悪魔との交渉
「悪魔さん」
「ふっ。悪魔にさん付けかね」
「あなたはどうすればトップになれるんですか?」
「ん?」
「同胞がたくさんいるんでしょう。その中であなたが営業トップになるにはどうすればいいんですか」
「営業トップ・・・俗な言い方だが間違ってはいないね。じゃあ参考まで。薄利多売か高付加価値か、だよ」
「すみません。よくわかりません」
「凡庸な魂なら数でこなし、価値ある魂なら1人でもお釣りがくるってことさ」
「因みにわたしは?」
「知りたいかね」
「知る権利があります」
「君は、凡庸だ」
「嘘、ですね」
「何?」
「わたしが凡庸な訳ないじゃないですか。あなたも分かっているはずですよね」
「?」
悪魔と奇妙な『交渉』に入ったわたしをサナさんがじっと見つめている。
悪魔に疑問符を抱かせたわたしに少なからず驚いているようだ。
実はわたし自身冷静に話す余裕などないギリギリの精神状態なのだけれども、命とか魂とかが掛かっている。必死で交渉を続ける。
「わたしは神社に毎朝参拝しています」
「神社? 神殿のことか?」
「まあ、そうです。高校の時は故郷の氏神様に。大学に入ってからは住まいの土地の神様に」
「ふん。西洋でも皆神を拝んでいるぞ」
「ところであなたの主人は力があるんでしょうね」
「主人? 軽々しく話題に上げるんじゃない。恐れ多いお方だからな」
「そうですか。けれどもわたしが今朝引いた
わたしは財布の中から折りたたんだ御神籤を出して広げた。
「争い事・・・『眼前に悪鬼が出でるが恐るるに足らず。無事解決に向かう』」
「ふ、はははっ! 馬鹿馬鹿しい! そんなもの、ただの占いだろうが」
「お黙りなさい!」
わたしは人生で一番大きな声で悪魔を一喝した。
「これは、ご神饌。神様の直のお声です。下衆が何を言うか!」
「貴様・・・話はもう終わりだ。今この場で射殺してやる」
「無駄ですよ」
「我とわが主人の力にはお前や神など無力だ」
「無知な・・・『神は人の敬によって威を増し、人は神の徳によって運を添う』この真実を知らないのですか」
「な、なんだ、それは」
「わたしは毎朝参拝する神様を心から敬っています。だからその神様から計り知れない運と力を与えられているのです。このわたしが凡庸な訳がなかろうが!」
言葉の勢いとは裏腹に足がガクガクと震える。けれども怯んではいけない。
わたしはなんとか踏ん張って言葉を全うする。
「あなたと主人の繋がりなどただの打算と損得の関係ではないですか。真に畏敬と神徳とで結ばれたわたしたちの敵ではありません!」
悪魔でも脂汗を流すようだ。
わかりやすく、息も荒くなってきている。
「営業成績が悪ければあなたなど主人に簡単に見限られますよ」
「糞・・・よりによってこんな強運の人間に当たってしまうとは・・・おい、ならば俺はどうしたらいい」
「ふ。『私』から『俺』になりましたか。ゲスの本性は隠せませんね」
「うるせえ! どうすれば俺は主人に殺されずに済むんだ! とっとと教えろ!」
「ふふ。さっきもう1発撃ったら赤字といってましたよね。最低あといくらでペイするんですか」
「あと2万円でぎりぎり収支トントンだ」
「ふ。見かけによらず商売下手ですね。ならばわたしがその銃を2万円で買ってあげましょう。どうですか?」
「く。わかった。2万だぞ」
わたしは財布の中身を見る。
小声でサナさんに言う。
「サナさん」
「なに?」
「2万貸して」
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