『Project IDOLA』

 

 ――『Project IDOLA』、という大規模多人数参加型のVRロボットアクションゲームがある。


 そのゲーム自体は、古い時代のコンピューターゲームにもあったような、様々なパーツを組み合わせて自分だけの人型機動兵器を作り戦う、というものであった。


 しかし、それとは一線を画す点……作成したアバターで実際にコックピットに乗り込み、自分の身体を実際に動かして、自分だけの機体として組み上げた『イドラ』を操縦できる。

 その事が、平和で刺激の殆どない現在の日本において、多くの刺激を求める者たちに受け入れられ、人気を博していた。


 精巧で広大なフィールドを飛び回り、さまざまなミッションをこなし、レアパーツを求めボスに挑み……そうして作り上げた機体を駆ってランキング戦で覇を競う。そんな魅力に取り憑かれた者が大勢存在した。


 戦闘はあまり積極的に行わず、ただ人型機動兵器に乗って仮想現実の空を楽しむ者も居る。あるいは、生産の道へ進み、パーツ職人やメカニックとして名を馳せることに快感を見出した者も。


 また、巨大な都市で構成されたロビーも充実しており、ゲームは苦手だという者であっても、様々な企業の協賛によって立ち並ぶ多様な店舗でショッピングを楽しんだり、あるいは戦闘には参加せずに観客として巨大な人型機動兵器のバトルを観戦する……そんな楽しみ方をする者も多く――今では、日本国民の約半数がアカウントを所持している、そんなモンスターコンテンツとなっていた。






 そんな中、ロビーサーバーの都市中央、ランカーを目指す者達の聖地であるコロシアムがあり、ランキング上位者向けの宿舎も併設された一際巨大なセントラルタワーの中。


 一人の少女が、無数のフラッシュが焚かれる中、足早に、どうにか人混みを振り切ろうとして歩いていた。


 それは……先程、ランキングマッチ最終戦で勝利を収めた、白い少女――スフィア・ユースティアだった。


 その、一五〇センチメートルも無いであろう小柄な体躯。今はもう、身体にピッタリとフィットしたパイロットスーツは脱いでおり、余所行き風の白く可愛らしいドレスを纏っている。

 ディフェンディングチャンピオン、そして七度に渡りタイトル防衛を達成した少女は、今回の結果を受けて、運営本部より永世称号を授与される事になった。

 その表彰式、そして閉会式典へ参加するために着せられた、白いワンピース風なドレスを纏った姿は可憐の一言なのだが……その貼り付けたような笑顔は、漏れ出した怒気に引きつっていた。


「――ですから、私がやることはこれからも変わりません、次も、その次も、何度でも、誰が相手であろうと全力を尽くし自分の戦いをするだけです……今日はもう休みますので、これで!」


 スフィアが、強引に話を打ち切る。

 三か月に一度の大イベントであるランキング更新戦、ランキングマッチにおてゲーム史上初の永世位を授与されたことで、式典から退場したところで待ち構えていた報道関係者によって、背丈の小さい身体はあっと言う間に囲まれ、人の波に飲み込まれた。

 話を聞こうとまとわりついてくる者たちを張り付けた笑顔でやり過ごし……最後は流石にイライラを隠しきれなかったが、どうにか仮面を張り付けたまま『Project IDOLA』内における自室のゲートをくぐり、ロックを掛けたところでようやく一息をつく。


「……もう、しつこいんだから……っ!」


 ぼふん、と乱暴にベッドに飛び込むと、その柔らかな感触がスフィアの小さな体を優しく包み込んでくれる。

 三日に渡って行われた大会は、予想以上に疲労をもたらしていたようで、酷く眠気を感じていた。


「……しばらく、出歩けないですよね、これ……一度帰ろうかなぁ」


 きっと、外に出て行けばまた囲まれるに違いない。ならばほとぼりが冷めるまで、現実に戻り姿を隠していた方が良さそうだ。そう判断した。


「……ログアウト」


『Project IDOLA』から離脱するコマンドを呟き、ゲーム内から瞬時に現実世界に意識が切り替わった。それと同時に「スフィア・ユースティア」という仮想人格も、同時に休眠状態となり脳内から離れていく。


 ――目を開くとそこは、『Project IDOLA』の中の、ランカーに与えられるマイルームではなく、国民一人一人に割り振られているリアルの方の自室。


 その部屋の様子は、向こうとこちらでは全く違う。ゲーム内での自室はまるで最高級マンションのような上位ランカー用の部屋だったが、内装をロールプレイ重視でアバターの容姿に合わせたため、少女らしく可愛らしい物と化している。

 一方で、こちらは本当に何もなかった。実際の所ゲーム内に居ることの方が多く、物の必要性をまるで感じなかったせいだ。


 特に、近頃は今回のランキングマッチの準備に忙しく、こうしてこちらに帰ってくるのもはたして何週間ぶりか……という状況であった。


 辛うじて、ポツンと置かれたパイプベッドのみがここが空き部屋ではないことを主張しているだけで、他はゴミ一つ転がっていない……そんな無味乾燥な部屋だった。


 ……真星まほし 珠羽しゅうは、横になっていたベッドの上で疲れたように、大きな息をついた。


 ちなみに……その容姿は、絶世の美少女である『スフィア』とは全く違う。

 中肉中背、容姿も特に秀でているわけでも劣っているわけでもない、ごく一般的な範疇……だと珠羽は思っている、そんな少年だった。


「……はぁ……それにしても、今日のは本当に危なかったなぁ」


 そうボヤく珠羽だが、しかしその顔には満足そうな笑みを浮かべていた。

 ギリギリな戦闘を、愛機の全てを出し切って戦い、勝利を収めたのが嬉しい……要するに、バトルジャンキーなのだ。



 ちなみに、旧来のゲームハードやパーソナルコンピューターというものは、とうの昔に絶滅している。

 なぜならば、現在戸籍登録されている全ての国民の頭には、生まれつき、それより遥かに高性能な補助情報脳、通称「S.I.B(Support Informational Brain)」という生体量子端末が備わっており、いつでもネットワークにアクセスできるのだから。


 だが、どれだけ高性能でも酷使すれば稼働効率が落ちる。その証拠に、視界の端には疲労蓄積度が警戒域に達しているという警告のマークが躍っていた。


「ステータス、オープン」


 コマンドワードを呟くと、珠羽の眼前に、多様な身体情報が記載されているウィンドウが開く。

 そのタグの中の一つ、健康状態についての情報を引っ張り出す。


「……うわ、疲労レベル『中』……道理で頭がクラクラするなと思ったら……」


 先程の戦闘で酷使した脳が悲鳴を上げている気がする。

 珠羽が戦闘終了時に相手に掛けた言葉は、嘘ではない。事実、この戦闘中に一度、落とされそうになっている。

 完全に背後を取られたあの一瞬をどう乗り切ったのかは、珠羽ですら実はよく覚えていないが……このまま普通に戦闘を続けたらやられると感じ取り、実際に撃墜される寸前まで行ったからこそ、前々から温めておいた自作の機動制御システムである「フルコントロールマニューバー」……ヴィエルジュの特殊な推進機関のために調整した、多様な細かい飛行機動パターンを集めた百を超えるマクロ群を実戦投入したのだから。


 だがしかし、初めて実戦へ投入したその切り札は、細長い蜘蛛の糸の上を辿るようなものだった。

 僅か一秒にも満たない刹那に音速を突破するオーラ・フィンの加速では、行動後に次の行動を考えて入力していたのでは間に合わない。そこには、詰め将棋のような先の計算が求められた。


 疲労で眠気を感じるのを我慢し、視界の端に公式の配信しているリプレイ動画のチャンネルを呼び出して覗いてみると、そこでは丁度、そんな自分の……ヴィエルジュの戦闘の記録が映し出されている映像が今日のハイライトとして流されていた。

 ライブ中継を許可設定にしているため、時折ヴィエルジュのコックピット内の映像が流れている。そこには……凄まじい速度でコンソールに投影されたキーボードを叩きながら、真剣な表情で前を見据えた、まだ幼さの残る少女が映っていた。


 その可憐な少女が真剣な様子で前を見据える様に、珠羽は心の中で、よし、可愛い、とガッツポーズを取る。






 珠羽は、男性プレイヤーながら女性アバターを使用する……いわゆるネカマであった。


 だが、今の時代、ネカマというものはほとんど存在しない。なぜならば――意味が無いからだ。


 というのも、もはやこの時代においては性別はどうにでもできる。女性になりたいと思うのであれば、一枚申請書類を送れば数日後には望む通りになっている世の中だ、わざわざアバターを女性型にして演じる意味など無い。


 現に友人には、なぜそうしないのかと再三に渡って言われているのだが……珠羽は、自分が美少女になりたい訳ではなく、最強の機体を駆る、可憐で清楚でしかし強い、自分の思い描く理想の美少女を愛でたいのだ。

 そのために、理想を求めた結果……「居ないのならば自分がなれば良い」という結論に到達したのだった。


 ……そこになんの違いもありゃしねえだろうが! と突っ込まれても、違うのだ! と、そう返すしかない微妙な心境の違いなのだけれども。


 そして、その妄執にも似た一念でヴィエルジュというほぼワンオフ物の機体を完成させ、誰もまともに操れないそれを乗りこなせるまでに操縦技術を磨き、頂点まで登り詰めたのだった。


 しかし……こうしてゲームに熱中する中で、珠羽は、本来の目的とはまた違う、一つの欲求を燻らせ始めている事に気がついていた。


 ――本物の、人型機動兵器を思うがままに操縦してみたい。


 もっともそれは、この世界……他国の情報は何世紀も前にとうに断絶し、海の中に一つ孤立した、戦闘など起こるわけのないこの日本にいる限り、決して叶うことはない願いなのだが。


 だから今日も、その衝動を心の片隅に寄せて覆い隠し、いい加減に限界が近くなってきた睡魔に身を委ねるのだった――……

















 ――雪山を背景に射す、暖かな日差しのような少女の微笑みを最後に、映像が途切れ、部屋に暗闇が戻った。


「……以上が、今回のランキングマッチの結果となります」


 女性の報告の声。真っ暗な仮想空間に沈黙が降りる。

 今し方行われていた対戦の映像を見終えたもうひとりの人物が、しばらく黙り込んだのち、ようやく口を開いた。


「……これほどとは。技能……それと、容姿も申し分ない。決まりですね、あの機体と、そのパイロットのボディの製作を進めさせてください」

「それは……よろしいのですか? あれ……機体名『ヴィエルジュ』を再現するには、コストが掛かり過ぎます。向こう一年は他の者を『あちら』へ送り出す事が出来なくなりますが……」

「構いません。目的を達成し帰還してもらうには、それくらいの力は与えてあげてもいいでしょう」

「それともう一つ問題が。あの子……操作しているプレイヤーは、男性ですよ?」

「……」


 微妙な沈黙が降りた。

 しかし、すぐに、その口が開かれる。


「……些細な問題です、あのままの姿の設定でお願いします」

「……はぁ。彼も災難ですね……了解しました、すぐに手配します」


 そう言葉を残して、女性の気配が消える。

 一人残され、暗い部屋で……報告を受けていた彼は、先程の映像について思考を巡らせていた。


 先の戦闘でたった一度だけ、あのヴィエルジュという機体が墜とされそうになる場面があった。だが、あの瞬間――


「……まさかな」


 ――あの瞬間、刃が届く寸前に一瞬白い機体の姿が消え、まるで場面が切り取られたかのように背後に居たはずの機体の上を取っていたなど……ただの見間違えに違いない。そう結論付けて、男も部屋を後にした。











 ――時は、西暦30XX年。

 生活全てにおいてオートメーション化が進み、生活の大半も電脳世界で済ませる事が可能となって久しいこの時代。

 人々は労働という些末時から解き放たれ、望むがまま娯楽に興じることのできるようになったこの世界は、緩やかな衰退の中で穏やかに続いて行くのだと……そう、殆どの者は信じて疑っていなかった――……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る