チャプター22:セスタム会館

 祭りが好きだった。人が多く動く、大きなイベントに参加するのが大好きだった。


 他人と一緒に騒ぐのも。ただ近くで見ているだけでも。とにかくその場に居て、日常とは違う空気を感じるのを楽しむのが大好きであった。


 それが良いものか悪いものかは関係ない。参加者全員が楽しむものでも、街に火を放つ迷惑行為の乱痴気騒ぎでも。勝手に空気に浸りたいだけの自分中心の考えであるのだから。


 罪悪感は無い。特別な状況で、特別な立ち位置で、特別なことをしている優越感がそれらを忘れさせてくれる。


「金とか、人を使って暴れたいだけとか……スターマークに協力している奴は皆そんな奴ばっかだぜ。横の繋がりなんてない烏合の衆だよ、俺らは」


 スターマークはそういう危ない奴らを見る目がある。覆面を剥がされ、ピンクのロープで両腕を後ろに回し手すりに縛れた男はそう締めくくった。


 ―――ピンクシールが行動を開始してからおよそ三十分。ポーターを見つけるのに、時間はさほど掛からなかった。


 先ほどとは別のビルの屋上。ポーターを見つけたピンクシールは他の友人が反応するよりも先に動き、捕まえて近くの屋上まで飛び、ロープで動きを封じて話をすることに成功していた。


 真っ先に居場所を聞くつもりだったが、ピンクシールは先になぜ怪人に協力しているのかを聞いていた。無論意図的ではなく、ポーターに対して一番の疑問に思っていたことを思わず口に出していただけ。


 対してポーターの男は特に隠すことなく飄々と自分語りを始めていた。態度からして捕まった焦りなどはなく、むしろ有名人に出会えた時の興奮が様子からわかりやすく見え隠れしていた。


 ピンクシールは説教の一つでもしてやりたかったが、その時間はない。それらの感情を抑え今度こそ本命の質問をすることにした。


「怪人は今、どこにいるの? 知っているなら教えて」


「今どこにいるのかは知らない。知っているのはスターマークはアジトみたいな場所をいくつか持っていて、俺はその中の一つだけを聞かされているってことだ。誰かに捕まったら教えていいとスターマークには言われているのさ」


 信じるかい? と締める男にもたらされた情報に、ピンクシールは顎に手を当て考えるような仕草をする。


 特に口止めもせずに居場所を吐くことを良しとしている。怪人のその姿勢はわかりやすく罠のような感じがして気になった。それに男の話は現状では信憑性はまだないものである。


 これだけの手がかりとはいえ、適当を言っているだけの可能性もあるが……今は自分よりも考えられる人が後ろに二人はいる。

 とにかく今は情報の精査よりも集めることを優先しようと、男にアジトの場所を聞いた。


「俺が聞かされているのは、キングトイズっていう玩具屋だよ。ブルーム通りにある店だ。もう潰れているけどな」


「キングトイズ、ね。わかったわ。とりあえず警察に連絡してるから、あなたはここで大人しくしててね?」


 すぐに来れるかはわからないが、怪人の仲間と言えば率先して動いてくれる筈だ。ピンクシールはそう思いながらシールを男の胸に貼り付け、男が何かを言う前にそのまま別のビルに移るように飛び去っていった。


「こんな状況で警察がすぐ来るわけ……待ってくれ、このダサいシール剥がしてくんね? ピンクさん!?」


          〇◎


「キングトイズ、ウェアムブリッジ公園……そして、このセスタム会館」


 ポーター狩りを始めてから、一時間を過ぎていた。五、六人目から聞き出したところで同じ情報が被ったため、目的地の一つに向かいつつ一度情報を整理することになった。


 現在ピンクシールは都心から少し離れた郊外にある集会所……ポーターから聞き出したアジトの一つであるセスタム会館へと訪れていた。


 外観は三階建ての建物で、離れて隣接している一般の家と比べて大きいのが一目で見てわかる。人によっては家というより屋敷に見えてしまうかもしれない。


 しかし元は青かったと思われる屋根は汚れて薄く変色し、扉や壁なども傷やひび割れなど、かなり古い建物であることが窺える。


 建物を監視していると、屋根の上からエレナのドローンが一機下りてきた。ピンクシールが中に入る前に辺りを見てきたものだ。


『人の気配とかは感じなかったけど、どうかしら。罠とかあるようにも感じられなかった』


「それって……何もないかも、ってこと?」 


『正直、私は時間稼ぎに感じるわ。流石に怪人の元にすぐ繋がるような手掛かりはあるとは到底思えない』


 ポーターの情報を聞いて、エレナは最初嘘っぽいと思った。ドローンを先に送って調べた時も、キングトイズという玩具屋は中が完全に空っぽの空き家の状態で、ウェアムブリッジ公園にいたっては広いとはいえ人通りの多い公園だ。流石にそんな所をアジトにするなどありえない。


 ならばと一番可能性がありそうなセスタム会館にピンクシールを移動させたが……やはり、その筋である可能性は拭うことはなかった。


 しかし、それでもピンクシールは「探してみよう」と答えた。


「ドローンでも探せない細かい所とか、ちゃんと探してみようよ。やっぱり何かあるかもしれないし、無いなら無いっていう収穫にもなるし」


『……そうね。早くも手詰まりになるよりは、やれることをやりましょう。玩具屋と公園をもう一度ドローンで探索してみるわ。もう一度調べてから、また考えましょう』


 決意してピンクシールは中へと入っていく。中は外側ほどボロボロではないが、埃とカビの匂いが強烈で長い間人が入っていないのを再確認できた。


 入ってすぐ目の前に階段があり、左右に広い部屋がある。左はキッチンと食卓の円卓テーブルのある部屋で、右はカビの生えたソファーと埃の被ったテレビがあるだけの部屋。おそらく居間なのだろう。


 ピンクシールはざっと見て引き出しや戸棚のある所を調べていく。テーブルの下や隙間など注意深く見ながら、1階は何もないことがわかり次に2階への階段を上っていった。


 階段を上る時に見上げると、途中の壁にスピーカーが設置してあるのが確認できた。なんでスピーカー? と疑問に思い立ち止まり考える。1分ほど考えてみてわからなかったので、スピーカーは一度置いておいて先に進むことにした。


 2階は左右に4つずつの合計8部屋があるのを廊下から確認できた。まず左から順に部屋を見ていったが……そのどれもがすべて同じの、寝室であった。


「……?」


 ピンクシールは訝しんだ。部屋自体ではなく、建物内の構造自体についてだ。


 入口すぐ手前に浴室のある寝室で、トイレと洗面が一緒になっているユニットバスだ。奥には一人分のベッドと体重計があるのみである。どこかの安く低品質なビジネスホテルの一室を連想させるものがあった。


 おかしいと思うし、よくわからないと思った。近所の集会所のような所だと思っていたのに、宿泊施設のような作りになっていたからだ。そういう建物なんだと言われればそうなのだろうが、ピンクシールはなんだかちぐはぐのような感じがしてならない。


 部屋数は少しあるが、特に調べるような所も無かったので2階もすぐに調べ終わった。次は3階に行こうと階段に向かう時、目の前からドローンが近づいてきて声を掛けてきた。


『セスタム会館について少し調べてきた。ピンクシールもドクターも作業しながらで良いから聞いてくれ』


 声の主はフェイクであった。ドローンはピンクシールの横に付き共に移動しながら話を続けた。


『ポーターから聞き出した3つの場所に何かあるというより、過去に何かあったんじゃないかと思って調べてみたんだ。キングトイズとウェアムブリッジ公園は特にそれらしいのは無かったんだけど、セスタム会館にはそれらしい事件があったのを見つけた』


階段を上る時、見上げるとまたスピーカーがあった。ここにもあるのかと思いながら、フェイクの話に耳を傾けながら先へ上っていく。


『17年前の事件だ。その会館にはラージオバックっていう宗教組織があったんだ』


「宗教組織……?」


 思わず立ち止まって、繰り返すように呟いた。今まで出てくることも予想することもなかったワードが出てきたため、少し驚いてしまった。


『そうだ。昔の記事を見つけた。その……カルト集団ってやつなんだ、記事を読んだ限りじゃかなり違法なものだ』


 少しだけ言いづらそうな感じで話すフェイクに、動きが一瞬止まっていたピンクシールが気を取り直して続きを促した。


「もっと詳しく聞いていい?」


『……読んでみたけど、気分が悪くなる話だ。大丈夫か?』


「ありがとう、私は大丈夫だよ。聞かせてほしいな」


 答えながら、ピンクシールは足を進める。


 3階に辿り着くと、部屋の扉が一つあるだけだった。開けて入ってみると、そこはとても広い私室であった。

 机やタンスや本棚などがあり、奥には二人は横になれるくらいのキングサイズのベッドが確認できた。その隣にもなぜか2階の寝室と同じ体重計があったが。


 カビ臭さはあるが1階と2階に比べて、かなり生活感を感じさせる部屋であった。


『表向きは女性の権利主張をする団体だったんだが、実態は違った。裏では性的目的の人身売買を行っていたんだ』


「え……」


 中を探索しようとしたピンクシールが今度こそ動きを止めて、ドローンの方を向いた。


 フェイクはあくまでわかりやすく、簡潔に概要を話していった。


『リーダーと男の信者達の共同謀議で行っていたらしい。活動自体は3年ほどで、ある信者の女性が起こした事件が切っ掛けでリーダーの逮捕に繋がって、組織は壊滅した……って書いてある』


 少し早口になってしまっているが、たしかに気分が悪くなる話だろう。内容が内容なためドローン越しであるのにお互いに気まずい雰囲気になりかけたが。


『まさかそのカルトリーダーの隠し子とかが怪人でしたってオチ、なんてことないでしょうね?』


 そこにエレナが軽い調子で声を掛けてきて、空気の流れを変えてきてくれた。


『絶対ではないけど……中絶の強要とかもしていたらしいから、それは多分無いと思います』


「そういえば、その切っ掛けの事件ってのはどういうのだったの?」


『その事件の詳しいことは書かれてなかった。これからそれも調べてみるよ』


 フェイクに調べものを任せ、再びピンクシールは探索に戻る。ここがどのような場所だったのかはわかった。そうなると2階の構造や3階のこの部屋にも嫌な想像が自然と働いてしまうが……考えるのをやめて、目の前の探索に集中することにした。


 それから数分を掛けて最後の部屋を調べたが、やはり手掛かりらしいものは見つからなかった。やはりエレナが言った通りただの時間稼ぎだったのだろうかと思っていると、近くにいたドローンからエレナの声を聞こえてきた。


『ピンクシール。軍の方で動きがあったわ』


 それは別のドローンを一機、軍の動向を監視するため残していたものだ。どうやら軍の方でいくつかの部隊が軍用車両に乗り込み、出撃しているのを確認したとのことだ。


『もしかしたら怪人の居場所を突き止めたのかもしれない。今ドローンで追跡しているから、すぐに移動して。おそらく……あなたの力が必要になるわ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る