夏のラムネを飲み終わるまで
雨中紫陽花
第1話 ひと夏の迎え盆で
夏休みに入って、すでに8月を迎えた。さらに言ってしまえば、今日は迎え盆とか言う日だ。部活もお盆の期間に入ると休みになる。
チームの奴らはそれぞれ出かけるらしい。旅行に行くやつが大半だ。なのに、俺の家は昨日からお盆の準備をしている。お供え物とか花をスーパーにあっちこっち行って買ってきて、仏壇もきれいにしている。
俺は特にすることもないから、自分の部屋で宿題と称しながらゲームをしている。宿題をする気は専らない。そのうち、そのうちやるからと言い逃れて、結局夏休みの最後になってやるパターン。案外、そっちのほうがやる気が出る。
「一夏(いちか)!宿題やってんの!!」
1階から母さんの怒鳴るような声。ゲームを一時中断し、一つ大きなため息を吐く。
「今休憩に入ったとこー」
返事をすると、ドシドシと階段を上がる音が響いた。古い家だからか、キシキシと軋む音がうるさい。
襖を引く音に、ゲームを慌てて隠すと「一夏」と声をかけられた。
「あ、夏織(かおる)兄さんか。はぁ、母さんかと思ったよ」
茶髪に染めた赤ふち眼鏡の兄さんは、相変わらず制服のズボンと中に炎柄がプリントされた黒Tシャツの上に白のワイシャツを着ている。
「迎え盆行くぞ」
それだけ言って、兄さんは襖を開けたまま階段を下りてしまった。兄さんはあまり喋らない。無口ってわけじゃないけど、それ以上言わないって感じ。喧嘩が強くて、周囲から番長とかって呼ばれてるけど、悪そうには見えない。母さんにも反抗したりしないし、でも、初対面なら怖いかも。笑ってるとこ、見たことない。
畳から立ち上がり、毛伸びをする。それから、エアコンの電源を切って部屋を出た。玄関のところに行くまでに、必ず仏壇のある居間を通らなくてはいけない。階段を下りて、本館に繋がる渡り廊下を渡って、本館の中廊下を滑るように渡って、ようやく本館で2番目に大きい仏壇のある畳の居間の所まで来た。家が広いと中々面倒だ。
既に仏壇の前に盆棚が置かれ、お供え物やらきゅうりの馬となすの牛やら様々なものが準備されていて、なんだか厳かでもあり豪華な感じでもある。仏壇の上あたりには、ご先祖様の写真が飾られていて、父さんはここの家の当主で4代目だ。けれど、仏壇の中に飾ってある写真は、どう考えても青年だ。ずっと持っている疑問だが、家族に聞いても誰一人として答えてくれない。
「一夏、はようお迎えに行きましょう」
婆ちゃんに急かされ、写真から目を離す。玄関まで来ると、もう俺を除いた家族全員が玄関外で待っていた。
「遅いじゃない。早く靴はいて」
「わかってるよ」
履きなれた靴を履き外に出ると同時に、父さんが提灯を片手に歩きだす。続いて母さん、兄さん、爺ちゃん、婆ちゃんの順に家の門をくぐって歩き出した。遅れないように付いていき、10分ぐらい歩いて墓地に着いた。
薄暗い墓地は、迎えに来ている人が持つ提灯の明かりによって、とても幻想的だった。しばらくその風景に見惚れていると、「お前も拝め」と兄さんに言われた。見たこともない人に、どうして拝まなくてはいけないのだろうと思いながら、渋々菅田家の墓に手を合わせる。数秒後ぐらいで顔を上げ、すぐにその場から少し離れる。父さんが提灯に火を灯し、再びもと来た道を引き返す。この行動に果たして意味があるのだろうか。
あまりにもつまらなすぎて、俺はこっそり家族の列を抜けて行きつけの駄菓子屋に向かった。この時間でも、確かやってたはずだ。最後尾を歩いていたおかげか、抜けても家族にはばれなかった。
軒先に盆提灯を吊るす家が多く、駄菓子屋までの道は異世界に来たようだった。
「駄菓子屋の婆ちゃん!いるか?」
駄菓子屋の前で立ち止まり、軽く息を弾ませながら声を張り上げた。すると、店の中からのそのそと駄菓子屋の婆ちゃんが腰を曲げて出てきた。
「あぁら、いちちゃんじゃないのぉ。こんな時間にどうしたんだい?あ、さてはお迎えから抜けてきたんじゃないの?」
「だってつまんないんだもん。そもそも、顔も合わせたこともない人を迎えるなんて、どうかしてるよ」
駄菓子屋前の長椅子に腰掛け、しばらく婆ちゃんに悩み的なことを話す。
「なぁ、婆ちゃん。俺の家にある仏壇にさ、知らない兄ちゃんの写真があるんだよ。多分、夏織兄さんと同じぐらいだと思うんだけどさ。どう思う?しかも、家族に聞いても誰一人として答えてくれない」
「そぉだねぇ。言えない事情があるんじゃないかねぇ」
婆ちゃんは持ってきた丸椅子に座り、星の瞬く夜空を見上げた。その時、「お婆さん、お久しぶり」と、婆ちゃんに誰かが声をかけた。婆ちゃんと同時に声のした方を見ると、そこには兄さんと同じぐらいの背がある、優しそうな青年が立っていた。
「あらら、なっちゃんじゃないのぉ。おかえりなさぁい!」
嬉しそうに声を高くした婆ちゃん。なっちゃんと呼ばれる青年は、七分袖の薄いシャツに黄土色に近い長ズボンを履いていた。パッと見て大学生って感じがする。
青年は婆ちゃんと少し会話をしてから、俺の方に歩んできた。
「一夏君、そろそろ帰ろう。お母さん達が心配してるよ」
そう言って、俺に手を差し伸べた。
「そこまで子供じゃないし。てか、あんた誰?なんで俺の名前知ってんの?」
疑問をぶつけると、困惑したように青年は頭を掻いた。
「そうだね、覚えてないか。君のお兄さん、夏織君の知り合いさ。君のことは聞いてるよ。あと、僕のことは駄菓子屋のお婆さんが呼んでたように『なっちゃん』と呼んでくれ。それでいいかな?」
丁寧に返され、俺は「あっそう」とそっけなく返した。
「久しぶりに帰ってきたから、一緒に帰ろうよ。僕の家、君の家の方角なんだ」
勝手に帰ればいいのに、どうして一緒に帰りたがるんだろう。怪しいはずなのに、なぜか「いいよ」と答えてしまう。長椅子から立ち上がり、駄菓子屋の婆ちゃんに別れを告げてから家のある方向に歩みを進める。
「いやぁ、どこも変わってないなぁ。あ、水谷君の家だ。彼はどうしてるかなぁ。もう、ほかの所に行っちゃったかな?」
家に挟まれた道を歩き、田んぼにある近道を通る。
「ほんと懐かしい。あ、君のお兄さんは元気かい?やんちゃなやつだろ?」
「え、いや、夏織兄さんはやんちゃじゃないよ。あまり喋らなくて、でも、喧嘩はすっごく強い。ここらじゃ、番長って呼ばれてんだ」
「おぉ、ずいぶん変わったねぇ。番長か……、想像つかないなぁ」
笑う青年と近道を抜けると、家の門が見えてきた。ちらりと軒下の盆提灯に火が灯してあるのが見える。
「一夏君、明日の朝……4時ぐらいに起きられるかい?」
ぴたりと青年の歩みが止まる。
「え、まぁ、頑張れば」
話を背中で聞きながら、少し先で俺も歩みをやめた。
「じゃあ、朝の4時半にさっきの駄菓子屋に集合ね。ほかの時間だと、なかなか君と話せないから……。ごめんね、大丈夫かな?」
「大丈夫だけど、何話すの?」
青年の方に振り向いたとき、そこに青年の姿はなかった。
「あ、あれ?なっ……ちゃん…?」
驚きこそしたが、そこまで恐怖はなかった。いや、幽霊とかと考えたりもしたが、現実で幽霊が存在するとも思えない。きっと、家がすぐ近くだったんだ。そうに違いない。
とりあえず家の門を潜り、ガラガラと玄関の戸を引く。
「ただいまー」
その一言を言い終わった直後、頭に鈍い痛みが走った。
「馬鹿、どこ行ってた」
兄さんのゲンコツを食らったのだ。靴を履いてる様子を見る限り、これから探しにいくつもりだったのだろう。
言い訳もさせてもらえず、結局家族からの説教をたんまりと受けた。
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