僕の最後の夏休み

茉莉花 しろ

第1話

「ほら、ケイ。早く行きなさい。」

僕を急かしているのは僕のお母さん。色白で身長が若干低めの僕のお母さんは、見た目は優しそうだが本当は怖い。

今だって、僕に厳しく言うんだ。でも、僕はお母さんに逆らうのが怖くてお母さんには何も言えない。

「…分かった。」

今もこうやって返事をするしかないのだ。

僕は、東京駅の新幹線の改札口の前いる。今から岐阜に住んでいるおじいちゃんの家に行く。毎年家族で行くのだが、今年は僕一人で行くらしい。それを知ったのは出発日の一週間前。その日はちょうど小学校の夏休みが始まったのだ。それを聞いた僕は、不安でいっぱいだった。いつも一緒のはずのお父さんとお母さんが一緒に来てくれないとなると、地元の子たちと遊ぶことになる。去年、一回だけ遊ぼうと声をかけようと思ったのだが、勇気が出ずにそのままおじいちゃんの家に引きこもっていたのだ。その時はお母さんとお父さんがいたから大丈夫だった。しかし、それを一人で行くのならば、絶対に退屈してしまう。なにせ、おじいちゃんの家にはテレビがない。遊ぶものが何もない。だからこそ、近くの川で遊んでいる子たちと遊ぶしか暇を潰す方法なんてないのだ。

「ほら、新幹線が来ちゃうわよ。」

さっきよりも急かすように言うお母さんは、一体何を考えているのだろう。僕と離れるのは悲しくないのか。そう思っていると、お母さんに伝わったのか、近づいて来て抱きしめた。

「大丈夫よ。ケイはもう六年生なんだから、一人で出来るわ。岐阜に着いたら連絡してね?」

強く僕を抱きしめたお母さんはきっと、僕のことを心配しているのだ。そう思った。いや、そう思うしかなかった。

「うん。分かった。行ってくるね。」

僕は抱きしめて来たお母さんの背中に手を回し、抱きしめ返した。そして、ゆっくりと離れた。そのまま僕は手を振り、新幹線が待っているホームへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る