第12話 成金男と赤いドレスの女(4)

「玄関に手紙が届いておりました」


 夕食後。

「会話の中にさりげなく伏線を入れなければ」と俺が焦っていると、メイドのおタケさんが一通の封書を持って現れた。

 封筒を受け取った百目鬼のおじさんが不審そうに眉をしかめる。


「切手も消印もないじゃないか。この手紙はどこにあったのだね?」

「郵便受けに入っておりました」


 実際は、俺がおタケさんに手渡しで託したものだ。

 良きタイミングでおじさんに渡すよう頼んでおいたのだが、今がその時だとおタケさんは判断したのだろう。

 みんなが見守る中、おじさんは封筒を開けて便せんに目を通す。


「なんだこれは」

「どうかしたんですか?」


 俺が便せんをのぞき込むと、そこには印刷された文字でこう記されていた。


『復讐の時が来た。亡者は十五年の眠りから黄泉がえり、咎人を奈落に突き落とす。咎人は覚悟せよ。今宵は復讐の夜なり。――黄泉の羅刹鬼』


「黄泉の羅刹鬼?」


 手紙を覗きこんだ愛子が首をひねり、俺は「キタキター!」という思いを胸に秘めながら表向きは冷静に応じる。


「羅刹鬼ってのは地獄の獄卒のことだ。現世で罪を犯した亡者に責め苦を与える魔物だよ」

「ふざけた名前だな。どうせ誰かの悪戯だろ? お父さんも気にすることないよ」

「あ、ああ、そうだな」


 悪戯だと断じる娘に、おじさんは青い顔でうなずく。

 その様子を眺めていた美少女探偵・綺晶は、おじさんの手から便せんを取り上げて文面を黙読した。


「悪戯としか思えないけれど、かといって無視するわけにもいかないわね」

「どうしてだ?」

「『咎人』とは罪人のこと。『奈落』とは地獄のこと。つまり、この手紙は『罪を犯した人間を地獄に落とす』と書いてあるのよ。これは殺人予告とも受け取れるわ」

「殺人予告だとお!」


 大声を張り上げておじさんが立ち上がり、つづけておばさんが金切り声を上げた。


「誰かが私たちを殺そうとしていると言いたいざますか!」

「その可能性がないとは言えないわ。念のため聞いておくけれど、誰かに恨まれるような覚えはあるかしら?」

「知らん! わしは何も知らんぞ! 心当たりなど何もない!」

「けれど、この手紙には……」

「ええい黙れ! こんな馬鹿げた話に付き合っていられるか! わしは部屋に戻るぞ!」

「不愉快ざます! 私も失礼するざます!」


 早口でまくし立てると、おじさんとおばさんはどかどかと足音を鳴らして自室に引きこもってしまった。うむ、いかにもサスペンスドラマらしい展開だ。

 残された綺晶が、便せんを持ったまま蔵子に問いかける。


「愛子と蔵子は、手紙の差出人に心当たりはないのかしら?」

「心当たりなんてないよ~。それに、きっとただの悪戯だよ~」

「そうそう。お父さんはああいう人だから、嫌がらせを受けることも多いのよ」

「けれど、わざわざ『十五年』と具体的な数字が書かれているのが気になるわ。15年前に百目鬼さんの周辺でなにか事件があったのではないかしら?」


 と言われても、俺と愛子、蔵子、金魚の同級生4人は14歳なので、生まれる前のことを聞かれても答えようがない。

 島へ来たばかりの医師・良寛先生がおじさんの過去を知るはずもないので、残るは……。


「おタケさんなら15年前の出来事を知っているんじゃないか?」


 俺が「15年前」を強調すると、メイドのおタケさんは神妙に頭を下げた。


「申し訳ありません。私は10年前に夜神島に引っ越して来たので、それ以前のことは存じ上げません」

「あら、おタケさんは夜神島の出身ではないの?」

「はい。私はもともと東京に住んでおりました」

「東京から夜神島に引っ越して来たの? 離島に越してくるなんて珍しいわね。生活するなら都会の方が便利だと思うのだけれど」

「ご縁があったんです」


 おタケさんが自然な口ぶりで、台本通りに台詞をそらんじる。


「いろいろあってふさぎ込んでいた時期に、たまたま旦那様と知り合あったのです。旦那様は娘のために住み込みでピアノを教えられる人材を捜しておりました。ピアノに心得のあった私は心機一転するのもいいかと思い、こちらでお世話になることにしたのです」

「おタケさんはピアノを弾けるの?」

「はい。はばかりながら音大を卒業しております」


 実際のところ、おタケさんのピアノの腕前は相当なものだ。

 愛子のピアノの才能が開花したのは、間違いなくおタケさんの指導によるところが大きい。


「住み込みで働くうちにあれやこれやと家事を手伝うようになり、いつしか家政婦の仕事が主になりました。家政婦の仕事とこの島の空気が私の肌に合っていたのでしょう。私はここがすっかり気に入り、今では夜神島に骨を埋める覚悟です」

「夜神島のことは昔から知っていたの?」

「はい。私の知り合いにこの島の出身者がおりました。夜神島はいいところだと常々聞かされていましたので、機会があれば行ってみたいと思っていたのです」


 落ち着いて語るおタケさんからは嘘臭さなど微塵も感じられない。

 すごいよ、おタケさん。役者の才能あるよ。

 俺がおタケさんの名演技に感心していると、綺晶は「知り合いにこの島の出身者が……過去形なのね」とつぶやき、難しい顔で考え込んだ。


「じゃあ、15年前に夜神島で起こった出来事について何も心当たりはないの?」


 俺が話を振ると、おタケさんは自然な素振りで「そういえば」と声を上げた。


「そういえば噂で聞いたことがあります。10年以上前に、こちらのお屋敷で働いていた家政婦が行方不明になったそうです。そのときは、黄泉の入り口に迷い込んで戻れなくなる『黄泉隠し』ではないかと騒ぎになったとか」

「それなら私も聞いたことがある。たしか家政婦と一緒に、お父さんの幼なじみだった考古学者も行方不明になったんだよな」


 おタケさんの話を、台本通りに愛子が引き継ぐ。


「考古学者は山で黄泉の入り口を探していたそうだ。だから行方不明になるとすぐに『黄泉隠しではないか?』と噂になったんだ」

「考古学者……黄泉の入り口……」


 ぶつぶつとつぶやきながら綺晶が思案を巡らせる。

 彼女が悩んでいる間に、俺はここまでの会話の中で出た伏線を頭の中で整理した。


 一、百目鬼家は夜神島の山地の大部分を買い占めた。

 二、百目鬼家の会社に多額の融資をしたスポンサーがいる。

 三、おタケさんは東京出身。

 四、百目鬼家の前任の家政婦は、15年前に黄泉隠しにあって行方不明になった。

 五、夜神島には「黄泉の入り口のから死者が蘇る」という伝説がある。


 一~四までは問題ない。

 五は金魚がテンパったせいでかなり無理矢理だったけど、一応話題にすることはできた。

 とりあえず、ここまでは及第点と言って良いだろう。

 俺がホッと一息ついた瞬間、窓の外が白く輝いた。

 ゴロゴロゴロ……。

 遅れて雷鳴が轟き、俺たちは今のが稲光だったことを知る。


「この天気だと帰るのは無理そうね」


 窓ガラスを叩く大粒の雨を見て、良寛先生がぽつりとつぶやく。

 その一言で、おタケさんはすぐさま姿勢を正した。


「旦那様から、皆様を屋敷にお泊めするよう承っております。よろしければお部屋までご案内いたしますが」


 メイドらしく恭しく一礼するおタケさん。

 こうして座はお開きとなり、来客である俺、金魚、綺晶、良寛先生は、各々の客室に案内されることになった。

 伏線ばらまきのための雑談タイム、終了。

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