能動的3分間

サヨナキドリ

さよならはじめまして

「えっちしないと出られない部屋じゃないっすか、やっぱり!」

「馬鹿なこと言ってないで脱出のための手がかりを探してください」

 たしなめてはみたが、もうほとんど手詰まりなのは間違いない。何もない、真っ白い部屋。鍵のかかった扉。唯一の手がかりは扉の上にある、デジタル時計、だろうか。今は何もついていない。

 目がさめると見知らぬ部屋に閉じ込められていた。サイコホラーでは手垢がつくほどやり尽くされたシチュエーションだが、現実に実行する人間がいるとは想像もしていなかった。それに自分が巻き込まれるとはもっと考えてもいなかった。

「でも、それは別にして、ここから出られたら連絡先交換してくれませんか?八木さん、結構オレのタイプで」

 能天気な日辻の発言にため息を吐く。日辻真斗はグレーのスーツを着たビジネスマン風の男で、私と一緒にこの部屋に閉じ込められていた人間だ。新社会人か、2年目だろうか。表情にはまだあどけなさが残る。ワイシャツにタイトスカートの私と並べて見たら、同僚もしくは先輩と後輩に見えたかもしれない。

 一切手がかりがなくとも脱出できることを疑わず、希望を失わない姿勢は場合によっては頼もしかったかもしれない。けれど、私はわかっていた。サイコホラーではよくある話だ。この部屋を出るための条件は、どちらかがどちらかを、殺すことだ。


 カチッ


「何?」

 小さな音とともに、部屋に生じた変化に目をやる。先ほどまで何も点いていなかったデジタル時計が、2:55と表示していた。2:54、2:53…

「何のカウントダウン?」

「さあ…?ラーメンでも作ってるんじゃないですか?」

 日辻が呑気なことを言うが、そんなはずはない。これはタイムリミットだ。この数字がゼロになるまでにどちらかが死ななければ、脱出は失敗となり、両方が死ぬのだ。そうに違いない。

 生きたいと思った。死を突きつけられて初めて生きたいと思った。力では、私は日辻には敵わないだろう。だから、チャンスは一回きりだ。

「真斗くん」

「やっと名前でよんでくれましたね!しかも」

 ネコ科の猛獣のように、私は振り返った日辻の喉に飛びかかった。バランスを崩し、日辻はそのまま後ろに倒れる。ゴンッという鈍い音が部屋に響いた。私はそのまま馬乗りになり、日辻の首を絞め続ける。顔が鬱血していく。ふと、私と彼の命の重さの違いを考えた。初対面の私にあれだけ明るく接してくれた日辻のことだ。彼が死んで悲しむ人は、私が死んで悲しむ人よりずっと多いだろう。その思考は無意識のうちに手の力を弱めた。その瞬間、日辻が私の腕を掴む。私は抵抗に負けまいと、力をさらに込めた。やがて、永遠に思えた数十秒後、日辻の手から力が抜けて、床に倒れた。

「やった!」

 私はやり遂げたのだ!デジタル時計を見る。0:30。ギリギリだ。0:29。

「…なんで」

 何故止まらない。ドアノブに飛びつきガチャガチャと動かす。鍵が開く気配はない。ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。0:15。

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」

 時計は止まらない。0:03、0:02、0:01

「イヤ—————!!!!!」


 パタン。



 やけに軽い音が部屋に響いた。音の方を見ると、床近くの壁の一部が内側に倒れてきている。私は恐る恐るその中を覗き込んだ。そこには



 できたてのカップラーメンが二杯あった。

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能動的3分間 サヨナキドリ @sayonaki

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