第13話 成金男と赤いドレスの女(5)
俺にあてがわれた部屋は、一階東側廊下の一番手前にある個室だった。
廊下の突き当たりにある客室には、綺晶と良寛先生が親子で泊まっている。
金魚は愛子・蔵子姉妹の部屋に近い二階の客室をあてがわれていた。
俺の部屋と綺晶の部屋は離れているので、俺がこっそり部屋を抜け出しても彼女に感づかれることはないだろう。
時刻はまもなく夜の11時。
……ここからは、殺人鬼の時間だ。
俺はスマホを持って自分の部屋を抜け出すと、足音を忍ばせて一階奥にある食道へと向かった。
ここには屋敷内のすべての部屋の鍵が束になって保管されている。
俺は鍵束をポケットに入れると、人目がないことを確認して食堂を後にした。
次に向かった先は、二階にあるおばさんの寝室だ。
おじさんは一階の書斎を寝室代わりにしているため、二階の寝室はおばさんが一人で使っていた。
俺は忍び足で階段を昇り、寝室の扉の前で立ち止まる。
コンコン。
俺がノックをすると、すぐさま扉が開かれた。
「待ってたわよ~。いよいよ私が殺されるのね~。わくわくするわ~」
喜色満面のおばさんが大喜びで俺を迎え入れる。
少し前まで語尾に「ざます」をつけていたおばさんだが、蔵子ばりの間延びしたしゃべり方が彼女の素だ。
「それで、私はどうやって殺されればいい? 悲鳴を上げた方がいい? 抵抗して暴れた方がいい?」
「おとなしく死んでください。おばさんは油断しているところを背後から殴られて、悲鳴をあげる暇もなく意識を失うことになっているので」
「え~、つまらないわね~」
子供のように頬を膨らませたおばさんが、俺に背を向けて室内へと歩き出す。
俺は後ろ手に扉を閉めると、テーブルの上にある大理石の灰皿に視線を向けた。
「ねえねえ、死ぬときはどんな服装がいいと思う? 見栄え良くセクシーなネグルジエに着替えた方がいいかしら~? ほら、二時間サスペンスドラマにはお色気も必要だから~」
「そのままの恰好でお願いします」
「つまらないわね~」
不満を述べるおばさん。こちらに背を向けているので顔は見えないが、ぶすう、と唇を尖らせた顔が容易に想像できる。
俺は大理石の灰皿を左手で掴み、持ち上げる。
うん、ずっしりとした重量感のあるいい凶器だ。
俺は利き腕である右手に灰皿を持ち替えると、おばさんの背後に忍び寄った。
「ところで、おばさんのスマホにメールを送ったんだけど、もう見ましたか?」
「メール? いいえ、見てないわね~」
おばさんはベッド脇に置いてあったスマホを手に取ると、電源を入れ、四桁の数字を入力してロック画面を解除した。
「メールは来てないわね~」
そう言いながらスマホ画面を見つめるおばさんの、無防備な後頭部めがけて、俺は灰皿を思い切り振り上げた。
その後。
偽装工作を終えた俺は、持っていた鍵でしっかりと扉を施錠してから、おばさんの部屋を後にした。
※ ※ ※
俺は急いで食堂へ戻り、鍵束を元の場所に戻す。
ここまでは誰にも姿を見られていない。最初の難所を越えて俺はホッと安堵の息を吐いた。
細工は流々。あとは犯行時刻のアリバイ偽装工作をすれば準備完了だ。
「さてどうやってアリバイを確保しようか」と思案しながら食道を出た俺は、ひとまずリビングへと向かい……。
そこで、ばったりと名探偵に遭遇した。
「綺晶? こんなところで何やってるんだ?」
名探偵と鉢合わせした真犯人(俺)が驚きに声をうわずらせる。
驚いたのは相手も同じらしく、綺晶は暗がりで目を懲らすように俺をにらみつけた。
「ヤスこそ、こんな時間になにをしているのかしら?」
「俺は、ちょっと眠れなくて水でも飲もうかと……」
「眠れなくて? では、ヤスも私と同じというわけね」
「同じって?」
「不気味な伝説のある絶海の孤島で、荒れ狂う暴風雨に見舞われ山奥の洋館に閉じ込められた私たち。これこそミステリ小説に登場するクローズドサークルそのものよ! 興奮して眠れないヤスの気持ちは痛いほどよくわかるわ!」
どうやら綺晶は、ミステリマニア垂涎のシチュエーションに興奮しすぎてじっとしていられなかったようだ。
綺晶らしいと思いながら俺は適当に話を合わせる。
「そうなんだよ。やっぱりミステリ好きならわくわくするよな」
「ここで誰かが死んだら面白いでしょうね。殺人事件が起こり、たまたま居合わせた名探偵が事件の謎を解く。想像しただけでゾクゾクするわ。ヤスもそうでしょう?」
「いや、さすがにそこまでは……」
こいつは根っからの名探偵だと感心しながら、俺は脳内で打算を巡らせる。
ここで綺晶と出会えたのはラッキーかもしれない。
綺晶にはこのまま俺のアリバイの証人になってもらおう。
今から三十分間、綺晶と行動を共にすることで俺は不動のアリバイを手に入れるのだ。
「なあ、綺晶。せっかくから屋敷の見回りをしないか? 嵐の夜に不気味な洋館を探索するなんて、かなりのミステリ気分が味わえると思うぞ」
「それはいいアイデアね。こんな絶好のミステリ日和に部屋に閉じこもるなんてもったいないわ」
「そうと決まれば、まずは食堂に行こう。非常用の懐中電灯があったはずだ」
首尾良く綺晶を誘うことに成功した俺は、興奮する彼女を連れて屋敷の探索に乗り出した。
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