チャプター7:ヒーロー誘き出し作戦
銀行強盗にピンクヒーローが現れてから翌日。朝のニュースはピンクシールのことで持ちきりだった。
銀行強盗を打ちのめした後、警察の応援部隊が到着したのを確認してからピンクシールは銀行の屋上まで出て、そこからビルからビルへと跳躍してその場を後にした。いつ貼ったのかわからない、ピンクのシールを打ちのめした強盗犯に貼り残して。
『ウェアムシティにピンクのヒーロー!? 銀行強盗をやっつける』
『銀行強盗にピンクのシール? 市民を救ったヒーロー、その名もピンクシール!』
『ピンクシールがトレンド入り!? 話題のヒーローに注目!』
ニュースや新聞の一面はどれも似たようなタイトルででかでかと飾られており、どれもその銀行強盗とピンクシールの活躍の内容が報道されていた。
それらのニュースを、フェイクは牛乳がたっぷり入ったコーンフロスティを口に運びながら、チャンネルを回しながら見ていた。
特にフェイクが見ているのは、銀行内カメラの映像が流れているところだ。フェイクはピンクシールが銀行内で戦っている場面を、食い入るように見ていた。その場面が終わり別の報道に変わる度、別のニュース番組にチャンネルを変え、同じ場面を見つけては観察するようにそれを見ていた。
「フェイク、早く朝ご飯食べちゃいなさい。学校に遅れるわよ」
朝から身支度などせわしなく動いている母、ミリアがニュースに釘付けになっているフェイクに声を飛ばす。その声で、フェイクはコーンフロスティばかり減っていて、別皿にあるこんがり焼かれたベーコンと目玉焼きに全く手をつけてないことに気付く。時計を見ればそろそろ慌てしまう時間になっていたため、フェイクはニュースから朝食へと意識を変えた。
「今日はお母さん、お仕事遅くなるからね。お金多めに置いておくから、夕飯はそれで何か買って食べて」
「最近忙しいね。マーカス社の方は今大変?」
「大変よ、とっても。今やってる新薬のプロジェクトで大忙しよ」
マーカス社。
ミリアが勤めている製薬会社で、彼女はそこの研究員でさらに今の新薬のプロジェクトの副主任を任されている。
マーカス社は大企業・・・・・・とまでは残念ながら言えないいわば中小企業であるが、街の中心部には大きな研究所がある。広告などではもちろん、医療用医薬品の製造元を調べてみれば大抵この会社の名を目にする場合が多い。
その手の界隈では注目されている会社の一つというわけだ。
「新薬ってどんなの?」フェイクはベーコンを頬張りながら聞いた。
「強心薬よ。副作用が無くて、より効果的で身体に優しいものをね。この街じゃ怪我の方が目立つけど、病院に行けば病弱な人も多いの。そういう人のための・・・・・・いけない、そろそろ行かなくちゃ」
話が長くなりそうになり、時間を見てミリアは「早く食べて出ちゃいなさい」とフェイクに声を掛けてから家を出た。
「・・・・・・」
フェイクは母が出掛けたのを確認してから、机の上に置いてある携帯を手に取り、SNSのアプリをタッチし、個人向けのチャットを開く。宛先はザックだ。
昨日のやり取りの会話ログが残っており、最後の書き込みには『ファック! 好きなアニメのボックスって言っておいて5分アニメ限定かよ! ありがとよ!』という、ザックの書き込みで昨日は終わっていた。
フェイクはそのチャットにメッセージを書き込み始めた。
『なあ、ザック。ピンクシールのことで話があるんだが』
書き込みしてから一分ほど経ってから、返信の通知が鳴る。
『もう関わりたくないんだけど?』
『そう言うなよ。それに昨日は、全く危ない目にあってはいないだろう?』
『そりゃそうだけどさ』
『話というのは、なんてことはない。今日の夕方か夜あたりになんとかピンクシールに接触しようと思っているんだ』
その書き込みをしてから、また一分ほど時間が経ってから返信の通知が鳴った。
『やめてよフェイク、僕は付き合わないよ。今日は学校終わったらすぐ帰って、録画してたアニメの消化をするっていうスケジュールがあるんだ。だから今日は無理だよ』
『明日明後日でもできるだろ、それは。それにうまくいけば、お前はもう関わらずに済むかもしれない』
『ちょっと。何するつもり?』
その返信が来て、フェイクは少し考えてから書き込みをした。
『作戦があるんだ。ピンクシールを誘き出す作戦が。それには俺ともう一人必要だ。それがお前だよ、ザック』
『まじかよ・・・・・・僕に何をさせようっての?』
『まず学校に行ったら今日、俺が体調を崩して休むことを俺の担任に伝えて欲しいんだ。それで学校が終わったら連絡して俺と合流してほしい』
『フェイク、先生達に信用されてないもんね・・・・・・休んで何するの?』
『作戦のための準備と、情報収集だ』
最後にフェイクはサムズアップの絵文字を打ち込んでから、SNSのアプリを閉じる。そしてもう食べ終わった朝食の空の皿を片付けるため、フェイクはようやく腰を上げ立ち上がったのであった。
○◎
作戦は至ってシンプルだ。フェイクが不良を演じて、ザックが不良に捕まっている役を演じる。その様子と、自分達が今いる場所の目印となる近くの格安宿の看板を写真に撮って、それらをSNSに『かかってこいピンクシール!』とコメントと共に乗せ、あとは誘き寄せる、といったものだ。
「こんなんでピンクシール来るの?」
フェイクから作戦概要を聞かされたザックが、そう疑問を返した。
今二人は都市部から離れたところにある、100メートルほどの広さの平地にいた。元は町工場がここに存在していたが、大分前に倒産してしまったため、現在建物は取り壊され何もない空き地となっている。
フェイクがこの場所を選んだのは、昨日見たピンクシールの強盗に対しての奇襲を恐れてのことだった。この人気のない見晴らしの良い場所ならピンクシールにすぐ気づけると思うし、なにより話をするにはお互いに都合の良い場所だったのだ。
「来る筈だ。そのための準備をしたし、おそらくだけどピンクシールの都合の良い時間帯を選んだつもりだしな」
「・・・・・・準備ってのがこれ?」
フェイクの返答に、ザックは訝しがりながら聞いた。
平地の中心にロープで縛られたフリをしたザックが座らされており、その横に近くで拾った適当な木の棒を手に持ったフェイクが居るという状況だ。しかし、フェイクはいつもの格好だけではなかった。
ガスマスクだ。
フェイクは頭をすっぽり被せられる黒いガスマスクを付けていた。今は人気のない場所にいるから良いが、場所を選ばなければまず間違いなく不審者として通報されてしまうであろう、そういった印象をもってしまうガスマスクを被っていた。
「まさかフェイクが、そこまでのブラックポイズンファンだとは思わなかったよ」
ザックがそう言った通り、今フェイクが被っているガスマスクはブラックポイズンがいつも付けている黒いガスマスクと同じデザインをしていた。それもその筈、これはフェイクがブラックポイズンの映画を見に行った時に購入した、映画館の売店で売られていた映画グッズの一つ、ポイズンマスクという名の玩具である。
「違う。悪者っぽく見えそうなので、たまたまこれを見つけただけだよ」
フェイクはそう言って、辺りを見回していた視線をザックへと向けた。ザックもフェイクに顔を向けながら、話を続けた。
「本当にこんな作戦うまくいくかな? 来ないかもしれないし、来たとしてもそんな怪しいマスクじゃすぐにパンチされて終わりじゃない?」
「ピンクシールが来たら、流石にこのマスクは脱ぐさ。俺はピンクシールと話がしたいだけだ」
「話すって、来たとしても悪戯だってわかったらすぐにどっか行っちゃうんじゃない?」
「それは大丈夫だ。もし現れたら、俺はピンクシールを呼び止められるだけの切り札がある」
「切り札ぁ? それって何さ」
「ピンクシールの正体を知っている」
その言葉にザックは少し驚いたようで、一瞬だけ言葉を詰まらせてしまう。
「・・・・・・まじで? 本当に?」
「状況証拠しかないが、自信がある」
フェイクが学校をズル休みして行った情報収集は、まず邪魔が入らなそうな場所を探し調べること。そしてピンクシールの正体・・・・・・いや、ある女学生の名前と、その女学生がよく来ているとされている文房具店の、ある程度の時間帯である。
後者は文房具店の店員のお婆さんに話を聞いてわかったため、さほど時間は掛からなかったが、前者がやはり最適だと思われる場所を探すのに時間が掛かってしまった。
「でもそれじゃあ、そんな名前の人は知らないで終わりだ。すぐに帰っちゃうじゃないか」
「正体を隠しているやつの、名前を当ててやるんだ。当てればヒーローの足だって止められる。それだけの力があるんだよ」
「大した自信だなぁ」とザックは溜息混じりに呟く。マスクの下でどのような顔をしているかわからないが、おそらくフェイクが今興奮しているに違いない。それはそうだ、今話題になっているヒーローの正体に、一番近くまで近づいているのだろうから。
しかし、かれこれ一時間こうして待っているわけだが、まだヒーローは来ていない。呼び止められても、結局当の本人がこの場に来てくれなければ意味がない話だ。
フェイク自身も一時間も待っていれば、冷静になってヒーローは来ないかも知れないという考えが少しずつ思ってきてしまう。まだかまだかと、フェイクは近くの建物の上などを見渡す。
そんな様子を見て、暇になっていたザックは「そういえばさ」と切り出す。
「フェイクはピンクシールと会って、何を話すつもりなの?」
その問いに辺りを見回していたフェイクはザックの方を見る。
「なんだ、今更な質問だな」
「まあ、最初は『ああ、また悪いやつ専門のパパラッチか』と思っていたけどね。なんていうかフェイク、今回の君はいつもより情熱的に感じたんだよ。いつもより、すごく積極的だ」
何かあったの? と最後に言い足した。フェイクの動画投稿などにあまり関わりたくなかったザックは、この手の質問をあまりしなかったのだが、今回はいつもと違う感じがした。
それに対しフェイクは少し考え、数秒の間をおいてから口を開いた。
「ピンクシールのサイドキックになりたい」
「・・・・・・え?」
フェイクの答えに、ザックは予想よりも斜め上な回答に一瞬だけ呆気に取られる。その様子のザックにフェイクは「一言で言うならな」と付け加えた。
「えっと・・・・・・サイドキックって、あのサイドキック? ヒーローの助手の?」
「そう、そのサイドキックで合ってるぞ」
特に冗談を言っている様子には見えず、フェイクは淡々と話していた。だが聞いていたザックは、自分でもわかるくらいに信じられないものを見てしまったかのような顔をしていた。
「えっ、なんで?」とザックは思わず口に出してしまう。
「フェイク、本当に何かあったの? 君らしくないとは思っていたけど、本気で心配になったよ。サイドキックになりたいなんて。」
「それは言い過ぎだろう・・・・・・サイドキックになりたいとは言ったが、ちゃんと目的があるんだ。目的さえ叶えば、最悪サイドキックはならなくていい」
「目的? なにさ、それ?」
「ピンクシールの超人的な力の秘密。それが知りたい。それでもしその力が身に付けられるものであるならば、俺はなんとかしてそのスーパーパワーを手に入れたいんだ」
ザックは困惑する。聞けば聞くほど新たななんで? という言葉が、ザックの頭の中で生まれてくる。フェイクとは同じ学校になって一年ほどの付き合いでしかないが、元々よくわからないところはあったが、ザックは彼自身のことがよくわからなくなってきた。
だからザックは最後に、「フェイク、君はその力で何をするつもりだい?」ともっともフェイクの真意を聞ける問いを口にした。
フェイクは特に隠すつもりもなく、答えた。
「ヒーローとはちょっと違うと思うが……まぁ、ピンクシールが今やってヒーロー活動みたいなことをするつもりだ」
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