には鍵がかかっていた。つまり、この状況は」

「そう。これは密室殺人事件なのよ!!」


 意味もなく「びしっ」と俺たちを指差す綺晶。

 お前、それが言いたかっただけだろ。


「ふざけるな! わしの妻が殺されたんだぞ!」


 律儀に密室宣言する探偵へ、おじさんが食ってかかる。

 妻が襲われたのに「これは密室殺人だ」とか叫んでいる探偵がリアルにいたら、そりゃ怒鳴りたくもなるだろう。

 怒るおじさんをなだめていると、おばさんの容態を診ていた良寛先生が声を上げた。


「百目鬼さんはまだ生きているわ」

「本当か!」


 妻が生きていると知り、おじさんの顔が喜色に染まる。

 迫真の演技だ。と言うか、おじさんノリノリだ。


「意識を失っているけど、死んではいないわ」

「つまり、これは密室殺人未遂事件なのよ!」


 綺晶が言い直した!

 おばさんが襲われたことよりも部屋が密室になっていることを重要視する名探偵。

 そんなふてぶてしい発言をよそに、良寛先生は重々しくつぶやく。


「事態は一刻を争うわ。右後頭部を鈍器で殴られて頭蓋骨陥没の重傷。早く救急車を呼ばないと命に関わるわ」

「夜神島に救急車はないよ」


 間髪入れずに愛子が答える。

 ついこの間まで医師すらいなかった夜神島には、救急車も、急患を搬送する救急病院も存在しない。


「仕方がないわね。私の車で診療所まで運ぶわ。おタケさん、この家に担架の代わりになりそうなものはあるかしら?」

「は、はい。少々お待ちを」


 おタケさんがその場を離れ、俺は良寛先生を手伝いながら、綺晶の様子を横目で観察する。

 綺晶は嬉々としてスマホのカメラで室内を撮影していた。

 どうやら現場検証を気取っているようだ。

 綺晶は入り口の横にあるテーブルを撮影すると、蔵子に話しかけ、答えを聞いて鷹揚にうなずいた。

 綺晶は床に落ちていた大理石の灰皿を撮影すると、指紋がつかないようハンカチ越しに左手で掴み、持ち上げ、右手に持ち替えて振りかぶった。


「なるほど。そういうことね」


 つぶやいて灰皿を元の場所に戻す綺晶。

 さっきから綺晶がなにをしているのか、俺にはなんとなく察しがついていた。

 綺晶は誰が犯人なのか推理しているのだ。

 ……ドラマや小説では不自然に思わなかったけど、こうして名探偵の行動を目の当たりにすると背筋が寒くなってくる。

 だってそうだろ?

 目の前で知り合いが死にかけているのに、どうして冷静に現場検証なんてできるんだ?

 名探偵という人種には血も涙もないのか?

 死にかけている人を助けるよりも現場検証を優先する綺晶は、初めての殺人事件で心躍る気持ちが表情からにじみ出ていた。

 俺は少しだけ、名探偵という生き物を気味悪く感じてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る